約 2,288,101 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1621.html
「キョン君、少しよろしいですか?」 ん…古泉? 「話があるのですが。」 俺は古泉に呼び止められ部室に残る事になった。 …で、話とはなんだ?またハルヒの事か? また厄介事でも起きたのか? 古泉はいつもの笑顔で 「いえ、今回は涼宮さんの事ではありません。」 …ハルヒの事では無い?なんだ? 「キョン君…あなたの妹さんの事ですが…」 妹? 「はい、キョン君の妹さん…可愛いですよね」 …何を言っているんだこいつは? …ああ、可愛いな。歳が離れているから尚更な。 「いえ!そういう意味では無く一人の女性としてと言うか…何と言うか…」 …実は気付いていた…いや、気づきたくなかった… 「…古泉…お前は…」 コクン 古泉は頬を赤らめ頷いた。 『古泉はロリコンだった』 …神…神よ… …もしやとは思ったが…まさか…落ち着け…俺、俺は普通の人間よりも超常現象には耐性がある…そうだ…OK。 それにいくらロリコンとは言え同じ人類だ。コミュニケーションはとれるはずだ。 …まずは本物かどうか確かめなくては…古泉! 俺は近くの野球ボールに 【妹】 と書き古泉に突きつけた。 このボールを俺の妹としよう 「キョン君の妹…」 次に筆箱から消しゴムを取り出し 【上戸彩】 と書き同じ様に突きつけた。 この消しゴムを上戸彩としよう。 「上戸彩…」 古泉は妹と上戸彩を持ち戸惑っている。 俺は古泉に告げた。 「この上戸彩をお前の好きにしても良いぞ。」 「な!…好きにしても良いとは!?」 「口に含もうが乳を揉もうが自由にしろ」 「!!!…そんな事しても良いのですか!?…事務所的に許されるのですか!?」 …古泉は驚愕の顔でつぶやいた。 事務所など気にしなくて良い…ただし! 「???」 妹を選ぶか上戸彩を選ぶかこの場で決めてもらおうか! 「なっ!?」 …どう出る、古泉? 古泉はしばらく考えたのち答えを出した。 「えいっ!」 古泉は消しゴムを投げ捨てた! ああ…彩ちゃん …古泉はボールに頬ずりしている。 「…本物か…」 ただでさえ超能力者という属性を持っているのにさらにロリコンの属性まで求めなくても… 「、と言う事で今日はキョン君のお家にお邪魔して晩御飯をご馳走になり、お父様とお母様に挨拶をしようかと…」 断る! 「即答ですか…」 当然だ… 「そうですか…参りまたね…」 ん、暗い顔して…どうした? 「いや、実は…」 …話を聞くと銀行の手違いで仕送りが遅れていて、明日にならないとお金を下ろせない、さらに昨日から何も食べてない…という事らしい…。 …そうだったのか。 「はい、恥ずかしながら…」 これで無視する程俺は冷たい人間では無い …しかし、ハルヒの罰金で俺も手持ち金は無いし…でも家に連れて行くと妹が危ないし… ん!そうだ、ハルヒだ!あいつにもたまには団長として飯でもおごらせよう! よし、古泉! 「はい?」 ハルヒに飯をたかりに行くぞ 「…正気ですか?」 正気だ。 「涼宮さんの性格はご存知でしょう?」 もちろんだ。痛い程知ってる。 「あの天上天下唯我独尊、目の無い巨大台風、世界の中心でわがままを叫ぶ第六天魔王…等、の異名を持つあの涼宮ハルヒにですか!?」 …お前本人が居ないと思って言いたい放題だな。 「本人が居ないから言えるのです。…所でその自信…何か勝算でも…」 もちろんだ。これを聞いてみろ。 カチャ ……… 「こ、これは!?…これがあなたの武器ですか…たしかにこれならば…」 勝てる…しかし問題が一つある。 「…閉鎖空間ですね。」 それだ。これを実行すれば巨大な奴が出来るかもな… 「…たまには良いでしょう。」 は!? 「最近バイト代が減っていた所です。…稼がせてもらいましょう…」 良いのか…それで…わかった。お前の覚悟は受けとった 「…はい。」 そこにはいつもの古泉一樹は居ない。 一人の戦人がいた。 …これより我らは修羅に入る! 「…鬼に会っては鬼を切り、仏に会っては仏を切る…ですね?」 さすが古泉。よく知ってるな。 まぁ、それくらいの覚悟がいるってことだ。 「はい」 …二人は戦場に向かう気持ちで涼宮ハルヒの元へ向かうのだった。 さてどうなるのか… 今一人の少女が帰宅した。 涼宮ハルヒ これからこの少女に悲劇が訪れる…。 「ただいま~…って誰も居ないんだけどね…。」 彼女の両親は深夜まで帰宅しない。当然誰も居ないはずだった…が ガチャ 「お帰りハルヒ。」 「お帰りなさい涼宮さん。」 「…」 ガチャ 再びドアを閉めた。 「…キョンと古泉君?…幻覚ね…疲れているのかな?」 ガチャ 再びドア開けた。 「何やっているんだハルヒ?」 「お茶煎れますよ。座ってください。」 「…な…な…な…なんで居るのよあんた達!!」 「…ハルヒ、夜だぞ。近所迷惑を考えろ。」 「ちょ…どこから入ったの!?」 キョンは無言でそれを掲げた。 「人の家の合い鍵を勝手に作るなぁぁぁぁぁ!!!!!」 ハルヒは素早くそれを奪い取った。 「まぁまぁ涼宮さん、落ち着いて下さい。どうぞお茶です。」 古泉はハルヒにお茶を差し出す。 「ああ、ありがと、古泉君…」 ゴクっゴクっ 「…ふぅ~…じゃなくて!何で古泉君まで此処に居るの!?」 「ハルヒ、落ち着いて話しを聞け…」 キョンはハルヒに古泉の事情を話した。 「…んな訳なんだ。だから団長として俺と古泉に飯を奢ってくれ。」 ハルヒも少し落ち着いたようだ。 「…話しは分かったけど…別にキョンが古泉君に奢ってやっても良いんじゃない?」 「あいにく俺はお前が課す罰金で貧乏だ。」 「んっ…でも家に招待して晩御飯ご馳走するぐらい大丈夫でしょ?」 「至極もっともな意見だな。しかし切実な理由があって奴に家の敷居をまたがせる訳にはいかないんだ。」 「…切実な理由って?」 「それは禁則事項だ」 「…何よそれ…あいにくだけど家には何も無いわよ。わたしも外で済ませて来たし。」 「それは確認済だ。見事に何も無いな…」 「勝手に家捜しするなぁぁぁぁ!!!!!」 「夜だ。近所迷惑を考えろ。」 「あんたは私の迷惑を考えなさい!!…何にも無いのは分かっているんでしょ?無駄足だったわね」 「大丈夫だ。今から外でお前に奢ってもらうつもりだから」 「な!…嫌よ。わたしは奢ってもらうのは好きだけど奢るのは大嫌いなの。」 「…これを聞いても嫌と言えるか?…古泉。」 「はい。」 古泉はカセットレコーダーを取り出した。 「な…何よそれ…」 「…ハルヒ、一昨日の放課後の部室。覚えているか?」 「一昨日の放課後の部室?…たしかあの日はわたしが一番に着いてしばらく誰もこなかっ…まさか!」 キョンは邪悪な笑みを浮かべて言った。 「人と言うのは悲しいな…。暇になるとつい自作の歌を即興で作り歌ってしまう…しかもその大半がかなり恥ずかしい物だ。」 …卑劣な… 「(本当卑劣ですね…僕もキョン君を少し舐めていたようです。)」 「ハルヒ…お前に選択肢は無い。」 ハルヒはキョンを睨みつけて言った。「…わかったわよ!奢れば良いんでしょ、奢れば!ライスでもライス大盛でも好きに自由にどうぞ!」 「…まだ自分の立場が理解出来て無いようだな…古泉。」 「…はい。」 カチャ ♪~♪~ 陽気な声のかなり恥ずかしい歌が流れた。 「あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!わかった!わかりました!何でも好きな物をお食べ下さい。成長期の二人は美味しいものを沢山食べないと駄目なの!」 「…古泉。」 カチャ 歌が止んだ。 うなだれるハルヒに笑顔の古泉が近づき言った。 「涼宮さん、ご馳走になります。」 「うぅ~(泣)」 キョンも近づき 「ハルヒ、素直なお前が一番カワイイぞ。」 「この鬼ぃぃぃぃ~」 …閑静な住宅街に少女の絶叫が響いた… …夜道を三人の男女が歩いている。 「ここの高級レストランに入るわよ」 「高級レストランって…唯のファミレスじゃないですか。」 「まぁ、もう歩くのも疲れた。今回は此処で勘弁してやろう。次回はもっとましな所に連れて行けよ。」 「じ…次回って…」 そんなこんなで三人はファミレスに入って行った。 … 「ご注文はお決まりですか?」 「…コーヒー…」 「俺は高い順番に上から10品。」 「良いですね。では僕も彼と同じ物を…」 「…もう好きにして(泣)」 …その後の彼ら、一人はシクシクと泣きながらコーヒーを飲み、二人は成長期らしい食欲で膨大な料理を食い尽くしていった。 (…なんでこんな事に…覚えてなさいよ、二人共…) そろそろ食事も終わりそうだ。 (あ~あ、いくらかなぁ~) ハルヒは財布を探した…が…無い。 「あ…」 ハルヒは思い出した。自宅のテーブルに置いた財布の存在を… (ヤバっ…どうしよう…) チラッ 二人の様子を見る…満腹になったせいかいつもの顔になっている。 (…怒んないよね…) 「ねぇ、キョン、古泉君…」 「なんだ?」 「なんですか?」 (あ…笑顔だ。大丈夫) 「…あのね」 「うん」 ハルヒは自分で出来る最高にカワイイ笑顔を作って言った。 「財布忘れてきちゃった…テヘッ…。」 …すると笑顔だった二人の顔が…みるみると… 「ああ!?(怒)」 「ひっ!(泣)」 「古泉!今すぐ例のテープを流せ!大音量でだ!!」 「はい!大至急!」 「嫌ぁぁぁぁ止めてぇぇぇわざとじゃ無いの~本当にぃぃぃ~」 ハルヒの必死の制止により惨事は免れた。 …が問題が一つ。 支払いをどうするか… 「…沢山食べてしまったな…」 「…食べてしまいましたね…」 「…食べたわね…」 お金がありません。ごめんなさい。 では済まない量だと三人共理解していた。 「…」 「…」 (キョンも古泉君も困っているわね…ここは一つ団長として…) 「ねぇ、ここは素直にあやま… ここでハルヒの言葉を遮り古泉が口を開いた。 「やはりこの方法しかありませんね…」 「!?…何とかなるのか?」 「…はい。」 (方法があるの!?) 「あれを見て下さい。」 そう言って指差した先を他の二人も見た。 「…幸いにも今店員は一人しか居ません。 まずキョン君…あるいは涼宮さんが店員の前に立ちます。」 「それで…」 「それでどうするの?」 「次にその店員にボディーブロウを入れるのです。…その隙に逃亡…どうですか?」 (ちょ!?それって食い逃げ…いや、この場合強盗よ!) 「ちょっと、古泉君、それは…」 「…その手があったか…」 (キョン!?) 「はい、しかしそれしか思い浮かびません。」 「上等だ…その役俺がやろう。」 「…漢ですね、キョン君流石です…」 (…正気…この二人…大体おかしいでしょ?いつものあなた達の役割は私が暴走するのを止める事…まるで逆じゃない!) …涼宮ハルヒは知らない…彼らが修羅に入っている事を。 鬼や仏をも斬る覚悟の彼らにとって店員にボディブロウを食らわすぐらい朝飯前である。 この時ハルヒの頭に最悪の光景が浮かんだ。 回る赤色灯 掛けられる手錠 「団長の…団長の命令で仕方なくやったんです!」 「そうです。僕たちは嫌だといったのに無理やり…逆らったら死刑なんです!」 (…君が団長だね?) 刑事の声 (…少年院でゆっくり反省しなさい) ガチャ(牢屋の閉まる音) ………… 嫌ぁぁぁぁ!! 涼宮ハルヒは一種のパニック状態に陥っていた。 逮捕の恐怖だけでは無い。 いつも周囲に 異常 変人 暴走機関車 等と言われ自分でも否定せずそれを受け入れ生きてきた涼宮ハルヒが、今、三人の中で一番常識人だということに気づいたからである。 二人は真剣に話しあっている。 「ボディーブロウはえぐり込むように…」 「…えぐり込む様にだな…」 一方ハルヒは 「あはは…あは…」 壊れかけていた。 (なるほど…キョンはいつもこんな感じなのね…) (…しっかりしろ!涼宮ハルヒ!あんたが壊れたら最悪の結果が待っているのよ!) (がんばれ!) 自分で自分にエールを送り気持ちを奮い立たせた。 「待って二人共!」 「ん?」 「何ですか?」 「…もう少し待ちましょう。きっと穏便にすむ方法があるはず…せめて後30分待ちなさい。」 「わかった。」 「わかりました。」 「…よし!」 涼宮ハルヒ、復活! …しかしそう都合良く見つかるはずも無く、まもなく30分たとうとしていた。 「やっぱりあれしか無い。」 「駄目よ!キョン!」 「…しかし!」 そこに古泉の声が響いた。 「…かれこれ20分ほど不愉快な視線を僕たちに向けています…もう限界です。」 「なるほど…そう言う事か…」 「…」 「はい、これは向こうから喧嘩を仕掛けたも同然!詫び料として支払い分巻き上げましょう。」 「…流石古泉だな、俺が行こう。」 「…」 「大丈夫ですか?結構強そうですよ。」 「心配するな。伊達にハルヒに付き合ってきた訳じゃ無い…体力だけは無駄についた。」 「…ご武運を。」 キョンはその男の元へ向かおうとした…そこに… 「…待ちなさい。」 ハルヒだ…。 「何だ…まさか止めようって訳じゃないだろうな?」 「いいえ、あの手の奴はここできっちり締めとくのがよいわ。 払わないなんてぬかしたら骨の一本でも折ってあげなさい。 「あ…ああ。」 …ハルヒ…やっぱりあんたも同類だよ… キョンは向かった。 「流石キョン君、早速胸ぐらをつかみましたよ!」 「がんばれキョン!」 …いや、違うの。違うの。…あのね… 「…まずいですね。素直に謝りそうな気配です…」 「キョン…失敗したら死刑よ!」 …はははは、そうだったのか… 「…打ち解けてしまった様ですね…」 「何やってんのよキョン!」 …キョンは笑顔で戻って来ました。 「…キョン君…あなたには失望しました…。」 「…もう一度行きなさいよ。このチキン野郎。」 「違う違う。古泉が行けば良いんだよ。」 「…へ?僕が?」 「…古泉君が?」 「そうだ。行ってこい。」 「???」 古泉は訳わからない様にして向かった。 「…ど~ゆ~事なの、キョン?」 「…ああ、あの男は ホモ なんだ。」 「…ホモ?」 「ああ、どうやら古泉に一目惚れしたみたいで…あの視線は熱い視線だった訳だ。」 キョンは手品の種明かしをするかの様に語った。 「…で支払いはどうするの?」 「大丈夫だ。事がすんだら古泉に渡すらしい。」 「…事って…まさか!」 …そして古泉は。 「…僕に用ですか?」 「…かわいい。」 「…何故僕の股間を弄るんですか?」 「…さぁ、トイレに」 「キョン君!、涼宮さん!助けて下さい!この男何かを狙っています!」 「(お前の肉体なんだよ(泣))」 「(あなたの肉体なのよ(泣))」 「キョン君!…何電話掛けるフリしているんですか!?それどう見ても電話じゃ無くてあなたが今履いてた靴でしょう!」 「…ああ、つぎの商談は…ああ、そうだ。」 「涼宮さん!テーブルの下に頭突っ込んで何やってるんですか!」 「プーさんでしゅ。プーさんでしゅ。蜂蜜食べたいでしゅ」 「助けて~…」 …古泉はトイレに消えて行った。 「許せ!古泉(泣)」 「許して!古泉君(泣)」 …なんて薄情なやつらだこいつらは… ~30分後~ 「コーヒーおかわりください。」 「わたしも。」 …二人は古泉をまっていた。 コーヒーを飲みながら… ガチャ …トイレからフラフラになった古泉が出てきた。 「古泉!」 「古泉君!」 …古泉がゾンビの様に近づいてきた。 「…キョン君…涼宮さん…」 「遅かったな。」 「心配したのよ。」 …二人は額に汗をかいています。 「……僕…汚れて…しまいました…」 … (古泉(泣)) 二人は涙を流しながら古泉に近づいた。 「痛みに耐えて良く頑張った!感動した!」 「あなたはSOS団の誇りよ。終身名誉副団長の称号を与えるわ」 「…ところであの男から何か受け取らなかったか?」 「…ああ…これを…」 古泉はそれをキョンに渡した。 テレホンカード…一枚 「…テレホンカードか…しかも50度数…(涙)」 「…こんな物の為に古泉君は…(涙)」 …古泉一樹… テレホンカード(50度数)一枚で純潔を失った男となる。 「…しかし…僕は悟りました…大切な物はお金ではありません…本当き大切な物は…」 「?」 「?」 古泉は頬を赤く染めながら言った 「…太くて大きい物…です。」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「いやぁぁぁぁぁ!いぁぁぁぁ!!!!」 古泉はクラスチェンジした…ロリコンからホモになった。 「駄目だ!!行くな!!」 「そっちにいったら駄目ぇぇぇ~」 …何て事だ…まさかこんな事になるとは…古泉!お前はホモじゃ無い…ロリコンだ! 「…ロリ…コン?」 そうだ、心配するな。俺にまかせろ。必ず何処に出しても恥ずかしくないロリコンに戻してやる。 「…古泉君…ロリコンだったんだ…」 …ハルヒは少し引いてしまったようです。 「古泉、美人OLの脱ぎたてパンストと小学四年生の脱ぎたてブルマ…どっちが良い?」 「…ブルマ…」 「そうだ!…次、ビキニの水着とスクール水着…どっちだ?」 「…スクール水着…」 「最後だ!…上戸彩と俺の妹…どっちだ?」 「キョン君の妹…です。」 「古泉ぃ~」 キョンは古泉に抱きついた。 「思い出せ!お前は俺の妹(11)が好きなロリコンんだ!…思い出せ…」 「僕が好きなのは…キョン君の妹…」 …古泉の瞳に段々と光が戻ってきました。 「…キョンくん…」 「…何も…何も言うな!…くぅ~涙が止まらない。」 ふと隣をみるとハルヒも涙でクシャクシャです。 「…ひっく…古泉…君…お帰り…なさい。」 …いつまでもこうしていただろうか… 事象をよく知らない周りの人達がもらい泣きを始めそうなころ再びキョンは口を開いた。 「古泉、最後にもう一度お前の好きな人の名前を聞かせてくれ」 古泉は照れながらいいました。 「キョン君の…妹…」 キョンは涙を流しながら再び 「声が小さい!もっと大きな声でだ!」 彼はうなずき大きな声で言った。 「キョン君の妹…の」 の? 「の?」 「の?」 「…お兄ちゃん」 キョンの妹(キョン→妹) の お兄ちゃん(キョン←妹) 「…い……いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 キョンの絶叫が響きました。 「…古泉君…戻ってこれなかったのね…(涙)」 古泉は頬を赤くそめキョンにちかづいていった… 「キョン君…」 「ひっ…ひぃ~」 「キョン君…」 「…やめろ…俺を恋する乙女の目で見るな…」 どんどん追い込まれていきます。 (…このままでは…犯られる…) その時です。 「古泉君!あっちにふんどし締めた美少年の集団が居るわよ!!」 「なんですって!!」 古泉がハルヒの言葉に騙された。 (今よ!キョン!!) (…すまないハルヒ…お前がくれたこの一瞬…無駄にはしない!!) キョンは素早く古泉の後ろに回り込み…これは…これは… ジャーマンスープレックスホールドだぁぁぁぁ!! グキ 「はぁ、はぁ、」 キョンは完全に気絶した古泉に向かい呟いた。 「すまない…こうするしか…こうするしか無かったんだ…」 「しかし…ロリコンからホモになるとは…」 「超サイヤ人3もびっくりな変身ね…目覚めた時またいつもの古泉君に戻っていると良いわね…」 「ああ…心から…心からそう願うよ…」 …その後店の店長から 「お代は結構ですから二度と来ないでください。」 といわれ三人は追い出された。 「…結局払わないで良かったな。」 「…結果オーライってやつね。」 二人は堅く手を握りあった。 「ところで…」 「うん…これどうしようか?」 もちろんこれとは古泉の事である。 「キョンのうちに泊めてあげれば?」 「馬鹿言うな!記憶が戻っていたら妹が、戻ってなかったら俺が危ない。」 「…放置しとく?でもここらへん野犬が出るとか…」 「…古泉なら多少野犬にかじられても大丈夫だろう。」 「…そうね。ところでキョン、送ってくれるんでしょうね?」 キョンは苦笑いをして答えた。 「お姫様がお望みなら…」 ……って所で夢から覚めたのよ。 放課後、ハルヒは昨夜見た奇妙な夢のはなしをしていた。 朝比奈さんはポカーンとし、キョンは苦笑いをし、古泉は笑顔をひきつらせて聞いていた。 「んで感想は?…みくるちゃん?」 「え…感想ですか?…古泉くんはどうですか?」 「…この話で僕に振りますか…」 こめかみのあたりがピクピクしています。 「有希、どうだった?」 「…ユニーク」 おしまい。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/264.html
いつもの昼下がり。文芸部室には長門が一人。時おり、ぱさり、ぱさりとページをめくる音だけが聞こえる。がちゃり、とドアノブを回す音がして入って来たのは古泉だ。 「おや、めずらしい、長門さんおひとりですか。他の皆さんは?」 長門は本から顔をあげもせずに、校庭の方を指さす。 「またですか」 と古泉はいつもの笑顔で苦笑いしながら席についた。最近、ハルヒは来年の文化祭で撮影予定の「朝比奈ミクルの冒険01」の企画に夢中で、「カメラテストをする」と言ってはカメラマンにキョンを指名して、朝比奈ミクルに片っ端から様々な衣装を着せて校庭でテスト撮影を繰り返している。衆人環視のもとで奇妙キテレツな服装をさせられる朝比奈さんこそいい迷惑だ。 「....」 朝比奈ミクルも、キョンも、ハルヒもいない部室と言うのも妙に静かだ。長門はもともと何も話さないし、古泉はハルヒやキョンとしか基本的に会話しない。実際、長門と古泉が二人っきりと言うシチュエーションはかなり珍しいと言える。古泉が口火を切った 「長門さん」 長門は無表情なまま顔をあげる。キョンだったら長門の表情に怪訝そうな表情が浮かんでいるのに気づいただろう。 「ちょうどいい機会ですので、ひとつ、意見させてください」 「なに?」 「我々は所属する組織こそ異なっていますが、目的に大きな共通点があります。涼宮ハルヒの精神的な安定を保つこと。違いますか」 「否定はしない」 「そのことについてですが、わたしの見るところ、SOS団内部の人間関係には大きな不安定要因があるのではないでしょうか?」 「朝比奈みくる?」 「いえ、そうではありません。確かに、キョン氏は朝比奈さん、朝比奈さん、と騒いではいますし、一見、朝比奈さんもまんざらではなさそうですが、実際には彼らはそれほどまじめな意味でお互いを意識しているわけではありません。」 「同意する」 「涼宮さんも表面的にはやきもちをやいているかのように振る舞っていますが、しょせんは、恋人がふらふら浮気をしているという程度の認識で、本当にライバル関係にあるとは思っていないでしょう」 「おそらく。」 「ですから、この前の危機的な閉鎖空間の生成は、朝比奈さんは、御自分がキョン氏といちゃついた結果起きたことだと思っていますが、実は違うのではないかと私はにらんでいます」 「本当の原因は何?」 「あなたですよ、長門さん。」 「私?」 「キョン氏が本当に好きなのは、あなたでしょう。キョン氏自身、本当には意識していないでしょうし、例えば、この僕が彼に面と向かって長門さんに好意を抱いているかと尋ねれば彼は言下に否定するでしょうが、彼があなたに好意を抱いているのはまごうことなき事実です。これは否定できない。そして、あなたの方も『まんざらではない』のではないかと推察します。対ヒューマノイドインターフェースであるあなたが「好意」、あるいはそれに類する感情を人間に対して抱くことができるのかどうか、我々にはさだかではありませんが、もし、可能であるとするなら、それに極めて近い、感情、あるいは、あなたがたの言葉で言えば『ノイズ』というべきかもしれませんが...」 「あなたの分析の前半は正しいが後半は正しいとは言えない」 「これは驚きましたね。あなたが、他人の発言を途中で遮って発言されるとは。その様な経験を一度もしたことは...」 「あなたの分析の後半50%は誤っている」 「ほう、つまり、あなたが『まんざらでもない』と言う部分ですか?確かにインターフェースがその様な感情を抱くことができるといういこと自体には大きな..」 「そうではない」 「とおっしゃいますと?」 「私と言う個体が『好意』に類する感情を抱くことは必ずしも禁じられてはいない。涼宮ハルヒの監視に支障が無く、かつ、涼宮ハルヒ個人の精神的な安定性を損なう恐れが無い場合には問題は無い」 「ですから、この場合は、問題なのだと。あなたが、キョン氏にまんざらでもない感情を抱いていることを涼宮さんがうすうすでも感じることは精神的な安定を破壊してひいては閉鎖空間の危機的な生成を再発...」 「私が好意、あるいは、それに類する感情を抱いている個体はキョンと言う通称で一般に呼称されている個体ではない」 「それはまた、意外なことを。SOS団以外の「人間個体」との接触は避けておられるものとばかり..」 「わたしが好意を感じている人間個体は、SOS団の外部には所属していない」 「また、解らなくなりましたね。さきほど、あなたはキョン氏には好意を抱いていないとおっしゃたばかりでは」 「私が、好意、あるいはそれに類する感情を抱いている人間個体は『古泉一樹』と呼称されている」 「ご冗談を。一体、全体、どこからその様なジョークを発する機能を獲得されたのですか」 「ジョークではない。そして、『古泉一樹』と呼称される個体はこれがジョークではないことをよく認識していることを私は知っている」 「しかし」 「そして、『古泉一樹』と呼称される個体が『長門有希』と呼称される対ヒューマノイドインターフェースに、心密かに『好意』を抱いていることも既に分析は終了している。だから、あなたの先程の分析は前半50%しか正しくは無い」 「...。そこまで御存じでしたか。参りましたね。なぜ、いままでそれを一度もおっしゃらなかったのですか」 「聞かれなかったから」 「で、これから我々はどうすべきでしょう?」 「あなたが望むなら我々は「つきあう」ことができる。人類が「でーと」と呼称している行為を周期的に繰り返すことも可能だ」 「いや、おっしゃるとおりですね。しかし、どうでしょう、涼宮ハルヒの前で我々があからさまに「つきあう」ことは、彼女にどの様な精神的な影響を与えるのでしょうか」 「その分析は簡単ではない」 「私は、個人的には、彼女の精神的な安定性をます方向には決して働かないと思うのですが」 「否定はしない」 「となると、つき合うわけには行かないのではありませんか」 「その結論は論理的に妥当なものであると判断される」 「それでは、一件落着まで『おあずけ』ということでいかがでしょう?」 長門は答えなかった。答えずにいつもながらの無表情で古泉をじっとみつめた。それから再び、ひざにおいた本に目を落として読書を再開した。 「いや、それにしても、安心しました。長門さん、あなたが、キョン氏に好意を抱いていないと言うことを伺って。これで涼宮さんの精神的な安定性を破壊する要因がひとつ減りました」 「あなたは嘘をついている」 「はい?」 「あなたが『安心した』のは、涼宮ハルヒの精神的な不安定要因が減少したからではない」 「...。正直にもうしあげましょう。そのとおりです。私はあなたに好意を抱いています。ですから、あなたがキョン氏にではなく、私個人に好意を抱いておられることを伺って非常にうれしく感じました。安心したのはそのせいであるともいえます。長門さん。あなたは、正しい」 長門は再び、本に目を落とした。 「先程、我々が涼宮さんの面前でつきあうのは不安定要因でないまでも、安定を増す方向には働かないだろうと申し上げましたが、涼宮さんの面前でなければ大きな問題が無いのだということもできます」 「?」 「つまりですね、長門さん。涼宮さん達が戻って来る前に、わたしとあなたが、ですね、涼宮さんを閉鎖空間から引き戻すためにキョン氏が涼宮さんと行った行為をここで密かにする分には問題とはならないのではないかと..」 長門がだまって立ち上がって、古泉に近付いた。二人が身を引きはなしたのはかなり長い時間が経ち、長門が 「涼宮ハルヒが接近している」とつぶやいてからのことだった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3829.html
「……で、話とはなんだ、古泉」 「……はい」 …。 夕暮れの文芸部室、今この空間に居るのは俺といつに無く真剣な表情の古泉。 …。 状況が分からない? 大丈夫だ、俺も理解していない。 いつもの時間が終わり帰宅しようとした俺を古泉が呼び止めたのだ。 …。 「大事なお話があります」 …。 ……と。 とりあえず分かるのは古泉が何か重大な話をしようとしている事ぐらいだ……やれやれ、また厄介事か? …。 「またハルヒが何かやらかしたのか?」 「いえ、涼宮さんの事ではありません」 …。 ハルヒの事では無い? …。 「ならお前、あるいは長門や朝比奈さんの事か?」 「いえ、今回は超能力的、宇宙人的、未来人的な事とは一切関係ありません」 …。 じゃあなんだ? …。 「……あなたの妹さんの事です」 …。 …………は? …。 「ちょっと待て、なぜ俺の妹がここで出てくる?……まさか、俺の妹が異世界人だった……なんてオチ…」 「ご安心下さい、あなたの妹さんは正真正銘普通の人間です……話と言うのは…」 「話と言うのは?」 「…………あなたの妹さん、可愛いですよね…」 …。 …………は? ……コイツ何言ってんだ? …。 「……ああ、可愛いな。歳が離れているから尚更な」 …。 とりあえず無難な返事をしてみるが…。 …。 「いえ!そう言う意味では無く!……その、一人の女性として……と言うか……何と言うか…」 …。 頬を赤らめてつぶやく古泉……実は気づいていた……気づきたくなかった…。 …。 「古泉……お前……まさか……」 「…………はい」 …。 …。 古泉一樹はロリコンだった …。 …。 ……神……神よ……いや待て!落ち着け俺! 俺はこんな事態には常人よりも耐性がある!そうだろ?……そうだ、まずは深呼吸だ……………よし、落ち着いた。 まずはコイツが本物かどうか確かめなくては。 …。 「古泉!!」 …。 俺はハルヒが野球部からパクってきたボール(本人は迷子になっていたのを保護したと言い張っている)に妹と書き、古泉に突き付けた。 …。 「え……?」 …。 次に筆箱から取り出した消しゴムに上○彩と書き、同じように突き付けた。 …。 「あの……これは一体……」 …。 突然の俺の行動に困惑する古泉。 俺は静かに告げた。 …。 「古泉、この○戸彩をお前の好きにしても良いぞ」 「好きにしても良いとは?」 「撫で回そうが、乳を揉もうが、口に含もうがお前の好きにしろ」 「な?!そ、そんな事許されるのですか?事務所とか問題ないのですか?!」 「事務所など気にする事は無い……ただし!上戸○を選ぶか我が妹を選ぶかはっきりとしてもらおうか!!」 …。 俺ははっきりと古泉に告げた。 明らかな狼狽を見せる古泉……さあ、どう出る? …。 「……決まっているではないですか、○戸彩を出せば僕の心が揺らぐとでも思いましたか?……まぁ……実際少し揺らぎましたが……僕の答えは……ふもっふ!!」 …。 なっ!? …。 古泉は掛け声と共に消しゴムを投げ捨てた……ああ……彩ちゃん……。 …。 「……本物か」 …。 困った事にどうやらコイツは本物らしい。 只でさえ超能力者と言う属性を所持しているのにその上ロリコンの属性までも求めなくても……。 …。 「そんな訳でこれからあなたの家に行き、お義父さんとお義母さんにご挨拶をして晩御飯でもご馳走になろうかと思‥」 「断る!!」 「……即答ですか」 「当然だ!これで了承する奴がこの世界のどこに居る?」 「いえ、ここに居れば良いなと……いや、駄目ですか……参りましたね……」 …。 突然表情を落とす古泉……様子が変だ。 …。 「どうした?」 「はい、実は……」 …。 …。 古泉が語った事、銀行の手違いで仕送りが遅れ明日にならないとお金が入らない、そして数日前から何も食べて無い……との事。 道理で顔色が悪い訳だ。 …。 「そうだったのか」 「はい……恥ずかしながら」 …。 ここで無視するほど俺は冷たい人間では無い。 しかし、俺もハルヒが課す罰金で手持ち金は無いし……かと言って家に連れていけば妹が危ないし…。 …。 「……あ!?」 「どうされましたか?」 …。 そうだ、あれがあるじゃないか! まさに今こそ使う時だろ? …。 「古泉」 「なんでしょうか?」 「ハルヒに飯を奢らせるぞ」 「…………すいませんもう一度お願いします」 …。 聞き返す古泉、幻聴とでも思ったか? …。 「聞こえなかったか?ならもう一度言おう。 ハルヒに飯を奢らせるぞ! 」 …。 俺の言葉に目を見開いて驚愕する古泉……まぁ、当然か。 …。 「……正気ですか?」 「ああ、至って正気だ」 「涼宮さんですよ?」 「ああ、あの涼宮ハルヒだ」 「天上天下唯我独尊、目の無い巨大台風、世界の中心で我が侭を叫ぶ第六天魔王……等、様々な異名を持つあの涼宮ハルヒにですか?!」 「……お前本人居ないと思って言いたい放題だな……そうだ、その第六天魔王にだ」 …。 しばらく沈黙が流れたた。 その間古泉は俺を理解出来ない物を見るかのような目で見続けた……いやいや、超能力者でロリコンなお前が一番理解出来ねぇよ。 古泉が沈黙を破る。 …。 「……しかし、あなたのその自信、何か手でも?」 …。 その言葉に俺は無言で例のモノを取り出しスイッチを入れた。 …。 …。 「こ…これは……いつの間に……」 「ああ、一昨日にな。まさかこんなに早く役に立つ時が来るとは」 「これがあなたの武器……たしかにこれならば…」 「ああ、勝てる!あの第六天魔王にな」 …。 俺の用意した武器、これがあればあのハルヒと言えども俺たちに飯を奢らざるを得ないだろう……しかし…。 …。 「ただし、一つ問題がある。これは古泉、お前に深く関係する事だ」 …。 古泉の顔に緊張が走り……そして口を開いた。 …。 「……閉鎖空間ですね」 …。 閉鎖空間……知っての通りハルヒの精神が不安定になると発生するトンデモ空間。 これの発生を食い止めるのが古泉……機関の使命。 俺たちが今から実行しようとしている事は機関にとって敵対を意味する事になる。 なぜならこれを実行したら過去最大級の閉鎖空間が発生する事が確実な訳だから。 …。 「どうする?」 「…………」 …。 古泉は無言で俺に背を向け窓へと向かった。 …。 「まぁ、無理だよな、さすがに……この件は無かった事に…」 「雪山の件……覚えていますか?」 …。 俺に背を向け窓の外を見ていた古泉が俺の言葉を遮るように語りかけた……雪山? …。 「あの時約束しましたよね? 一度だけ機関を裏切りあなた方に味方する ……と」 「……それが?」 「あの約束を果たす時が来たようです」 …。 ……おい。 …。 「おそらくこの件を実行中に凄まじい勢いで電話が掛かってくるでしょう……ですが僕は!それを完全に無視します!……ええ、とても辛いですが僕は約束を守ります!あなたとの約束を!!」 …。 いつの間にか振り返り拳を握りしめ熱く語る古泉……ってか何だその約束の無駄使い。 …。 「……いや、そこまで重大な事でも」 「いえ、約束は約束です!」 「いや、いいって…」 「そこをなんとか……わかりました!では約束は一度では無く二度……いや、三度で。ですからその内の一回を今回に…」 「……ずいぶん安いな、お前の約束」 …。 要するにお前は大義名分が欲しいんだな? お前がそのつもりならそれで良い。 …。 「分かった、お前の覚悟は受け取った……ではこれより我らは修羅に入る!」 「鬼に会っては鬼を切り、仏に会っては仏を切る……ですね?」 「さすが古泉、良く知っているな。まぁ、それくらいの覚悟が居るって事だ。 なんせ相手は…」 「第六天魔王もとい涼宮ハルヒ……神ですからね」 …。 こうして二匹の修羅と化した俺たちはハルヒの元へと向かった。 …。 …。 …。 …。 ~涼宮ハルヒ~ …。 …。 …。 「結構遅くなったわね」 …。 今日は部活が終わった後、有希とみくるちゃん誘ってと最近開店したお寿司屋さん行ってみた……もちろん回るお寿司屋さんだけどね。 ん?なんでキョンと古泉君を誘わなかったかって?開店サービスで 女性のみ二千円で食べ放題!飲み放題! …ってルールがあったからよ。 まぁ、アタシと有希が食べ過ぎたせいか 女性のみ二千円で食べ放題!飲み放題!(涼宮ハルヒ、長門有希除く) ってなっちゃったけど……まぁ、それはまた別のお話。 それにたまには女の子同士だけで食事ってのも良いじゃない? その後ケーキ屋さんに行ったりなんかしてこんな時間になっちゃった……別に帰りが遅くなったからって怒る親も居ないし。 ん?ああ、親が居ないってのは二人共仕事帰りがいつも遅くなるってだけだから勘違いしないで。 ……それにしても一人娘を放って置くなんてグレたらどうすんのよ、幸いにもアタシは真っ直ぐ素直に育ったけど……なんて事考えている内に家に到着! …。 ガチャガチャ …。 「ただいま~……って誰も居ないんだけどね……ん?」 …。 リビングに灯りが点いている?お母さん? …。 ガチャ …。 「どうしたのお母さん、こんなに早…」 「お帰りハルヒ。遅かったな」 「お帰りなさい涼宮さん」 「……」 …。 ガチャ …。 アタシはドア閉めた…………え?……キョンと古泉君……? ……幻覚と幻聴?……無理もないわ、団長としていつも気苦労が絶えないし……うん、幻覚幻覚。 アタシはもう一度ドアを開ける。 …。 ガチャ …。 「なにやってるんだハルヒ?入らないのか?」 「涼宮さん、お茶を用意していますよ。座って下さい」 …。 …………幻覚じゃ……無い?! …。 「ちょ…ちょっと!なんであんた達ここに居るのよ!?」 「……声を抑えろハルヒ、夜だぞ。近所迷惑を考えろ」 「何処から入ったの?!」 …。 アタシの問いにキョンはポケットから何かを……って?! …。 「人の家の合鍵を勝手に作るな!」 …。 アタシはそれをひったくり怒鳴る……なに……この状況?何でキョンと古泉君が家に? ……駄目、頭グルグル……落ち着け涼宮ハルヒ!落ち着くの!落ち着いて今の状況を整理するの! …。 「はい涼宮さん、お茶ですよ」 「ああ、ありがとう古泉君……ごくごく……ふぅ~……じゃなくて!なんで古泉君まで居るのよ!」 「まぁ、まずは落ち着け、深呼吸だ。それにしてもお前は突然の事態に対する耐性が無いな。それでも団長か?そんなザマで何が世界の不思議を見つけるだ!!ええ?!」 …。 くっ……言い返せない……ってか……何でアタシ怒られてるんだろう…? とにかくキョンの言う通り深呼吸……………………よし、もう大丈夫! …。 「落ち着いたか?じゃあ話を聞け」 …。 …。 …。 …。 「なるほどね」 …。 キョンの話……まさか古泉君にそんか事情があっただなんて。 …。 「そんな訳だ、だから団長として俺と古泉に飯を奢ってくれ」 …。 なんでキョンが入っているのか理解出来ないけど……って言うか。 …。 「それは別にキョンが古泉君に奢ってあげたら良いんじゃない?」 「あいにく俺はお前が課す罰金で貧乏だ」 「ん……でも家に招待して晩御飯をご馳走するぐらい良いでしょ?」 「ある切実な事情があって古泉に家の敷居を跨がせる訳にはいかないんだ」 「……何よそれ」 「それは禁則事項だ」 …。 何よ禁則事項って……そう言えばみくるちゃんもたまに使うわね。 こんど意味聞いてみよう。 …。 「でも残念だけど家は何も無いわよ、アタシも外で済ませて来たし」 「ああ、それは確認済だ。見事に何も無いな」 「勝手に家捜しするな!!」 「声大きい、近所迷惑を考えろ」 「あんたはアタシの迷惑を考えなさい! ……まさかアタシの部屋とか入ってないでしょうね?」 …。 もしも写真立てとか……それどころか日記でも見られていたら。 …。 「見損なうな、そんなモラルに反する事を俺たちがすると思っているのか?お前は俺達をそんな目で見ていたのか?……だとしたらかなりのショックだな…」 …。 表情を落としうつ向くキョン……別にそんなつもりじゃ…。 …。 「ご、ごめんなさい。言い過ぎたわ」 「……すまん、俺も言い過ぎた」 …。 アタシの悪い癖……不用意な発言で人を傷つける……反省。 …。 「……不法侵入の時点で人としてアウトなんですけどね」 …。 古泉君の呟きが聞こえたような気がしたけど話が進まないからとりあえず聞かなかった事にする……ってかさっきから古泉君の携帯鳴りっぱなしなんだけどなんで出ないんだろ? …。 「と、とにかく何も無いのは確認済なんでしょ?無駄足だったわね」 「それは問題ない、今から外でお前に奢ってもらうつもりだからな」 「な!?嫌よ!アタシは奢ってもらうのは好きだけど人に奢るのは大っ嫌いなの!」 「……そんな発言を堂々と胸を張って言える所がお前の良い所であり羨ましい所なんだが……ハルヒ?」 …。 キョンの表情が変わる……何よその猛禽類を思わせる鋭い目は? …。 「な、なによ」 「一昨日の放課後を覚えているか?」 …。 一昨日の放課後? え~と……たしかキョンは掃除当番、たしか古泉君も。みくるちゃんは鶴屋さんと用事があって、有希はコンピ研に……そう、アタシが一番に部室に行ってしばらく誰も………あ!? …。 「思い出したか?」 …。 邪悪……そうとしか表現出来ない顔でニヤリと笑うキョン。 …。 「キョンあんた……まさか……」 「古泉」 「はい」 …。 古泉君が取り出したのはカセットレコーダー……って事は……やっぱり…。 …。 「人と言うのは悲しいな……暇になると即興で歌を作り歌ってしまう。しかもそれは大抵が恥ずかしい代物だ」 …。 足がガクガクと震える……道理であんなに強気だった訳だ二人共…。 …。 「ハルヒ、お前に選択肢は無い」 …。 ……くっ …。 「分かったわよ!奢れば良いんでしょ?奢れば!ライスでもライス大盛でも好きにどうぞ!」 「……やれやれ、お前はまだ自分の立場が理解出来ていないみたいだな……古泉」 「はい」 …。 カチッ …。 うきやあああああああああああ!!! …。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい申し訳ありませんでした!!何でも好きな物をお腹一杯お食べくださいませ!二人は成長期だから美味しい物を一杯食べないといけないのおおお!!」 「古泉」 「はい」 …。 カチッ …。 「……うっ……うっ……」 「涼宮さん、ご馳走になります」 「ハルヒ、素直なお前が一番可愛いぞ」 「この鬼いいいいいい!!!」 …。 悪魔二人に晩御飯をご馳走する羽目になってしまった……アタシともあろう者が……うっ…うっ…。 …。 …。 …。 そんかこんなで今、夜道をアタシ、キョン、古泉君の三人で歩いている。 静かな夜道に二人の話し声と古泉君の携帯音だけが響き渡っていた。 …。 「ここの高級レストランに入るわよ」 「高級レストランって……ただのファミレスじゃないですか」 「まぁ、もう歩くのも疲れた。次回はもっとマシな所に連れていけよ」 …。 じ…次回って…。 …。 …。 …。 「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」 …。 席に着くと……見るからに頭の軽そうな女が営業スマイルを浮かべて注文を聞きに来た。 ……いけないいけない、アタシ心が荒んできてるわ…ダメよこんなんじゃ。 …。 「……コーヒー」 …。 お寿司食べたからお腹空いてないし……。 …。 「俺は高い順番に上から10品、それとデザートも上から5品」 …。 遠慮全く無しですか……そうですか…。 でも古泉君なら…。 …。 「おや、それは良いですね。では僕も彼と同じ物を」 …。 ……もう好きにして。 …。 大量の料理がテーブルの上に並べられるやいなや、二人はまさに成長期とでも言うような食欲でそれらを胃袋へと入れ始めた。 ……アタシはコーヒーを飲みながら眺める。 …。 「ねぇ、古泉君」 「はい?」 「さっきから携帯鳴りっぱなしだけど出なくて良いの?」 「あ、うるさかったですか?申し訳ありませんでした」 …。 そういって古泉君は電源を切った……良いの? …。 ……それにしても……これ全部でいくらになるのかな…。 アタシはポケットの財布を確認す…………え?……。 ……そんな訳無いわ…そう!別のポケットに! ………無い……嘘…。 ……落ち着け、落ち着くのよ涼宮ハルヒ、キョンも言ってたでしょ? まずは深呼吸…………よし、落ち着いた。 財布は……あ!…そうだ…。 思い出した、リビングのテーブルに置いた財布の存在を……どうしよう…。 …。 「どうしたハルヒ?」 「どうかされましたか涼宮さん?」 「へっ?!な、なに?」 …。 突然二人が声を掛けてきた。 …。 「いや、顔色が悪いぞ」 「ええ、真っ青ですよ」 …。 ……まずい。 …。 「べ、別に何も無いわよ!至って普通の状態よ!」 「そうか……なら良いんだが」 …。 二人は再び食事へと戻った……まだ……まだ駄目。せめて二人がお腹一杯になってから。 …。 …。 …。 …。 「いやあ、食った食った」 「ええ、こんなに美味しい食事は本当に久しぶりでしたよ」 …。 二人は食事を終え食後のコーヒーを飲んでいる……もう良いかな?大丈夫かな?……かな? …。 「ねぇ、キョン、古泉君」 「なんだ、ハルヒ」 「なんでしょうか?」 …。 あ、笑顔だ……お腹一杯になったから凄く機嫌が良いんだよね? うん、大丈夫。 …。 「あの……凄く言いにくい事なんだけど……」 「どうしたんだハルヒ、お前らしくないぞ」 「ええ、何でも言って下さい」 …。 アタシは自分で出来る一番可愛い顔で言った。 …。 「財布……忘れて来ちゃった……テへッ(はーと)」 「「…………」」 …。 しばしの沈黙の後二人の顔がみるみると……。 …。 「「あ゛あ゛(怒)!!」」 「ひいっ(泣)」 「古泉!例のテープを今すぐ流せ!大音量でだ!」 「はい!ただいま!!」 …。 ちょおおおおおお!!! …。 「ええ、お集まりの紳士淑女の皆様、北高SOS団団長涼宮ハルヒが心を込めて歌いました、聴いて下さい」 「いぃやめぇてえええええええワザとじゃ無いのおおおお本当にいいいいい!!! 」 …。 …。 その後アタシの必死の努力によりとりあえず大惨事はまぬがれた……ワザとじゃないの……本当なの…。 …。 …。 …。 …。 「……一杯食べてしまったな」 「……食べてしまいましたね」 「……食べたわね」 …。 アタシ達三人は今途方に暮れていた。 …。 「お金がありません。ごめんなさい」 …。 そんな言葉で許して貰えるような金額では無い事はアタシ達誰もが理解していた。 二人を見てみる……困っているわね。 方法はない、お金が無いのは事実。 ……素直に謝るしかない……ここは団長であるアタシが仕切らないと! …。 …。 「ねぇ、ここは素直にあやま…」 「やはりこの手しかありませんね」 「「え?!」」 …。 アタシの言葉を遮るように古泉君が発言した……何か手があるの? …。 「聞かせてくれ、その手とやらを」 「はい、まずあちらをごらんください」 …。 古泉君が指す方向……レジの所に男の店員さんがいるわね…。 …。 「幸いにも今フロアに店員は一人しか居ません。まずあの店員の前に僕かあなた、あるいは涼宮さんが立ちます」 「「それで?」」 「次にその店員にボディブロウを入れるのです……その隙に逃亡……どうですか?」 「「なっ?!」」 …。 アタシとキョンは同時に驚きの声を上げる……ちょっと古泉君、それって食い逃げ!……いや、この場合は強盗よ! …。 「古泉君!ちょっとそれは…」 「……その手があったか」 …。 ……へっ? …。 「この手しか思い浮かびませんでした」 「いや、さすが古泉だ。店員の前には俺が立とう」 「……漢ですね。ではお任せします」 …。 ……なに?……この二人?……大体おかしいでしょキョン? あんたの役目はアタシの暴走を止める事でしょ?まるで逆じゃない…。 …。 …。 アタシは知らなかった、この二人が修羅に入っていると言う事を。 鬼や仏をも斬る覚悟の二人にとって何の罪もない店員さんにボディブロウを喰らわせる事くらいほんの朝飯前だと言う事を……。 …。 …。 「ボディブロウは……そうですね、気絶させるのが一番の理想ですがそれは難しいと思いますので、とりあえず最低でも10秒は悶絶させたい所ですね」 「10秒か……じゃあこの角度で……」 「はい……えぐり込むように……」 …。 修羅二匹が作戦会議をしている……あの会議が終わったその時……何の罪も無い店員さんの前に立ちキョンは …。 一切の手加減を止め、強力なボディブロウを喰らわせる …。 そう …。 微塵ほども容赦無く!! …。 …。 「あは……あはははははは…」 …。 アタシは壊れかけていた……何故かって? だってアタシ涼宮ハルヒよ?ちゃんと理解しているのよ自分が変人だって!それを受け入れているわ! …。 でも……いま……いま…。 …。 「なぁ古泉、もしもあの店員が大怪我とかしたら……」 「その時はその時です。そんな事を考えていたらこのミッションは達成できません。僕なら殺すつもりで打ちます」 「……お前の言う通りだ。すまん、覚悟がたりなかった……殺す気でだな」 「祈りましょう。彼の幸運を……」 …。 …。 この三人の中で一番の常識人がアタシであると気づいてしまったから……。 …。 駄目!壊れるのはまだ早い!!アタシは誰だ?そう、涼宮ハルヒ!!頑張れアタシ!! みんな見ていて、アタシ涼宮ハルヒの頑張り物語りを!! …。 …。 …。 「待ちなさい!」 …。 アタシは今にも向かいそうだった二人に声をあげた。 …。 「なんだハルヒ?もうミッションをスタートさせねばならんのだが」 「涼宮さんも逃げる準備を早く」 「却下!!」 「……え?!」 「逃げる準備?ミッション?何ふざけた事言ってんの?大体団長たるアタシを無視して何勝手に話進めてんのよ!」 …。 二人の顔に狼狽が見える。 …。 「いえ……しかしこうなった以上はこれしか…」 「ハルヒ!じゃあお前には何か他に手があるっていうのか?」 …。 他の手?……それは……。 …。 「……無いわ」 「なら引っ込んでいろ!俺達のプランでなら確実にこの窮地から脱出出来るんだ」 …。 ……ほう。 …。 「……なんの罪も無い人を傷付けてね」 「「……ん」」 …。 アタシの言葉に二人はうつ向く……効いたみたいね。 …。 「じゃあ……一体どうしろと…」 「涼宮ハルヒ」 「……は?」 「アタシの名前よ。思い出した?アタシが待てと言っているの!うだうだ言って無いで大人しく待ちなさい!」 …。 …。 …。 「……分かった」 「分かりました」 「うん、よろしい!」 …。 涼宮ハルヒ完全復活! …。 …。 …。 …。 あれからしばらく時間が流れた。 さっきああは言ったけどこの窮地を脱する手段は未だに思いついていなかった。 …。 …。 『電話して誰かにお金持って来て貰えば良いんじゃね?』 …。 …。 神の声ありがとう。たしかにその手が一番よ。 でもアタシがその手を思いつくのは全て終わった後。 ……人間ってテンパっているとそんな基本的な手段も思いつかないもんなのよ。 …。 「……やはりあの手しか」 「ダメよキョン!惨劇を起こして乗り越えてもその幸せは長くは続かないの。待ちましょう……追い風が吹くのを」 「追い風か……いつ吹くってんだ」 …。 今は待つしかない……そう……追い風を。 …。 「……よろしいですか?」 「古泉?」 「古泉君?」 …。 あれから一言も発しなかった古泉君が突然声をあげた。 …。 「どうした、古泉?」 「まずはあちらをご覧ください……おっと!何気なく、気付かれないように」 …。 古泉君の示す方向を見ると…………何?あいつ? 一人の人相の悪い男がアタシ達をジッと見ていた。 …。 「もうかれこれ一時間近くになります……あの不快な視線……もう我慢できません」 「……なるほどお前の言いたい事は分かった」 「これはあちらから喧嘩を売っているも同然……売られた喧嘩は買うべきです。ついでにここの支払い分巻き上げましょう」 「さすが古泉だな……上等だ、その役目、俺が引き受けよう」 「大丈夫ですか?結構強そうですよ」 「心配するな、伊達にこの一年過ごして来たわけじゃ無い。体力だけは無駄に付いた」 「……そうですか、ではご武運を」 …。 キョンは席を立ち向かおうとした。 …。 「待ちなさい」 …。 アタシはキョンを呼び止める。 …。 「なんだハルヒ、まさか止めろとか言うつもりじゃないだろうな?」 「いいえ!あの手の奴はここでキッチリと締めておくのが良いわ。 払わないとでもぬかしたら腕の一本でも折ってやりなさい」 「あ……ああ」 …。 今度こそキョンは向かった……ん?さっきと言っている事が違う? なんで?売られた喧嘩は買うべきでしょ? …。 「やりますね、いきなり胸ぐらを掴みましたよ」 「頑張れキョン!」 …。 …。 …。 「マズイですね……素直に謝りそうな気配です」 「なにやってんのよ!許したらダメよ!」 …。 …。 …。 「……どうやら打ち解けてしまった様ですね」 「……バカキョン」 …。 程なくしてキョンが笑顔で戻ってきた。 …。 「……あなたには失望しました」 「このチキン野郎……もう一回行って来なさいよ」 「違う違う、俺じゃなくて古泉が行けば良いんだよ」 「僕が?」 「古泉君が?」 …。 キョンは古泉君に行けと言っている……なんで古泉君? …。 「……えっと……じゃあちょっと行ってきます」 「頼んだぞ」 …。 古泉君は首をかしげながら向かって言った。 …。 「キョン、説明して?」 「ああ、あの男、実はホモなんだ」 …。 ……へっ? …。 「どうやら古泉に一目惚れしたみたいでな、あの視線は奴から古泉へのラブ光線だったって訳だ」 「……そ、そうなんだ……んで支払いはどうするの?」 「ああ、紹介してくれたら報酬をコトがすんだ後、古泉に渡すそうだ」 「コトって……まさか?!」 …。 古泉君を見てみると……トイレに連れて行かれそうになっている?! …。 「助けて下さい!この男……何かを狙っています!」 …。 古泉君の声が響き渡る……狙ってるって、あなたの肉体なのよ! …。 「あなたは何電話掛ける振りをしているんですか?それどう見ても電話じゃなくてあなたが履いていた靴でしょ?!」 「ああ……次の商談の件だが…」 …。 キョンは上手くやっているわね……アタシは…。 …。 「涼宮さん!」 …。 アタシはテーブルの下に潜り耳を塞いで …。 「プーさんでしゅプーさんでしゅ、ハチミツ食べたいでしゅ」 「テーブルに潜って一体なになっているんですか?!」 …。 古泉君はどんどんとトイレに近づいて……ううん、アタシは何も見ていない!聞いていない! …。 「アッ――――!!!」 「プーさんでしゅプーさんでしゅ……」 …。 …。 …。 …。 「コーヒーお代わりお願いします」 「ああ、俺も」 …。 アタシとキョンは古泉君の帰還を待っていた……コーヒーを飲みながら。 古泉君がいつの間にか居なくなってそろそろ30分になろうとしている。 …。 「古泉一体何処に行ったんだろうな」 …。 キョンが棒読みでそう呟く。 …。 「そうね、いつの間に居なくなっちゃうんだものね」 …。 アタシも棒読みで返しておいた。 さらに15分ぐらい経った時だ。 …。 「古泉!」 「古泉君!」 …。 古泉君が帰って来た! …。 …。 「一体何処に行っていたんだ?心配したぞ」 「本当よ、でも責めるつもりは無いわ。だってちゃんと帰ってきたのだもの」 「僕……僕……」 「どうした、古泉?」 「古泉君?」 …。 …。 「……汚れてしまいました」 …。 ……古泉君。 …。 「お尻の穴が……痛いんです……」 …。 ああああああ!!! …。 「痛みに耐えて良く頑張った!感動した!」 「あなたはSOS団の誇りよ!あなたに終身名誉副団長の称号を与えるわ!」 …。 古泉君あなたは本当に立派よ!……所で…。 …。 「古泉、あの男から何かもらわなかったか?」 「え?……ええ、これを…」 …。 古泉君が差し出した物……それは。 …。 「……テレホンカードだと?」 「……しかも50度数な上に使いかけ……こんな物の為に古泉君は…」 「待って下さい」 「「えっ?」」 「本当に大切な物はお金ではありませんよ、本当に大切な物とは……」 「「大切な物とは?」」 …。 …。 「固くて太い物です」 …。 …。 …。 「うわああああああ!!!」 「いやああああああ!!!」 …。 ファミレスにアタシとキョンの絶叫が響いた。 …。 「駄目だ古泉!!そっちは駄目だ!!」 「古泉君!!そっちにいったら駄目えええ!!」 …。 なんて事?!まさか古泉君が! …。 「違うだろ古泉!お前はロリコンだ!!そうだろ?」 …。 ……え? …。 「キョン?ロリコンって……」 「ああ、古泉はホモなんかじゃない!俺の妹(11)が好きなロリコンなんだ!!まかせろ、俺が必ず何処に出しても恥ずかしくない立派なロリコンに戻してやる!!」 …。 古泉君……ロリコンだったんだ。 ……ちょっと引いちゃった。 …。 594 名前:涼宮ハルヒの幕張 ◆0qzco1.0p6 [sage] 投稿日:2007/11/23(金) 01 13 49.31 ID eK7mf4EFO 「古泉、今から俺が言う質問に答えろ!良いな?」 「は…はい…」 「女子児童、OL……さぁどちらに心が惹かれる?」 「女子……児童です」 「良し!なら次だ、ブルマとパンスト……どっちが欲しい?」 「…ブルマです」 …。 だんだんと古泉君の目に光が戻っていってるみたい……。 …。 「最後だ、上戸彩と俺の妹……どっちを愛している?」 「あなたの…妹さんです!」 …。 古泉君はしっかりとした声で言った……古泉…君。 …。 「古泉!」 「僕は……僕は……」 「何も……何も言うな……くう、涙がとまらねぇ」 「……ひっく……ひっく……古泉君……お帰りなさい」 …。 それからアタシ達は三人で抱き合って泣いた……事情を知らない他の人達ももらい泣きしているみたいね。 ……本当にゴメンナサイ、ゴメンナサイ。 その涙無駄使いです。 本当にゴメンナサイ。 …。 「古泉、もう一度お前の愛する者の名前を聞かせてくれ」 「あなたの妹さん……」 「声が小さい!もう一度だ」 「あなたの妹さん…………の」 …。 ……の? …。 「お兄ちゃんです」 …。 …。 …。 ……えっと……キョンの妹のお兄ちゃん……って……。 …。 「うわああああああああああ!!!」 …。 キョンの絶叫が響いた……古泉君……戻ってこれなかったのね…。 …。 「……キョンたん」 「やめろ……俺をキョンたんと呼ぶな……俺を恋する乙女の目でみるな……」 …。 キョンがどんどん追い詰められて行く……このままだとキョンが…。 でもアタシにこの状況で何が…………ん?!キョン? キョンがアタシを見て……そう、分かったわあんたのアイコンタクト……伝わったわ。 まかせて! …。 「古泉君!向こうでフンドシ締めた美少年の集団が悩ましげに腰を振りながら練り歩いているわよ!」 「なんですって?!」 …。 古泉君がアタシの言葉に騙された……今よ、キョン! キョンは一瞬アタシに親指を立てた後素早く古泉君の後ろに回り込み……これは……これは…。 …。 「うぉおおおおお!!」 …。 ジャーマンスープレックスホールドだあああああ!!! …。 グゥエシ! …。 キョンの放った大技により古泉君は完全に沈黙した。 …。 「許せ古泉、こうするしか……こうするしかなかったんだ……しかしまさかロリコンからホモになるとは……」 「ええ、超サイヤ人3もビックリな変身ね……目が覚めた時元の古泉君に戻っていたら良いけど」 「ああ、心から……心からそう願うよ」 …。 …。 …。 それからのアタシ達、店長らしき人が現れて。 「お願いですから出ていって下さい。お代?ええ、結構ですから二度と来ないでください」 …。 と言われ追い出された。 …。 「結局払わないでよかった訳だ」 「結果オーライってやつね」 …。 アタシとキョンは固く手を握りあった。 …。 「ところでコレどうしようか? 」 「そうだな……そこの茂みにでも放りこんでおこう」 「でもここら辺野犬が出るって話よ」 「それは大丈夫だ。たってコレは古泉だぞ」 「そうね、古泉君だもんね」 …。 そしてコレを茂みに放り込んだ後、キョンとアタシは肩を並べ歩いていた。 …。 「ところでキョン!当然送ってくれるんでしょうね?」 …。 アタシの言葉にキョンはハニカミながら言った。 …。 「やれやれ、お姫様がお望みならばな」 …。 …。 …。 …。 「……ってところで目が覚めたのよ」 …。 …。 なんだ……それは…。 ん?状況が分からない?OK説明しよう。 …。 いつもの放課後、いつもの部室。 突然ハルヒが昨日面白い夢を見たと俺たちに語り始めたのだ。 …。 ってかずいぶんと危険な言葉が出てこなかったか?閉鎖空間とか…。 …。 「んなら感想は?みくるちゃん!」 「ふ、ふえ?!え~とえ~と……そ、そうだ!古泉君はどうでしたか?」 「……この話で僕に振りますか……そうですか……」 「ふぇえええ…」 …。 古泉のコメカミがヒクヒクしている。 朝比奈さんこれはさすがにあなたが悪いです。 …。 「長門、お前はどうだ?」 「……パクリ」 …。 さて、何の事だかさっぱり分からないな。 … 「……でもユニーク」 …。 …。 ……おしまい。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4827.html
文字サイズ小で上手く表示されると思います 鳥が空を飛ぶ時に目を開いているように見えるが、あれはきっと見間違いだ。もしくは何か見えないゴーグルをかけている に違いない。コンタクトレンズの適正検査を受ける時に風で眼圧を計るが、何回目の診断でも目を閉じてしまうのを想像して もらえればわかっていただけるだろう。俺は今、風圧の前に開く事を拒否し続ける瞼を強引いて、眼下に広がる雲の隙間を 必死に見つめていた。 現在我々SOS団は、長門操縦のグライダーに乗り込み大空を飛び回っている。 グライダーの座席に座るのはいつものメンバーのようで、そうではない。 全員の表情にいつもの余裕はなく、操縦桿を握る長門の表情にすら一種の焦燥感のようなものを感じなくもないほどだ。 その中に一人、泣きそうな顔の人がいる。 それは泣き顔も愛らしい朝比奈さんにしか見えないのだが、朝比奈さんではないという文章で説明するには多少時間がかかる 人だ。もしかしたら朝比奈さんという地上に降りた天使とも言える存在を愚かな人間が取り合わないようにと、天が新たな朝比奈 さんを遣わしてくださったのかもしれない。 まあ、そうであったとしたら結局全ての朝比奈さんを独占したくなるというのが人間の欲望というものであり……。 などという妄想に耽る余裕はない。 それは、俺達がこの世界に辿り着いた時に起こった。 涼宮ハルヒの欲望 Ⅲ 「おや、またお会いしましたね」 俺達が海の世界でクリスタルを手に入れて塔に戻ると、そこには見覚えのある一人の男性が立っていた。 シルクハットをかぶった優しい笑顔の男性、名前は知らないが最初の世界で見た人だ。 「どうも」 なんと返事をしていいかわからないので、とりあえず会釈をしておこう。 「私の知る限りでよければ、この先の世界の事をご説明しましょうか?」 「お願いします」 やはりこの人は案内係みたいだな。 「では立ち話もなんですし、先に進みながらお話しましょう」 俺達はその人の後に続いて塔を登って行った。 世界の真ん中に立つ塔は 楽園に通じているという 遥かな楽園を夢見て 多くの者達が この塔の秘密に挑んで行った だが、彼らの運命を 知る者はない そして今、また一人… 「この先の世界は、白虎という魔物が統治する世界です」 シルクハットの人は俺達の中で一番歩くのが遅い朝比奈さんに合わせて、ゆっくりと階段を登っていく。 「白虎ですか」 「ええ、虎の顔をした大男の様な外見だそうですよ。貴方達が退治した玄武、青龍の仲間です」 と、いう事はやはり 「では他に朱雀もいるんですか?」 「よくご存知で」 シルクハットの人はそう言いながら肯いた。 「その朱雀ってのが最後のボスなの?」 「いえ、玄武、青龍、白虎、朱雀の四匹を産み出したボスが居ます」 なるほど、そいつがラスボスって事か。 ハルヒが立ち止まり、不審そうな表情を隠さずに口を開く。 「……ねえ、どうしてあんたはこの世界の事に詳しいの?」 男性は笑顔を曇らせる事無く、 「私はただの案内係です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」 そう言って立ち止まり、通路の先に見えている一つの扉を指差した。 「お待たせしました、あの扉の先が白虎の世界です。彼は今、傭兵を集めていますから彼に近づくには傭兵になるのが 近道でしょう」 まだ不審な顔をしているハルヒは、男性から目を離さないようにしながら扉へと歩いていく。 続いて朝比奈さんは丁寧に頭を下げながら、古泉はいつもの笑顔で、長門は案内係さんが存在していないかのように 無視したまま通り過ぎる。俺はその様子を一番後ろで見ていた訳なのだが、朝比奈さんが頭を下げる時に案内係さんも 軽く会釈を返していた。その自然な動きはゲームの中の登場人物というよりも、普通の人間らしい動作にしか見えない。 もしかしてこの人は……。 「あの、すみません」 朝比奈さんに確認してもらえば一番確実なんだろうけど、とりあえず本人に聞いてみよう。 「なんでしょうか?」 「もしかして、貴方はこの世界の住人ではないんじゃないですか?」 俺の質問を聞いた案内係さんは困った顔をしていた。 「すみません、質問の意味がよく……」 「あ、いえ。気にしないでください」 違ったか、考えてみれば本当に別の世界の人だったら朝比奈さんが先に気づきそうなもんだ。 「キョン!早く来ないと置いて行くわよ?」 扉の前で待つハルヒの声に促されて俺は走り出した。 俺が近づくのを見て、ハルヒは扉のノブに手をかける。 ――扉を開くとそこは 「居たぞ!ジャンヌだ!」 「ふぇ?」 突然伸びてきた毛むくじゃらの太い腕が、ぼーっと立っていた俺達の中から朝比奈さんの体を掴んであっという間に 連れ去ってしまった。 何が起こってるんだ? 視界には、朝比奈さんを軽々と抱えた大男がどんどん遠ざかっていくのが見えている。 「ま、待て!」 後ろから誰かの呼び止める声が聞こえた気がするが、誰の声だったのか思い出せない。 その時、俺は何も考えずに塔から飛び出していた。もしも冷静に考える余裕があったら絶対にできなかっただろう。 なんせ扉の先は真っ白な雲の海で、どう考えても自分の体重を支えてくれるようには見えなかったのだ。 幸運にも雲は不思議な質感で俺の自重をスルーする事無く受け止めてくれた。 そのまま大男を追いかけていこうとする俺の前に、 「レジスタンスの生き残りか!」 逃げていく大男と外見は殆ど同じ、大柄の男の体格に虎の顔と毛むくじゃらの肌。虎男(仮称)が立ち塞がる。 くそっ!そういえば俺は盾しか持ってないんだった! 朝比奈さんからサブマシンガンを借りておけばよかったが今更言っても仕方ない。 虎男は何も武器をもっていない俺を見て、捕獲しようと両手を広げて近づいてくる。 こうしている間にも朝比奈さんが! 「そいつは任せたから!」 ひらがなにしてもたった10文字にしかならないそれだけのセリフだが、それは背後から聞こえてきて、 中盤は真上から。最後は正面から聞こえて遠ざかっていった。 本能で学習していたらしい俺は上を見上げる事だけはしなかった。つまりは俺を踏み台にして飛び上がった ハルヒは、虎男の顔を踏みつけてさらに跳躍し朝比奈さんを追いかけていった訳だ。 「了解です」 返事をしたのは俺ではない。背後から俺の顔を掠めるように飛んできた赤い玉が虎男の不意をついて直撃する。 ゴンッという鈍い音がして、虎男はその場に倒れる。 「急ぎましょう!」 追いかけてきた古泉に文句を言う時間すら惜しい、 「ああ!」 俺と古泉、遅れて俺が塔に忘れてきた荷物を軽々と担いだ長門の3人はハルヒを追いかけて走り出した。 「ハルヒ!」 ようやく俺達が追いついたとき、ハルヒは3匹の虎男相手に苦戦中だった。 朝比奈さんを連れた虎男は少し先にある飛行機に乗ろうとしている。 「あ~もう、邪魔しないで!」 ハルヒの青竜刀は次々と虎男に命中しているのだが、堅い毛皮に阻まれて致命傷を与えられないでいる。 3匹の攻撃を軽々と避けながら戦っているのは凄いが、このままじゃ朝比奈さんが連れ去られてしまうぞ。 古泉の赤い玉が、ハルヒを狙う虎男の死角から突き進み直撃する。 「ここは我々が凌ぎます!涼宮さんは朝比奈さんを追ってください!」 虎男とハルヒの間に古泉が割って入る。 「お願いね!」 残る虎男は2匹。 「おのれレジスタンスめ! 白虎様に逆らって生きていけるとでも思っているのか?」 「知るかそんなもん!」 何の事かわからんが、逆らったら生きていけなくなるなんて環境は慣れっこだ! 俺は虎男の顔に向かって盾を投げつけた。盾は簡単に片手で弾かれたが、その間に背後に回りこんでいた 古泉の赤い玉が虎男の後頭部に直撃する。 声もなく虎男は前に倒れた。よし、残る虎男は一匹だ。 「助かりました!」 古泉の手には再び赤い玉が出現するのを見て、虎男は身構えてこちらを睨んでいる。 正面から赤い玉を投げて、もし避けられたら俺達には後が無い。それもあってかお互いに動けない状況が続く。 「ここは僕が、貴方は涼宮さんの所へ行ってください」 古泉はそう言って一歩前に踏み出した、その分だけ虎男が後ろに下がる。 「すまん!」 俺は古泉をその場に残して再び走り出した。 俺がハルヒに追いついた時、 「それ以上近づくな!」 追い詰められた虎男は朝比奈さんを片手で抱えて、首筋に爪を突きつけていた。 気絶しているらしい朝比奈さんは、ぐったりとしていて動かない。 貴様、朝比奈さんにちょっとでも傷をつけてみろ! ただじゃすまさんぞ! ハルヒは虎男を睨みながら大声で吼えていた。 「みくるちゃんをさっさと開放しなさい! 10秒以内に開放しないと肉はミンチにしてグラム98円でタイムサービスに 出して、毛皮は足拭きマットにするわよ!」 物騒な事を叫ぶハルヒを無視して、虎男は飛行機に乗り込んでいく。 このままじゃ逃げられてしまう……ハルヒも同じ気持ちなのか飛び出すタイミングを伺っているようだ。 「いい? キョン、あの飛行機が浮かんだ瞬間を狙うのよ」 小声で聞いてくるハルヒにやはり小声で答える。 「わかった」 朝比奈さんが無事に戻ってくるなら、この際どんな作戦でもかまわん。踏み台にでも何にでもすればいいさ、 もう慣れた。 虎男が飛行機に乗り込み、ゆっくりと飛行機が浮かび上がる。 「今!」 天性のスプリンターと言っても過言ではないハルヒが、一気に飛行機との距離を詰める。俺も一緒に駆け出した はずなのだが、その距離はどんどん広がっていった。虎男は両手で操縦桿を握っているから、ハルヒに対応できない はずだ。 ヘッドスライディングの如く飛び込んだハルヒの腕が飛行機の翼を掴む、重心が崩れた飛行機は大きく傾いた。 が、虎男が操縦桿から片手を離して 振り上げた! ハルヒは必死に翼にしがみついていて虎男の動きが見えていない。 俺の体はまた、考える前に動いていた。 間一髪でハルヒと虎男の腕の間に飛び込み、結果背中に激痛が走る。 「ぐあ!」 「きゃあ!」 俺ごと叩き落されたハルヒが悲鳴を上げる中、飛行機は浮力とバランスを取り戻し上空へと舞い上がった。 雲の上に倒れたままの俺とハルヒが絶望的な表情で見上げる中、飛行機は勝ち誇るようにゆっくりと飛んでいく。 「あの」 見えなくなってしまった飛行機の方を向いて、固まっていた俺達に申し訳なさそうに話しかけてきたのは。 「すみません、巻き込んでしまって」 そこに立っていたのは、服装こそ違うが 「あ、あさ。え?」 それはどうみても「朝比奈さん」だった。 どういう事だ? さっきの飛行機には確かに朝比奈さんが連れ込まれていた。しかしここにも朝比奈さんは居る わけで……。 もしかして未来の朝比奈さん? いや、ここに居るのは幼い顔つきをしたいつもの朝比奈さんに間違いないぞ。 朝比奈さん検定があるなら確実に上位に入るであろう俺が言うんだから……いや、違うな。外見はそっくりなのだが、 いつもの朝比奈さんとは何というか雰囲気が違っている感じだ。 「みくるちゃん? あなた今の飛行機に乗ってなかったの?」 ハルヒも目を丸くして驚いている。どうでもいいがそろそろ俺の背中からどいてくれ。 「私はジャンヌといいます。すみません、貴方達のお連れの方が私にとてもよく似ていたので間違われてしまったんだと 思います」 いったいどうなってるんだ、誰でもいいから状況を説明してほしい。 左右を警戒しているジャンヌさんは、どこか落ち着かないようだ。 「ここに居るとまた白虎の手下が来るかもしれません。事情を説明しますので私達のアジトまで来てもらえませんか?」 「……わかったわ、話を聞きに行きましょう」 ハルヒの顔にはいつもの余裕ありげな表情は無い。 やっと追いついた長門と合流し、ジャンヌさんが雲の中に隠していたグライダーに乗って俺達はその場を後にした。 「ある日突然、この世界に白虎がやってきたんです」 いくつかあるというアジトの一つにやってきた俺達に、朝比……いやジャンヌさんはゆっくりと話始めた。 「それまでこの世界では争いもなく、平和な日々が続いていました。しかし白虎はこの世界を支配しようとしたんです。 みんな最初はそれに抵抗していたんですが、その内に白虎に従う人が一人、また一人と現れだして……。今では僅かに 抵抗を続けている私達レジスタンス以外は白虎の味方です」 悲痛な表情で話すジャンヌさんを見ていると、どうしても朝比奈さんを思い浮かべてしまって落ち着かない。こうしている間 にも朝比奈さんに危険が迫っているかもしれないのだ。 「わかったわ、つまりは白虎をやっつければいいのね。わかり易くていいわ!」 話はもう十分だとでも言うようにハルヒが席を立つ。今回ばかりは俺もハルヒに賛成だ、一刻も早く朝比奈さんを 取り戻さなくては! 「で、白虎はどこに居るの?」 「それが……白虎の城は雲の中のどこかにあると言われているんですが、私達レジスタンスにもわからないんです」 まじかよ。 気合が抜けて立ったばかりの椅子に腰を下ろしてしまう俺達を見て、まるで自分が悪い事をしているかのようにジャンヌさん の表情が曇る。 「困りましたね」 古泉の表情にもいつもの笑顔が無い。 「こうなったら……あの人が言ってた作戦でいくしかないな」 「あの人?」 ついさっきの事なんだが、もうずいぶん前の事の様な気がするから不思議だ。 「シルクハットの案内係さんだよ、白虎に近づくには傭兵になるのが近道だって言ってただろ?」 「なるほど、確実とはいえないでしょうがここで悩んでいるよりはよほど建設的です。やってみる価値はありますね」 古泉は賛成のようだが、 「あたしは……なんかあの人が信用できないのよね……」 ハルヒはまだ何かひっかかっているようだ。 俺も完全に信用しているわけじゃないが、他に確実な方法が見つからない。 これが本当にゲームなのであればジャンヌさんのグライダーを借りてのんびり探して回ってもいいが、これはゲームで あって実はゲームではないのだ。 ハルヒはしばらく何か考えていたが何も思いつかなかったらしく、まとまらなかったアイデアを振り捨てるように頭を 振ってから言った。 「でも今は時間がないわ、それで行きましょう」 「あの……」 ジャンヌさんがおずおずと口を開く、 「なんでしょうか?」 口調や声色までもが朝比奈さんとそっくりなので、つい敬語になってしまうな。 「……こんな事をお願いできる立場ではないのは承知していますが。もしも白虎の城で私の妹を見つけたら助けていただけ ないでしょうか?」 「妹さんですか」 「はい、名前はミレイユといいます」 ミレイユさんか、最優先の救出目標は朝比奈さんに変わりないが覚えておこう。 「いいわ、そのかわりあたし達にあのグライダーってのを貸してくれない?」 グライダーの操縦方法やこの辺の町などの事をジャンヌさんから長門が説明を受けている間に、俺達は今後の作戦を 立てることにした。 「以外ね、有希が操縦得意だなんて」 たった今、得意になったんだろうけどな。 ジャンヌさんが操縦方法を教えてくれると言った時に、俺がこっそり頼んでみたのだ。 長門はあっさりと承諾してくれた。いつも頼りっぱなしですまないな。 「あいつにとっちゃパソコンみたいなもんなんだろうさ。それよりもハルヒ、先に言っておくぞ。うまく白虎の傭兵になれたとしても、 いきなり白虎に襲い掛かったりするなよ?」 意外そうな顔でハルヒが反論してくる。 「どうしてよ? 悪人に人権はないって言うじゃない」 こいつ、襲い掛かるつもりだったな。 「白虎を裏切るのは朝比奈さんの安全を確保してから、という事ですね」 「そうだ」 うまく騙せればいいんだがな、自慢じゃないが演技には自信がないぞ。 「じゃあそれまでは仲間の振りをしてみくるちゃんの情報を聞き出さなきゃいけないって事ね。……脅して無理やり聞きだすのは ダメなの?」 「駄目だ。リスクが大きすぎる」 白虎の城が青龍の城みたいに簡単な作りだとは限らない、脅迫が失敗して白虎を倒したはいいが朝比奈さんは見つからない なんて事になったら最悪だ。 「相手のホーム、僕らにとってはアウェーに乗り込む訳ですから、止めておいたほうがいいでしょう」 「わかった……ねえキョン」 さっきからハルヒの言葉に元気がないな、こいつでも緊張するんだろうか。 「なんだ?」 「これ、ゲームなんだよね? みくるちゃんは無事でいるんだよね?」 あの日以来であろうハルヒの不安そうな目が俺を見ている。 横から古泉が「事実を話すべきでしょうか?」と視線で聞いてくるのがわかる、そんなもん俺に聞くなと言いたい。 ハルヒ、お前が仲間を心配する気持ちはよくわかる、俺も朝比奈さんが心配で仕方ないからな。だからこそ、ここで真実を 打ち明けていいのかどうか俺にはわからん。 今の俺に言えるのは、 「SOS団が全力で助けにいくんだ、どんな障害があろうが助けられないはずない。違うか?」 これだけだ。 ハルヒ、俺達が本気で行動して出来なかった事があるか? それにお前には言えない事だが、俺は未来の朝日奈さんに会った事がある。つまり今の朝比奈さんの未来はここで終わり だと決まっていないから、朝日奈さん(大)は存在しているって事だと思う。 時間平面上の必然なんて言葉は俺には理解できないが、未来の朝比奈さんが居るという事実はここで朝比奈さんの人生 が終わりではないという証明にならないか? くそう、禁則事項ってのはこんなに歯痒い物なんだな。 言葉で伝えられない代わりに、俺はかつてコンプ研との対決の時、お前が俺にそうしたようにハルヒの目を見つめ返して 元気ってやつを注いでみた。 沈黙は時間にして10秒程の長さだったと思う。 その間にハルヒの顔がどんどんいつもの自信を取り戻していったのを見て、俺は自分がした行動がさっそく消したい過去リスト に追加されたのを実感した。 「その通りよ! キョン、やっとあんたも団員らしくなってきたじゃない!」 手加減無しで俺の肩を平手で叩いたのは、多分照れ隠しとかそんな感じの感情が混じっているんだと思う事にしよう。 でなければこの痛みは耐えられそうに無い。 叩かれた場所を押さえてうずくまる俺から興味が離れたのか、 「有希、操縦はもうできそう?」 ジャンヌさんの説明にこくこくとうなずいていた長門の方へと歩いて行った。どうやら長門の方も準備できたらしい。 電波不良最終兵器女子高校生の無機質な目にも、微かに熱意のような物が見て取れなくもない。 「じゃあ出発! 白虎を亡き者にしてみくるちゃんを取り戻すわよ!」 やれやれだ。 誰に対して言うわけでもないんだが、元気を取り戻したハルヒを見ているとなんというか落ち着く気がするのは、夏が暑くて 嬉しいといったあるべき物があるべき場所にある安心感といった物であり、それ以上でもそれ以下でもないと断言したい。 「御二人の関係を見ていると、時々羨ましくなってしまいますよ」 僅かだがいつものにやけ顔を取り戻した古泉を睨みつつ、俺はハルヒが手を振るグライダーへと急いだ。 俺達がグライダーに乗り込むと音も無く機体は上昇を始め、雲の上で手を振るジャンヌさんの姿はどんどん小さくなって いった。 「ジャンヌちゃん! 必ず妹さんを連れて戻るからね!」 この人も「ちゃん」で呼ぶのか。 「お願いします!」 小さくなったジャンヌさんの姿が、雲の中にあるアジトに消えてから。機体はゆるやかに加速して大空を飛び始めた。 ジャンヌさんから借りたこのグライダーは、先頭に操縦席があって後部には5人程度が座れるシートがあった。 他にめぼしい物はなく、戦闘機というよりも輸送機といった感じだな。 正面に風除けがあるだけで天井はなくオープンカーのような作りで、雨雲の中につっこんでしまったらどうなるんだろう? と自然な疑問を持ったが聞くべき相手はここにはもう居ない。 「有希、今はどこに向かっているの?」 「町」 ぽつりと操縦席から答える長門の声はいつもよりは大きい。 風圧でかき消されてしまわないように多少音量を上げたといったところだろうか。 「白虎が傭兵を集めてるってのはその町なの?」 視線は正面に向けたまま長門はこくりとうなずく。 よく見ると長門は操縦桿に手を触れていなかった、なのに操縦桿は固定されているかのように止まっている。 長門よ、運転してもらっておいてこんな事を言うのはなんだが、もうちょっと運転してますって感じに手を添えるとかしててもらえると 嬉しいんだけどな……。 俺の視線が気づいたのか、長門は振り向くと 「お、おい長門?」 操縦席から降りて俺に場所を譲るようにして立っている。 「オートモード」 「へ?」 長門の白い指が操縦席の前にあるモニターを指し示す。 「座標入力済み、自動運転」 どうりで操縦桿を触ろうともしていなかったのか、疑ってすまん。 俺は長門に代わって操縦席に座った。視界に入る計器が何を意味しているのかさっぱりわからないが、長門が何も言わないん だから多分大丈夫なんだろう。 操縦席に座った俺を見下ろすように立ち、長門はじっとしている。 「いつもありがとうな」 お前にはなるべく負担をかけないようにしてやりたいんだけど、結局頼りっぱなしだな。 ふるふると左右に首を振る長門には、相変わらず表情らしい表情はない。 「情報なんとかってのと電波状況はどうだ?」 「僅かに連結されているが、殆どの機能は使用できない。原因不明」 ぽつりぽつりと呟くその声がいつもと比べてか弱く聞こえたのは、風の音が混じっているせいだけだろうか。 「そっか」 やはり長門に無理はさせられない、俺がなんとか頑張らないと……と思ってはみても俺には特に何もできないんだけどな。 しばらくの間、一定の速度で進んでいたグライダーはやがて緩やかに速度を落として旋回をはじめた。進行方向の雲の上には 小さな町が見えていて、このまま行くと町の傍に着陸するようなコースだ。 「いいわね、私達は凄腕の傭兵よ。そのつもりで強気に振る舞いなさい、特に有希」 ハルヒに指先を突きつけられても、長門は特に反応はなかったがじっと指先を見つめている。 「あなたは無口なのを生かして寡黙な剣豪役ね。前にあたしが使ってたレイピアを使って。いい?沈黙で相手を威圧するのよ。 古泉君は笑顔の殺戮者ね、笑顔の中に狂気を含ませるのを忘れないで」 順番に道具袋から小道具を出しては演技指導を続けている。 どうやら次は俺らしい 「キョンは……」 しばらくの間まじまじと俺を眺めていたが 「荷物持ちね、いつも通りでいいわよ」 俺はいつも荷物持ちなわけじゃないんだが。 不満を言おうと思ったが、押し付けられた手鏡を片手に狂気とやらを表現するのに苦心している古泉を見て何も言わない事にした。 たまには楽をさせてもらおう。 グライダーはさらに高度と速度を落として雲の上を滑り出し、町から死角になる位置で音も無く止まった。 素早く降りた俺達は、ジャンヌさんがそうしていたのを真似て雲の中にグライダーを埋める。 「これで……いいわ。有希、この場所を覚えておいてね」 しばらく雲をじっと見ていた長門が、ハルヒの方を向いてうなずいた。 ハルヒが遠慮の欠片もなく突き飛ばしたせいで、勢いよく開いた酒場の安っぽい扉は壁に当たり大きな音を立てた。 酒場の中に居た筋肉質だったり刺青がしてあったりと、色んな意味で自己主張多彩な人達の視線の中を物怖じせずに 堂々と入っていくハルヒ。いつもならやれやれとため息が出るところだが、今日はいい演技だと褒めてやりたい。 演技ではなく素なんだろうけどな。 ハルヒの後ろを「荷物持ち」である俺と「寡黙な剣豪」長門が続き、最後尾は「笑顔の殺戮者」古泉が続く。 「おい、お嬢ちゃん。ここは白虎親衛隊の縄張りだ、命のある内に帰りな」 脅すというよりも笑い半分で中に居た男が声をかけてくる、それに合わせて回りからからかう様な笑い声が広がった。 まあ、どうみても俺達に威圧感なんてものは感じないよな。 声をかけてきた男を見て 「黙りなさい」 凄みの効いたハルヒの声が場の和やかだった空気を一変させた。 男の顔を睨みつけてから鼻で笑うと、 「私に話しかけたいなら念入りに歯磨きしてからにしてよね、悪臭を撒き散らした罪で訴えてしかも勝つわよ」 「てめー! なめやがっ……て……」 男が立ち上がろうと椅子に手をかけた瞬間、ハルヒの青竜刀が男の首筋に突き付けられていた。 参考までにだが、無骨な造りの青竜刀は男でも片手で軽く扱えるような重量ではなく、当然並みの腕力で寸止めなんて事が できるような物ではない。それをどう見ても筋肉質には見えない小柄なハルヒがやってみせているのだ。 男の顔はついさっきまでの笑顔から怒りになりそこねて今は恐怖が浮かんでいる。 気にするなよ? 相手が悪かったんだ。 男は完全に戦意喪失してしまったのか震えている。 背後では長門が回りを見回しながら冷たい視線を絶賛送信中だった。 無言のままで視線を送るだけなのだが、その表情からは一切の感情が読み取れずハルヒとは別の意味で威圧感を与えている。 結果、俺達に対して視線を合わせる者は一人も居なかった。 「……これで白虎の親衛隊? これじゃあ傭兵を募集し続けてるのもわかるわね」 ハルヒは慣れた手つきで青竜刀をしまいながら、わざと回りに聞こえるように呟いた。 居心地の悪い敵意の中、もしもここに傭兵を募集しているという人が居なかったら逃げるしかないな、とか考え出した頃。 「いい腕だ」 酒場の奥、数人の護衛を連れた男がハルヒを見て手を叩きながらそう言った。 回りで怖気づいている連中とは明らかに雰囲気が違っている。 「あんた誰」 「名乗るほどの者じゃない。だが、俺はあんたが言っていた白虎親衛隊のスカウトだよ、失礼だが名前を聞かせてもらえるかい?」 「涼宮傭兵団、団長涼宮ハルヒ。後ろに居るのは団員よ」 いつもの口上と殆ど変わらないせいか、ハルヒの言葉には妙な説得力があった。 「ほほう……腕も度胸も一人前だ。あんた達、白虎様の所で働いてみないか? 白虎様は実力主義だ、団長さん程の実力があれば すぐに出世できるぜ?」 少し考える様子を見せてから、 「案内して」 あくまで強気でハルヒは言い切った――どうやら作戦は成功らしい。 「お前達、中々の腕だそうだな」 全身を覆う白い体毛、2mを軽く超える体格、虎の頭部を持つその男は豪華な椅子に座ったままこちらを見ている。 朝比奈さんをさらっていった虎男と種族は同じようだが、明らかに違う大物っぽい雰囲気を持っている。 こいつが白虎だな。 「働き次第では副官にも取り立ててやろう。まずはレジスタンスのジャンヌという女を捜して来い!」 「……たかがレジスタンスの女一人にこだわるなんて……その女と何かあったの?振られたとか?」 鎧の王様じゃあるまいしそれはないだろう。 「知りたがりは若死にするぞ」 いつもなら挑戦的な言葉には脊髄反射で手が出るハルヒだが、 「そうね、忘れるわ」 この時ばかりは演技を優先させてくれたようだ。 下っ端らしき男が部屋のドアを開ける音がする、どうやら話はここまでという事らしい。 俺達は大人しく白虎の部屋を出た。 「レジスタンスが場所を見つけられないのも納得ね」 確かにな。 俺達が案内された白虎の城とは、形状は確かに城だが巨大な飛行船だったのだ。 どんな理屈で浮力を得ているのかは謎だが、城は雲を追うように微速ながらも移動しているのがわかる。 現在地である白虎の部屋は城の最上階にあり、狭い通路には大勢の兵士がうろうろしていた。 「これからどうすればいいの?」 上手く白虎の仲間に入れたんだ、まずはここで朝比奈さんの行方を捜そう。 もしかしたらこの城のどこかに居るのかもしれない、 「ねえ」 さっそくハルヒが近くに居た大柄な兵士を呼び止めてみると、 「ん?」 「あ」 お前は! 振り向いたその虎顔には見覚えがあるぞ、こいつは朝比奈さんをさらった奴じゃないか! 「なんだ、あんたレジスタンスじゃなかったのか。悪いな、手柄を横取りしちまったか?」 虎男はちっとも悪びれる様子もなく、気安くハルヒの肩をばんばんと叩いている。 「でもあの娘はシャルルの娘じゃなかったらしいぜ?」 「シャルルって何」 ハルヒの返事に男は意外そうな顔をしている。 「あんた何も知らないんだな、まあ新入りだからそんなもんか」 「白虎様はお忙しいので状況の説明は先輩方に受けるように言われました所です。もしお時間がありましたら現在の状況について 御教授願えないでしょうか?」 無駄に愛想がいい古泉の言葉に気をよくしたらいい。 「お、そうかそうか。じゃあ詳しく話してやろう」 虎男は嬉しそうに事情を話してくれた。 「レジスタンスにシャルルという奴が居てな、そいつは自分の娘にクリスタルの秘密を隠したんだ」 通路に居ると邪魔になるということで手近な部屋に入った俺達は、さっそく虎男から情報を聞き出していた。 「それがジャンヌ、ですね」 「そうだ。それとミレイユってのが居る、そっちはすでに捕まっているがな」 妹さんはやはり白虎に捕まっていたのか。 「クリスタルの秘密って何?」 「それは俺にはわからんよ、シャルルの姉妹が揃えば何かが起きるらしいぞ」 虎男は本当に知らないらしく、まるで古泉みたいに肩をすくめてみせた。 「それで、私達と一緒に居たあの子は今どこにいるの?」 無事なんだろうな? と言いたい所だが今は堪えよう。 「ん? もしかしたらシャルルの隠し子かもしれんとかで一応捕まえてあるぞ。ミレイユと一緒に牢の中に入れてある」 「牢?」 「ああ、7階の奥の牢だ。情報を聞き出すなら白虎様の部屋に鍵があるから借りて行くといい」 虎男は聞かれていない事までべらべらと話続けている。 ハルヒが視線で他に聞くことはないかと聞いてきた。 俺はないぞ、長門も無反応。古泉も僅かにうなずきそのまま 「なるほど、大変参考になりました。ありがとうございます」 営業スマイルで深々と頭を下げた。 「先輩としての勤めだからな」 虎男はさらに気を良くして部屋を出て行き、扉が閉まった所でハルヒ以外の顔から愛想笑いが消えた。 長門は元々無表情だったが。 「罠ですね」 だな。 それも露骨な罠だ。 「え?え?なんで?」 「あれだけ質問した後でこんな言い方は失礼ですが、さっきの虎男さんはどうみても下っ端にしか見えませんでした。そんな 彼にわざわざあんな情報を持たせ、しかも我々が部屋を出た所で待っていた」 白虎は多分俺達がジャンヌの居場所を知ってるって思ってるんだろう。さっきの虎男が全部話してるとしたらありえる事だ。 俺達に朝比奈さんとミレイユさんを救出させて、そのまま泳がせてジャンヌの所に戻ったところを捕まえる……そんな筋書き じゃないか? 「それじゃあ……どうすればいいのよ!他に選択肢ってある?」 そう言われると困るな。 俺達は2人を救出してジャンヌさんの所に行くのは決定事項だ。 しかし、白虎の狙いはまさしくそれだろうし。 「囮作戦はどうでしょうか?」 いい案だと思う、お前が囮役ならなおいい。だけどここは空の上なんだ 「グライダーの操縦は長門しかできないから無理だ」 お前が閉鎖空間の中のように空を飛べるって言うなら話は別だがな。 「じゃあ、やっぱり今から白虎と決戦ってのは?」 朝比奈さんとミレイユさんの安全を確保できればそれでもいいかもしれない、でも今の状況じゃ無理だ。 「あんたはどうしたらいいって思ってるのよ?」 ハルヒが苛立つ気持ちはわかるが、ここは慎重にいかないといけないんだ。 まだ決まらん。……長門、お前は何かいいアイデアはないか?」 まあこいつに提案を期待してはいけないとは思うんだが…… 一人沈黙を守っていた、というか沈黙という言葉を体現していた長門の口からこぼれた言葉は――。 俺と古泉は白虎の部屋に戻ってきていた。 虎男の話通り、部屋の奥には牢屋の鍵らしき物が目立つ場所にかけてある。 ちなみに白虎の部屋には誰も居ない。 怪しい、ますます罠の匂いがする。 念の為、白虎が居た場合の言い訳を色々考えていたんだが全部無駄になったようだな。 俺は鍵を壁から取って、音を立てないように静かに出口で待つ古泉の元へと戻った。 「意外でしたね」 古泉は扉を背にして、廊下の気配を探ってから静かに扉を開ける。さっきまでは兵士の姿がうろうろしていたのに今は廊下に 誰の姿もなかった。 さっきのか? 「まさかあんな作戦を長門さんが立案するとは思いませんでした。あれはどちらかといえば涼宮さん的な発想だと思いましたよ」 長門の作戦とはこうだ。 白虎の思惑通りに行動して、朝比奈さんとミレイユさんを救出。その後、城から脱出する際に 「この城に現存する飛行機を全て、もしくは可能な限り破壊して追撃を防ぐ」 というものだった。 当然この作戦にハルヒは大賛成、俺と古泉が呆然とする中で作戦承認が下された訳だ。 確かにこの作戦が上手く行けば白虎と戦う事も、朝比奈さん達を危険な目に合わせる事も無く脱出できるだろう。 黙ってるけど、結構過激な事を考えてたんだな。 古泉、お前の成果にかかってるぞ。 飛行機を行動不能にする役は古泉が担当する事になったのだ。 「笑顔の殺戮者たる者として、名に恥じぬ働きをお約束しましょう」 言葉はふざけているが、顔つきは真剣だった。 頼んだぜ、超能力者……いや、今はエスパーボーイさんよ。 俺はハルヒと長門が待つ牢屋へ、古泉はグライダーの確保と破壊準備の為に格納庫へと別れた。 静かに鍵を回すと、僅かな金属音を立ててロックは外れた。 元は倉庫か何かだったのだろう。扉の向こうは牢屋と言うにはとても広い部屋で、部屋の奥のほうは薄暗くてよく見えない。 俺達は静かに扉を閉めて部屋の奥へと進んでいく。 「だ……誰ですか」 暗がりの中からか細い声が聞こえる、この声は 朝比奈さん? 足を止めて暗がりに向かって声をかけると、 「え? あ、私はミレイユです……もしかして貴方はみくるさんが言ってたキョン君ですか?」 うわ、また間違えた……。っていうか朝比奈さん、俺を誰かに紹介するときもその名で呼ぶんですね。 相手の声から緊張が消えたのを感じて、俺達は急いで部屋の奥へと向かった。 そこには薄暗い部屋の中、ソファーに座る朝比奈さんとその膝に頭を乗せて眠る朝比奈さんが居たってどっちが朝比奈さん ですか? ジャンヌさんと同じで声だけではなく外見もそっくりさんだったとは……。 3人の朝比奈さんが揃ったら何が起こるんだ? 神が降臨するとかそんな感じか? 「みくるさんは泣きつかれて眠っています。涼宮さんと長門さん、そしてキョン君ですね?」 「ええ、よかった。無事だったのね」 小声ながらも、ハルヒの声が安堵に満ちているのがわかる。 白虎に見つかる前に早く逃げましょう。貴女の事をお姉さんに頼まれてるんです。 古泉がうまくやっていてくれれば、このまま逃げられるはずだ。 「姉さんに! 姉さんはどこに居るんですか?」 ミレイユさんが嬉しそうに聞いてくる、お姉さんの事が心配だったんだろうな。 「アジトよ、詳しい場所はわからないけど、塔の近くにある町のそばに隠したグライダーに座標を記憶してあるの。急ぎましょう!」 ハルヒの言葉を聞いたミレイユさんは、優しく微笑み 「……ありがとう」 そのまま視線を俺達の後ろに向けた。つられて振り向いた俺達が見たものは――ご丁寧に部下を引き連れ、嬉しそうに微笑む 白虎の姿だった。 「白虎! ……ミレイユ、みくるちゃんと一緒に下がってて! こいつは私達がやっつけちゃうから!」 武器を構え、ミレイユさんと朝比奈さんを守るように広がった俺達の後ろから 「ダメですよ? やっつけちゃったら」 朝比奈さんとそっくりの声で、その言葉は聞こえてきた。 驚いた俺達が振り向いたそこには、眠り続ける朝比奈さんを膝に乗せたまま、ナイフ手に待つミレイユさんの笑顔があった。 「ミレイユ……あんた……」 ハルヒは怒るというよりも、見ている物が信じられないといった感じだ。 実際俺もそうだ。 「ごめんなさい、涼宮さん。貴方達が玄武や青龍を倒したのはみくるさんから聞きました。でも、白虎様の方が貴方達よりも 強いと思うの」 そんなセリフをその顔で言わないでください。 「お姉さんはどうするんですか? 君の帰りを待ってますよ?」 もう敬語で話す必要なんてないけれど、その顔を見ているとつい敬語になってしまう。 罪な人ですよ、いろんな意味で。 「姉さんには悪いと思ってるの……でも、負けっぱなしのレジスタンスなんて私もう、まっぴら。私、強い物が好きなの。 ごめんなさいね?」 駄目か……他に説得できそうな事はないか? 「そんな……」 ハルヒの青竜刀が力なく下がっていく。 「これでやっと姉妹が揃う。そこの小娘がシャルルの娘ではないとわかった時は失望したが、お前らを引き寄せるには十分 役にたったな。お前達に改めて聞こう、俺の仲間になる気はないか? 忠誠を誓えば実力に見合った地位をやろう。クリスタルが 手に入れたら、俺はそのまま玄武と青龍の世界を攻める。優秀な駒はいくらあっても足りんのだ」 白虎は余裕たっぷりに俺達を眺めている。 悔しいが完全に俺達の負けだ、人質を取られた上に退路まで断たれてしまったのでは抵抗のしようがない。 「……返答は後で聞くとしよう。こいつらを牢獄にぶちこんでおけ!」 「まさかミレイユが裏切ってるなんてね……」 さっき2人を助けに行った牢とは違い、牢獄とは城の地下に作られた土壁造りの旧時代な部屋だった。 ご丁寧に時代錯誤な鉄格子なんていう物がはめられていて、俺達4人は同じ部屋に閉じ込められていた。 古泉はどうやらうまく隠れているらしく、まだここには連れてこられてはいない。 爪を噛みながらいらいらと真夏の動物園で暑さに苛立つ熊の様に歩き回るハルヒ。 壁にもたれて座る長門、そして 長門、朝比奈さんに怪我はないか? 眠り続ける朝比奈さんは長門の膝の上に居るのだが、長門は俺の顔をじっと見つめたまま何も答えなかった。 どうした長門、お前も調子が悪いのか? しばらく沈黙を守っていた長門は、 「朝比奈みくるはここには居ない」 と言い切った。 ハルヒの動きが止まる。 「え?」 俺とハルヒの視線が眠り続ける朝比奈さんに注がれる、そこには所々破れてしまったコスプレ衣装の上に俺の上着を羽織ったまま 眠り続ける朝比奈さんが居るようにしか見えな……まさか? この人はミレイユさんなのか? 小さくうなずく長門。 じゃあ今、白虎と一緒に居るのは……本物の朝比奈さんって事か! ジャンヌさんが捕まって、朝比奈さんが偽物だって事がばれてしまったら? 「有希、急いでミレイユを起こして! キョンはこっちにきて、この鉄格子を壊すの!」 ハルヒが馬鹿力を発揮して鉄格子に力を篭めるが、金属の格子はその役目を淡々と果たし俺達の脱出を拒んでいる。 俺が一緒になったところでどうなるもんでもないと思うがとにかく時間が無い。 朝比奈さんが何故、ミレイユさんと入れ替わったのかはわからないがなんとかして脱出しないと! 鉄格子に向かう俺の服を長門がそっと握る。思わず振り向いた俺が見たのは、3倍速で再生するかの様な速さで口を動かす 長門の横顔だった。ハルヒの力を篭める掛け声に長門の独り言はかきけされ、数秒で長門は手を離した。 長門。 俺が声をかけると。長門は視線だけを俺に向けて小さくうなずき、眠り続けるミレイユさんを軽く揺さぶり始めた。 「ひ~ら~け~! ああもう? 開きなさいよ!」 その声は通路の奥まで響いているようだ。その声に何故か歓声が混じっている。 ハルヒが、壁と足まで使って必死に鉄格子と格闘する姿を見て牢獄は無意味に盛り上がっていた。 「お嬢ちゃんやめときな。この俺の力でもその鉄格子は曲がらねえんだ」 そう言って諦めた顔で笑っているのは、向かいの牢に入っている筋肉隆々の大男だった。 もし、ここから出られたとして。あんたならどうやって逃げる? 大男は俺の質問を鼻で笑おうとしたようだが、俺の表情が本気だとわかったらしく何か考え始めた。 「看守をなんとかしたとして……1階にあるグライダー置き場まで辿り着ければ逃げられるかもなぁ……」 ありがとよ。 俺はハルヒが握る鉄格子に不自然にならないように少しだけ力を加えた。 「へっ、だから鉄格子が曲がるわけねえだろう? ……って……おい」 やっぱりだ。さっきの長門のあれには意味があったんだ。 俺とハルヒが握る鉄格子は、加えられた力に負けて少しずつ歪んでいく。 「いいわキョン! もっと力を入れて!」 はいよ。 精一杯力を入れている演技をしながら俺は少しずつ鉄格子を曲げていく。 俺が何も言わなくても長門は動いてくれた、あいつもやはり朝比奈さんが心配なんだろうな。 2本目の鉄格子を曲げて、ハルヒが通路に出ると騒ぎを聞きつけた看守が走ってきた所だった。 「お前? どうやって外に出た!」 看守が持っているのは警棒のような鎮圧ようの武器ではなく、殺傷力の高そうな反り返った片刃の剣だった。どうやら取り押さえる という発想はないらしい。 ハルヒ、逃げるぞ! 俺は長門とまだ朦朧としているミレイユさんを連れて牢を出たのだが、ハルヒは応戦する気のようだ。 「先に行ってて! ここは私が引き止めておくから」 引き止めてって……引き止めてどうするんだ? 長門しかグライダーの操縦ができないんだから、お前を置いて行くことはできないんだぞ? 向かってくる看守は3人、しかも通路の奥からはまだまだ増援がきそうな感じだ。 ええい、時間がないというのに! 素手のハルヒは格闘家っぽく身構えている。 走ってきた看守がハルヒの目前に迫った時、急に横から伸びてきた腕が看守の体を掴んで勢いよく鉄格子に引き寄せた。 腕は牢屋の中に引き込まれ、それを阻むようにそびえる鉄格子は看守の体を拒絶し。 「ぐぇ?」 鉄格子に叩きつけられた看守は、あっさりと気絶して崩れ落ちた。 「そこの兄ちゃん」 牢屋の中に居たのはさっきの筋肉隆々の大男だった、大男は看守を指差してにやにやと笑っている。 すまん、助かる! 俺は倒れた看守から鍵束を取って男に投げてやり、ついでに武器も奪いハルヒに渡した。 「なんだか知らんが急ぎのようだな。出してもらった礼だ、ここはまかせな」 大男は他の牢の中に鍵束を投げてやり、自分は看守相手に立ちふさがった。 次々と牢は開いていき、多勢に無勢で看守達はどんどん通路の奥へと追いやられていっている。 「ありがとう。お願いね!」 俺達は急いで1階へと向かった。 「みなさん!ご無事でしたか」 おい、お前こそ大丈夫なのか? 1階に辿り着いた俺達を迎えたのは、廊下に倒れている大勢の白虎の部下。 ――そして血まみれの服を着てのんきな顔で笑う古泉だった。 「ご安心を、少々手荒な事をしてしまいましたが僕は無傷です」 これで少々……か。 白虎の部下のうめき声の中、古泉は笑顔で立っている。 「みなさんを助けに行こうとしていたところでしたがどうやら杞憂に終わったようですね、流石涼宮さんです。奪い取られていた武器と グライダーの確保も終わっています、早くここから脱出しましょう」 本当に笑顔の殺戮者になっちまったな。 グライダー置き場へ走る中、 「ねえ古泉君、白虎とみくるちゃんを見なかった?」 「5分ほど前にグライダーで一緒に出て行きました。おかげで僕一人でここが制圧できた訳なんですが」 お前の武勇伝はどうでもいい、とりあえずその時はまだ朝比奈さんの正体はばれていないって事だな。 それでどっちへ行った? 「この城は絶えず動いていますので正確には……ですが、会話の中で「姉妹と聖なる神殿に行けば……」そんな事を言っていました」 俺達がグライダー置き場に辿り着くとグライダーが3機、そして壁際に俺達の装備が置かれていた。 「では、僕達が乗るグライダーを残して破壊しますね」 いつもの赤い玉を出現させて古泉が微笑む。 まて古泉、作戦は変更になったんだ。グライダーはこのままでいい。 「キョン?」 グライダーが無いとさっきの牢の人達が逃げられなくなるだろ? 「あ!」 あの人達のおかげで逃げられたんだからな。 「詳しい事は後で聞きましょう、急がないと追っ手が来そうです」 確かにそうだ。長門、移動の履歴に「聖なる神殿」って所が残っているグライダーは無いか? 俺達が見守る中、長門が一人グライダーに乗り込みコンソールを触るという作業が続いた。 ここに手がかりがなかったらまずいぞ、城の中で情報集めをしている余裕なんてないんだ。 最後のグライダーのコンソールに触れた長門が、俺の方を向いて小さくうなずく。 「あったのね! みんな急いで乗り込んで!」 ハルヒは団長としての責任感なのか、全員が乗り込むのを確認してからグライダーに飛び乗る。 「いいわ有希、出して!」 グライダーはふらりと浮き上がったかと思うと、異様な程の加速で一気に白虎の城から飛び出していった。 ――そして場面は冒頭の飛行シーンに繋がる。 必死に座席にしがみつく俺達とは対照的に、長門は平然と操縦桿を握っている。ああ、ハルヒも何故か平気な顔で座席にも 座らずに立っている。なんで立ってるのかは不明だ。 今のうちに古泉の回収してくれていた袋の中から盾を取り出して装備しておこう、聖なる神殿についたらすぐに戦闘になる だろうからな。 古泉はといえばハルヒの身振り手振りが6割、効果音が3割、言葉での説明が1割の説明を聞いて。 「なるほど、よくわかりました」 と大げさにうなずいていた。 お前、絶対わからなかっただろ? そんなハルヒの説明をもう一人熱心に聞いていた人が居る。 えっと、貴女は朝比奈さんではなくてミレイユさん……ですよね? 流石に何度と無く間違えたせいで、誰が誰なのか自信が持てなくなってきたな。 「はい」 弱弱しい顔でうなずくその仕草までがそっくりで、どうみても朝比奈さんにしか見えない。 どうして朝比奈さんと貴女は入れ替わる事になったんですか? 「そう、それよそれ。なんでなの? 最初からわかりやすく話して」 「……すみません。全部私のせいなんです……」 グライダーの後部座席、ハルヒと古泉の間に座ったミレイユさんがかすれ声で話し始めた。 「私はレジスタンスのリーダーだった父に従って姉と一緒にレジスタンスに入りました。でも、白虎との戦いで仲間はどんどん やられてしまって、最初は応援してくれていた町の人もどんどん冷たくなってしまいました」 「何それ? むかつくわね……」 ハルヒの眉間に皺がよったのを見て、慌てて両手を振りながら、 「で、でも町の人がそうするのはわかるんです。私も痛いのや怖いのは嫌ですし、家族や友達が大切ですから……。結局、 父と私は白虎に捕まってしまいました。父さんから、姉さんと私にクリスタルの秘密がある事を聞きだした白虎はなんとかして 姉さんを探そうと必死でした」 そして貴女達姉妹にそっくりだったせいで、間違って朝比奈さんが捕まってしまったって事ですか……。 見た目では識別できない程に似ているからな。 「はい。最初、この服を着たみくるさんを見たときは本物の姉さんだと思ってびっくりしました。でも、血液型を調べてみたら 偽者だってわかったんです」 血液型ですか? なんでそんな事を調べたんだろう? 「はい、何か血液がクリスタルの秘密に関係しているらしいんです。よくわからないけど……」 「続けて」 その辺はどうでもいいらしく、ハルヒが先を促した。 「はい。その後、白虎にみくるさんから情報を聞き出すように言われた私は色んな話をしました。海の世界の事とか王様の 話とか、よくわからないけど高校生活って話も教えてもらいました。楽しい仲間が居て、毎日がはらはらどきどきの連続だって。 そんな話を白虎に伝えている内に、凄く羨ましくなったんです。私」 羨ましい? 「はい、私とみくるさんは見た目はそっくりなのに、強い人にびくびくおびえながら顔色を伺っている私と、絶対に仲間が助けに 来てくれるって信じていられるみくるさんを比べたら苦しくって」 まあ、朝比奈さんも無口な宇宙人やコスプレ好きな神様もどきの顔色を伺って生きている気もしますが……。 「逃げ続けて負け続けるだけの人生なんてもう嫌、でも戦うのは怖い……そんな私の愚痴をみくるさんは全部聞いてくれました。 言い終わった後、みくるさんは「辛い時は弱音を言ってもいいんですよ?」って言って優しく頭を撫でてくれたんです。その時、 この人だけは助けなきゃって思って……貴方達を利用するという白虎の作戦をみくるさんに全部話したんです」 という事はつまり、 「じゃあ、みくるちゃんは全部知ってたのね」 「はい、みくるさんから「入れ替わってお姉さんを助けよう?」って言ってくれました。城には私のお父さんが捕まっているから 戦えないし、もしも白虎がクリスタルを手に入れてしまったら私の利用価値はなくなります。そうなれば私に危険が及ぶから 入れ替わろう?って……」 ああもう朝比奈さん!なんでそんなに善人なんですか貴女は? 「そんな事をしたら今度はみくるさんが危険だって言ったんですけど「私の友達は特別だから、きっと大丈夫」って言って ……その後はよく覚えていません。気がついたらこのグライダーの上に居ました」 そういえば、朝比奈さんの特殊能力らしい特殊能力といえば急に眠らせるってのがあったか。 どうやってるのかはわからないが。 急に深刻な顔になってミレイユさんが俺の袖を掴み、 「お願いします、みくるさんを助けてください! 私がまた捕まる事になってもいいですからお願いします!」 言われるまでもありません、この朝比奈みくる原理主義者筆頭たるこの俺の 「安心していいわ!SOS団、団長ハルヒハルヒの名にかけて!みくるちゃんもジャンヌちゃんも貴女もぜ~んぶまとめて 助けてあげるわ!」 高らかに宣言するハルヒの言葉に、俺のセリフは言葉になる前にかき消されたわけだ。 「お願いします」 まあいい、とにかくこれで事情はわかった。後は白虎を倒して朝比奈さんとジャンヌさんを助けるだけだ! 「発見」 いつもより少し大きい声で長門が呟く。 その声を聞きつけたハルヒが操縦席に乗り込み、 「どこ?!」 長門の視線の先を必死で探す。そこにはチェス盤のような正方形の敷地があり白虎の巨体が見えていた。 限界まで飛ばしてくれ! 俺の言葉に長門の細い腕が操縦桿をさらに倒そうと力を入れるが、すでに目いっぱいだったらしく操縦桿からは 壊れそうなみしみしという不吉な音が聞こえてきた。 こ、壊れない程度に頼む。 びりびりと空気が震える音が聞こえる、視界に見えていた小さな神殿はどんどん大きくなり。 「みくるちゃん!」 ついに朝比奈さんとジャンヌさんの姿が見えてきた。2人ともそっくりな服装をしているのでどっちがどっちかわからないが。 白虎が腕を広げて2人に迫っていく。 まずい! まずいぞ? このまま減速して助けに行ったら、また2人を人質に取られるじゃないか。 そうなれば俺達に手はないんじゃないのか? かといってみんなで作戦を立ててる時間も余裕もない。 ……このままグライダーで体当たりってのはどうだろう。 だめだ、2人を巻き込まないように白虎にだけ体当たりなんて曲芸飛行は……まあ長門ならできるんだろうが白虎が 2人を盾にしないとも限らない。 古泉の玉で先制攻撃ってのは? いいかもしれんがこの揺れる機体の上で正確な射撃が出来るのは長門くらいのもんだ。 なんでもかんでも長門頼りか、我ながら甘すぎる考えだよ……ん、長門……まてよ。 俺の手に握られた盾、こいつは何度と無く即死レベルの攻撃を不思議な力で防いで俺の身を守ってくれた。 色んな相手に試してみてわかったのは、こいつは衝撃を一度だけ完全に無効化してくれるって事だ。 長門に貰ったこの盾ならばもしかして……。 完全に大丈夫かどうかはわからないが、今はとにかく時間はない。 長門、俺を白虎と2人の間に落としてくれ! 操縦席に座る長門に俺は詰め寄って、風圧に負けないように叫んだ。 「はあ? キョン、あんた何言ってるのよ!」 後で説明してやるよ、 時間がないんだ、頼む! 俺はこんな状態だというのに、いつもの無表情な長門の顔に少しだけ寂しそうな表情が浮かんだのを見てうろたえた。 なんだ? 俺、何か悪い事言ったのか? グライダーはいよいよ限界速度に達したらしくエンジンが悲鳴を上げている。 不意に訪れる急激な重力。 どうやら急上昇を始めたらしい。 体が機体に押し付けられる感覚が何秒か続き、続いて訪れる浮遊感。そして うおわあああああああああああ!!! ジェットコースターに乗る時は深く座席に座って、しっかりとシートベルトを締めよう。俺との約束だ! 高高度に一気に上昇した機体が今度は急下降をはじめている。 これって垂直に落ちてるんじゃないのか? そう感じる時間はほんの数秒だけだった。 座席に必死に捕まっていた俺の腕に長門が触れ、 へ? あっさりと俺を引き剥がして、長門はそのまま俺の腕を離した。 結果、機体との接点を全て失った俺は、慣性の法則に従い一直線に落下していく。 切り裂くような風の中、視界に白虎と朝比奈さん達が見える。 頼むぞ長門の盾、俺と朝比奈さんとジャンヌさんをしっかり守ってくれよ? 体を丸め両手で長門の盾を突き出して風圧に負けないように必死に支える、これが俺の唯一の命綱だ! 考える間もなく数秒後、俺は神殿の床に激突した。 ――衝突音は驚くほどに小さかった。 予想以上だな……。 異常なほどの加速が一瞬にして0になったというのに衝撃に腕が折れるどころか痛みすらなく、俺の体は転がる事も 平衡感覚が狂う事すらないままその場にしゃがんでいた。 「……き、貴様どこからきた?」 状況がわからず白虎が動揺している。 そりゃあそうだろう。突然、男が空から凄い速度で目の前に降ってきたんだもんな。 「キョン君!」 「キョンさん!」 背後から聞きなれた声が合唱で響く、……多分さん付けで呼んでいる方がジャンヌさんなんだろうな、それにしても 貴女まで俺をその名で呼びますか。 まあいい、せっかく体を張って助けに来たんだ。ここは格好つけさせてもらおう、 朝比奈さん、ジャンヌさんもう安心です。この俺が来たからに「おりゃー!」 呆然と立っていた白虎が頭から真横に吹っ飛ぶ。 俺の視界に一瞬見えたのが幻覚でなければ、白虎にドロップキックを入れた人影はハルヒだったような……。 ごろごろと転がる白虎を横目に着地を決めたのは、 「……痛った~……バカキョン、なんであんたは平気なのよ!」 妙な苦情を言っているのは、やっぱりハルヒだった。 どうやらグライダーは俺が飛び降りたというか落とされた後、着陸せずにまた旋回して今度はハルヒが飛び降りたらしい。 流石に速度がありすぎたせいか、しゃがみこみ足首を押さえて涙目になっている。 バカはお前だ! 何無茶してるんだ? 運が悪かったら足の骨が折れる所だぞ? 「あんたにだけは言われたくないわ」 う、まあ確かに……。 「何よ!飛んでる飛行機から飛び降りるなんて無茶して!助かったからよかったけど一歩間違えばあんた死んでるわよ!」 「えええ?!そんな事したんですか?」 まあ、冷静じゃなかったってのは否定しようもないが……。 ようやく減速を終えたグライダーがハルヒの後ろに止まり、 「姉さん!」 「ミレイユ!」 姉妹の感動の再会となった。 ミレイユさんは迷う事無くジャンヌさんに抱きついていった、俺にはわからない姉妹にだけわかる見分け方でもあるん だろうか? あやまり続けるミレイユさんと、それをなだめるように抱きしめるジャンヌさん。そんな2人を見て朝比奈さんは、 「うう……よかったぁ……よかったです……」 自分の事のように大泣きに泣いていた。 朝比奈さん大丈夫ですか? 酷い事されませんでしたか? 返答によって白虎の命運は決まると言って過言ではない。 「うん、私は大丈夫です。ついさっき私が偽物だって事がばれちゃって危なかったんですけど、キョン君が空から助けに 来てくれたから」 え、あ。いやあ当然ですよ。 無事にこうしてまた笑えたんだから、無茶でもやってよかったって言えるさ。 しゃがんだまま睨みつけるハルヒと、何故かいつもよりほんのり冷たい長門の視線を受けていると。 「貴様等……生きて帰れると思うなよ!」 少し離れた場所でようやく起き上がった白虎が吼えた。 が、ハルヒのドロップキックによるダメージは相当大きいらしく、言葉に力が無い。 決着がまだだったな。 だが、ハルヒは負傷(自分のドロップキックで)しているからまともに戦えるのは古泉だけかもしれない。 この世界では武器屋に行く余裕がなかったしな。 「まさか貴方があんな無茶をするとは驚きでしたよ。だんだん涼宮さんに似てきたんじゃないですか?」 貴方もって、他に誰かいるのか? ……ああ長門か。 怖い事を言うな。それよりハルヒの無茶を止めるのはお前の役割じゃなかったのか? 一応、監視役なんだろ? 「そうしたい所でしたが、貴方が飛び降りた後の涼宮さんは誰にも止められなかったと思いますよ?何せ怒るのではなく、 見間違いでなければ泣きそうな顔で長門さんに詰め寄ってグライダーを操縦させたんですから」 あいつが? 泣きそうな顔? 靴下を脱いで患部を朝比奈さんに見てもらっているハルヒは、いつもの暴君にしか見えないが……。 古泉。 「なんでしょう?ここでボスを倒すというお役目でしたら喜んでお受けしますよ」 ええい、演技はもういい。そろそろ笑顔の殺戮者からいつもの解説好き高校生に戻れ。 やめにしよう。 「と、いいますと?」 意外そうな顔もせずに古泉は聞き返してきた。どうやらこいつも同じ事を考えていたらしいな。 白虎はもうふらふらだ、このまま放置でいいだろ。 俺の言葉に古泉は肩をすくめてみせた、まるで「貴方ならそう言うと思っていましたよ」とでも言いたげな顔だ。 俺達の会話を聞きつけたハルヒが座ったまま抗議してくる。 「何言ってるの! こいつのせいで酷い目にあったんだから、きっちり報いを受けさせてやらなきゃ! ペットの躾けは 悪い事をしたらすぐに怒らなきゃ意味が無いんだからね?」 一応ボスなんだからペット扱いはやめてやれ。それとお前の負傷は自分でやったんだろ、まあその気持ちもわかるけどな。 ハルヒ。白虎の城は古泉が殆どの兵士を倒してたし牢に居た人達は開放した、もう白虎に従う人は殆ど残ってないだろう。 この世界にはレジスタンスの人がいるんだ、ここから先の事はこの世界の人に任せたほうがいいんじゃないか? 玄武や青龍の時は結果的に戦う事になったが、避けられる戦いは避けた方がいいだろう。無意味に敵は作るべきじゃない。 とは言ってもハルヒがそんな理論に応じる事はなく、 「むー……」 不満げな顔で唸っている。 それともお前、この世界の王にでもなりたいのか? 俺の言葉に朝比奈さん、長門、古泉の間に緊張が走るのを感じる。朝比奈さんのは緊張というか脅えだったが。 心配するな、こいつはそんな選択肢は選ばない。 俺の確信とも言えるハルヒの思考判断は、 「それはそれで面白そうだけど……まあいいわ、ジャンヌちゃんとミレイユちゃんはそれでいいの?」 正解だった。 ハルヒに選択権をゆだねられた姉妹は、 「姉さん」 ミレイユさんに小さくうなずいて、ジャンヌさんが決意に満ちた声で話し始めた。 「はい。2人で一緒に頑張ればきっと上手くいくと思うんです」 天使と妖精を足してそのままにしたような容姿の姉妹がよりそってそう言ってるんだ。できない事なんてないだろうさ。 感動的な空気の中、完全に空気扱いされている白虎は 「くそっ……逃がすと思って……く」 まだまともに歩けずにふらふらとしていた。 おいハルヒ。 「何よ」 涙目でうずくまるハルヒの前にしゃがんで背を向けてやる。 「歩けないんだろ? おぶってやるよ」 俺を心配して無茶してくれたらしいからな、まあ貸しは作らない方がいいだろう。 何か言い返してくるかと思っていたが、意外にもハルヒは素直におぶさってきた。 ……あれ? 意外に軽いんだな、こいつ。 古泉の茶化すような視線は無視、朝比奈さんの複雑そうな視線には仲間として助けているだけですよ? と視線で訴えておく。 「痛たた……バカキョン!もっとそっと歩きなさいよ……」 へいへい。 背中から聞こえる苦情に適当に返事をしながら、俺はなるべくゆっくりと歩いてグライダーに乗り込んでいった。 操縦席を入れても6人しか座席の無いグライダーは、俺達にジャンヌさんとミレイユさんを加えて定員オーバーとなり、 仕方なくハルヒは 「しょうがないからあんたの上で我慢してあげるわ」 と、理不尽な人選で俺の膝の上に座っていた。 朝比奈さんの視線が激しく気になるのだがハルヒが邪魔で確認できず、隣に座る古泉のにやけ顔だけは見えているという 罰ゲーム的な状態で、俺は早くグライダーが目的地に着く事を切に願った。 長門操縦のグライダーがゆるりと浮き上がった後、 「有希、ちょっと止めて! 古泉君」 俺の視界に、古泉に何か囁いて邪悪に微笑むハルヒの横顔が見えた。 まさか……お前。 「了解です」 笑顔の殺戮者古泉の手のひらに浮かんだ赤い玉は、神殿の近くにあった白虎のグライダーに向かって飛んでいった。 玉はそのままグライダーを貫通しては向きを変え、何度となくグライダーへと突入していく。 あっという間にグライダーは残骸と化した。 「白虎? 待て! 有希もういいわ、出して」 ハルヒ、もしかして躾のつもりなのか? ペットの放置は飼い主としてどうかと思うぞ。 呆然とする白虎を残して俺達はようやく神殿を後にした。 「今回はお疲れ様でした」 お前もな。 俺と古泉は塔の壁にもたれて休んでいた。 あの後、俺達は白虎の城に寄ってみたのだが、脱獄した囚人達によってすでに白虎の手から開放されていた。その中にいた シャルルさんと姉妹の再会については、朝比奈さんの涙腺が再び決壊したとだけ伝えておこう。 シャルルさんが後で白のクリスタルを町まで届けてくれる事になり、家族の再会を邪魔せぬよう俺達は早々と城を後にした訳だ。 「今回ばかりは疲労を隠す余裕もありません。それなのに冒険の後にまだ買い物に回る元気、流石は涼宮さんですね」 お前のそのセリフは聞き飽きた。 ハルヒは朝比奈さんと長門をつれて武器屋巡りをしている、足の痛みはいったいどこにいったんだ? 「それより、感じませんか?塔を上るにつれて世界が危険になっていると」 それは感じてはいる。 最初の世界はのんきなものだった、3組に別れて行動できたもんな。海の世界は遭難、水難、しかも魚に襲われだった……。 この世界にいたっては地面は雲でしかもいきなり誘拐ときた。 次の世界で何が待っているのかなんて想像したくもない。 あと2つだよな? 残りの世界は。 「長門さんによれば、そのようです」 やれやれ、俺はのんびりした展開が恋しくなっているだけどな。 この先の世界が安全な世界だといいんだがな……。 それは無いだろうということも、心のどこかではわかってるんだけどな。 「一つ、お聞きしてもいいでしょうか?」 説明するのが生きがいにすら見えるお前が質問とは珍しいな。 一つだけな。 いつもの笑顔が消えて、真面目な顔になった古泉は改まって聞いてきた。 「貴女は涼宮さんに、この世界の王になるつもりか?と仰った。あれはとても危険な言葉に思えたのですが」 ……そうか? そうでもないと思うんだがな。 「そうです。自ら王になると宣言すれば、どんな人間でも国を自分の思うがままにしてみたいと思うものです。それが国民の為に なる事か自分の欲望に忠実な内容であるかは別として、ですが。願望を具現化する力がある涼宮さんが王になろうと考えたなら、 それは世界の再構成に直結するとは思いませんか?」 考えすぎだ、そのうち白髪でも出てくるんじゃないか? 思いませんね。 俺の返答を聞いて古泉の顔に笑顔が戻る、いったいなんだっていうんだ。 「ええ、確かに貴方は確信とも言えるほどにそう信じている。その根拠を教えていただけませんか?」 そんなもん簡単だ。 あいつがやりかけのゲームを途中で降りるわけない。ありえない選択肢の先にある構想はありえない事。これでいいか? それにあいつは王様になるよりもむしろ、革命家になりたがるタイプだ。 お前みたいな小難しい言い方は出来ないが、大体の意味は通じるだろ? 古泉は俺の言葉に驚いたような顔をしていたが、やがてくすくすと笑いだしやがった。 ええい、何がおかしい? 「嫉妬してしまいますね」 何がだ。 「貴方が涼宮さんに寄せる信頼の強さがです。僕はまだ、貴方ほど涼宮さんを理解も信頼もできていないようです」 それが普通なんだよ、古泉。 あいつは誰も思いつかないような事をいつまでも繰り返していて、俺達はそれに巻き込まれて「やれやれ」とでも言いながら着いて 行くしかないのさ。 そう考えると、途中でゲームを降りられないってのはむしろ俺達の事なのかもしれないな。 ため息をつく俺をみて微笑みやがる古泉、場所が部室じゃないだけでどこまでもいつも通りの光景だ。 まあ、SOS団が全員揃ってるんだ。 何が起きたってなんとかなるさ、なあハルヒ? ――俺はどこまでも広がる空を見ながらそんな事を考えつつ、つかの間の休憩を楽しむ事にした。 涼宮ハルヒの欲望 Ⅲ ~終わり~ 涼宮ハルヒの欲望 Ⅳへ その他の作品
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4399.html
「没ね」 団長机からひらりと紙がなびき、段ボール箱へと落下する。 「ふええ……」 それを見て、貴重な制服姿の朝比奈さんが嘆きの声を漏らす。 学校で制服を着ているのが珍しく思えるなんて我ながらオカシイと思うが、普通じゃないのはこの空間であって、俺の精神はいたって正常だ。 「みくるちゃん。これじゃダメなの。まるで小学校の卒業文集じゃない。未来の話がテーマなんだから、世界の様相くらいは描写しなきゃね」 ハルヒの言葉に朝比奈さんが思わずびくりと反射するが、ハルヒは構わず、 「流線形のエレクトリックスカイカーが上空をヒュンヒュン飛び交ってるとか、鉄分たっぷりの街並みに未来人とグレイとタコとイカが入り混じってるとか。そーいうのがどんな感じで成り立っているのかをドラマチックに想像するの。将来の夢なんかどうでもいいのよ。それにドジを直したいだなんてあたしが許可しないわ。よってそれも却下」 グレイは未来の人間だって説もあるんだから、下手するとその未来は単に魚介類が陸上歩行生物に進化しただけの世界になるかも知れんぞ。まあ、どうでもいっか。 ハルヒは朝比奈さんに対し一通りダメ出しを終えると、ふてぶてしく頬杖をついてピッと朝比奈さんの指定席であるパイプ椅子を指さし、そこに戻ってもう一度やり直しという指令を無言で示した。 「うう」 朝比奈さんがカクンとうなじを垂れる。 それはハルヒの電波な未来観にへこまされているわけじゃあなく、いや実はそれもあるかも知れないが、今はもっと別の理由が考えられる。それはリテイクの厳しさを三倍程度にしちまう理由だ。 指示を受けてずるずると定位置へと引き返す朝比奈さんの後姿を見送りながら、ハルヒは団長机をパシンと叩き鳴らし、 「ちょっとみんな! 今回はノルマも少ないし、ページ数だってやたらになくてもじゅうぶんなの! 気張りなさい!」 俺はやや不機嫌なトーンを呈したハルヒの叱咤を半身に受けながら、パソコンを挟んで対面している古泉へと鋭利にこしらえた視線をありったけ突き刺し、それを受けた古泉は苦笑しながら、予想外でしたという陳謝を俺にアイコンタクトにて返信する。 しかし、これまた困ったことになっちまった。 ハルヒの腕章に黒マジックでしたためられた文字が今は何を表しているのかもう分かっている頃だと思うが、現在の涼宮ハルヒの役職は編集長である。 それはまさに肩に書かれているだけで、自称以外の何者でもないのは既に周知の事実であろう。 とゆうか、打ち上げ花火のような事件のときに作ったその布切れをよっくぞまあ今まで保管しといたもんだ。俺としてはそれが再び陽の目をみることなく、そのまま日に焼けない様に永久保存されといて欲しかったね。今からでも遅くないぞ。ついでにSOS団の皆が抱えてるトラウマも一緒に凍結しといてくれ。 「……それも良いかもね」 カチリ、何か良からぬものを踏んじまった音がした。 幻聴であって欲しいと俺の耳は切に願ったが、 「そうだわっ! SOS団の偉業を未来人に知らしめるために、あたしたちの功績を遺産として残すのよ! 今回の詩集だってもちろん入れなきゃね!」 俺の目は、今にも花びらが炸裂しそうなハルヒスマイルを映していた。 「何にだよ」 わかっちゃいるがな。一応。 「タイムカプセルに決まってるじゃない!」 ハルヒは色めきたって、やけに懐かしいワードを口に出した。 まあ正直なところ、俺もその計画自体に物言いをつけようとは思わん。が、それにはこれから書かされるであろう詩集は入れないぜ。 「なんでよ?」 「なんでだろうな」 そんなもん決まってる。他動詞的に作られたポエムがまともな形を成すとは思えんからだ。 それに前回の機関誌ならハルヒの論文が未来人にも有用だそうだからまだいいものの、今度の詩集ばっかりは後世の人間が見たところで「こいつぁクレイジーなヤロウだ!」とかいった驚嘆句しか出てこないだろう。未来に欧米かぶれがいるかは知ったこっちゃないが、無駄な驚きで寿命を無為に減らすのは気の毒である。なので、出来上がった詩集は俺が墓場まで持っていこうと思う。 「…………」 ――何だか長門の無言が聞こえた気がした。気のせいか? 「ってゆーか、そんなことを話してる場合じゃないでしょうが!」 ハルヒが不機嫌を取り戻す。それもやるけど、と続けて、 「みくるちゃんは受験生だし、あたしたちもボヤボヤしてらんないでしょ。学校があわただしくなる前に今年分の会誌は急いで仕上げないと困るの! これにつまずいてる様じゃ、これから先の団の活動に支障がでちゃうじゃないっ!」 一見まともなことを言っているようだが、よくよく考えればSOS団本位でしかない主張を団長もとい編集長はがなりたてている。 ――と、ここで一度、現在の俺たちの状況を整理しておこう。 場所はもちろんSOS団本部兼文芸部室である。 時の頃をおおまかに言うと、朝比奈さんが受験生なので俺たちは高校二年生ということになり、もう少しばかり掘り下げると一学期の初頭で、その時期に俺たちは二回目の機関誌の製作に取り掛かっているってわけだ。 我らが北校の学校方針から考えるにそれだけでも十分全員が忙しい身の上であることは想像するに難くなければ、朝比奈さんにとっては未来に帰りでもしない限り、この世界で生きていく上で至極当然にリテイクを重ねられている暇などない。 更に悩みの種となっているのが、今回の機関誌の企画である。 詩集だって? 冗談じゃないぜ。 そんなら前回の小説の方が幾分マシだったねと言えるもんだ。 それに古泉、こないだまで俺たちゃあ結構奔走してただろうが。イベントのスパンが短か過ぎる。 俺の視線に込められたそんな訴えを古泉は受信し、窮したように顔を苦ませる。なにか含む所がありそうだ。 ついでに俺たちがどんな奔走をしていたかと言えば、俺の旧友である佐々木との再会、そしてSOS団とは別種の異能、異性質な輩たちとのいざこざや、長門の病気だ。 長門が学校を病欠したとき、一時は天蓋領域とやらの侵攻を受けたのかと心配したのだが、本人いわく只の風邪だったらしい。そうは言っても、長門がウイルスですらも無い下等な雑菌に敗北を喫すること自体異常事態であるのに違いないのだが。 しかし何も知らないハルヒからしてみればそれは正常な状態異常でしかなく、俺たちにも懸念を抱く以上のは出来そうになかったので、長門には一般的な病人に対する普通レベルの介抱を行うことにした。 皆の心配を一身に受ける長門は、 「何か食べたいもんでもあるか?」 「お寿司」 などといった要求はしなかったが、心なしか、守られる側に立った状況を存分に味わっているようだった。 そしてハルヒは泊まり込みで看病するとガヤいだのだが(俺もそれには賛成だったが)長門の強い希望により、俺たちは日付が変わる前には渋々と部屋を出ることとなった。 そして何故か帰宅の途につけという要求は朝比奈さんに対して特に強かったようで、 「特に朝比奈みくる。あなたは早く帰って」 という言葉も賜った。 ……流石にショックだったせいか、次の日の朝比奈さんの挙動はかなり変だった気がする。 しかしまあ、既に出揃っている特殊な奴らは倍になったというのに、一向に異世界人は姿を見せんもんだ。 とは、俺が異種SOS団との諍い時に漏らしてしまった、会いたいという願望とは違った意味の言葉だ。 そのときの俺の言葉に対し、古泉は「もしかしたら、既に異世界人は僕たちと邂逅を果たしているのかも知れません」ときた。どういうことかと尋ねれば、 「異世界人は、異世界に存在することによってその定義を満たします。しかし、例えば未来人は時間を操作することよって、宇宙人は未知の知識によって、そして僕などは超能力の行使によって己の存在をより明確なものにしますが、異世界人はただ異世界から訪れたというだけで、僕たちにとって普通の人間以上の存在には成り得ない可能性があります」 もっとも、それが一般的な人類ならばの話ですがね。と続けて、 「なので、むしろ既にこちらの世界には別の世界へと渡る能力を持った者が存在し、そしてその者は、僕らの関知し得ない世界でSOS団に尽力しているのかも知れません。今の僕たちが存在するのも、その人物が異世界で頑張ってくれているからなのかも知れないのです」 つまり異世界人は異世界で頑張っているということなんだそうな。 どっちにしろ推察の域を出ない話だし、仮に現実だとしてもそれは認識の外だ。 まあ、もしそれが本当なら、一度は会ってみても良いかも知れん。 何だかんだいって、俺はハルヒが作ったSOS団とこの生活を気に入ってるんだからな。 そして異世界人が俺たちと同様同等の苦労をしているであろうことは身を持って分かることなんだし、俺が感謝の意を唱えてその苦労をねぎらっても悪くはあるまいて。 っと、話が脱線気味になっちまった。その軌道修正も兼ねて、少し時間を遡って今回の事の起こりから辿っていってみることにするか。 それでは回想列車、レッツゴー。 ……… …… … 放課後の文芸部室。佐々木たちとハルヒ以下俺たちとの一件も多少の落ち着きを見せ、俺たちSOS団全員が比較的普段通りの活動に従事していたときだった。 コンコン。 「失礼する」 扉をノックする音が聞こえたと思いきや、返答を待たずにすらりと長身な眼鏡の男とそれに伴う女性、つまり腹づもりの黒い生徒会長と喜緑さんが部室へと進入してきた。 「なにしに来たのよ。なんか文句でもあんの? 勝負事なら喜んで受け取るけどね」 生徒会からSOS団に対する文句などは重々にあるだろうし、勝負を受諾されても困る。 「ふん」 会長は入り口に立ったまま、 「君に対する苦言なら山のように持ち合わせているが、生憎そのようなものを言い渡しにこんな辺境までやって来る程私は暇ではないのだ。今日こちらへ足を運んだのは他でもない。一つ気になることがあるものでな」 「なによ。言ってみなさい」 ハルヒの方が偉そうなのは毎度のことだ。 「どうやら文芸部には新入部員が居ないようだが、その分で今年度の文芸活動は一体どうするつもりなのかね?」 「は?」 とは、俺の口をついて出た言葉だ。 ……以前にも、生徒会から文芸部的な活動を求められたことはあった。 それは文芸部およびSOS団潰しのある意味で真っ当な思惑によるものだったのだが、しかしてその実態は裏で古泉が根回しをしていたことによって発生したイベントで、しかも既に事の収まりを見ているはずだ。 それに文芸部部長の長門だって、新年度のクラブ紹介で分かる人が聞けば見事なのであろう論文を発表しているんだし、文芸活動はそれでオールクリアーにしときゃあ通るだろう。いいじゃん、それで。 しかもこれから進路の話やらで忙しくなるっちゅうのに、また機関誌でも発行しろとの一言が発せられるものであれば、ものの見事に層の薄いSOS団はペシャンコになっちまうぜ。本当に俺たちを潰す気か? 会長は。 そう思って俺は古泉に目配せしたが、何故だか古泉もハンサム顔に微小な驚きの色を浮かばせていた。 これは成り行きを見守っていくしかないなと思い、俺はそれ以上言葉を作らなかった。 「もちろん会誌を製作するわよ」 ハルヒは元から俺たちを潰す予定だったらしい。 「いや、それはもう良い。今回文芸部には、来年度用の我が学校のパンフを製作して貰おうかと思っている。潤沢に割り当てられた部費が、不明な団体の意味不明な活動で消費され尽くしてしまってはかなわんからな。それにこの時期は私も色々と忙しい。それもあって、例年は生徒会執行部が製作している学校案内書を君らに一任してみようとなったわけだ」 なるほど。来年用のパンフなら時間だって十分あるし、写真を切り貼りして文章をとってつければいいようなもんだから、苦になるほどじゃないだろうな。それで部費の分配に対する大義名分が得られるのなら、こっちの精神衛生面的にも好都合だ。まともに頑張っている他の部活動員に対し、多少は後ろめたさを感じることがなくなって良い。 「そんなのあんたたちでやってなさいよ。あたしたちもヒマじゃないの。もう会誌の内容も決めてあるんだから」 どうしてもハルヒは俺たちを潰したいらしい。 「まあ……キミたちが自主的に活動を行うと言うのなら、こちらはそれでも構わん。しかしそれが口からでまかせであった場合、私にも存在しないはずの団を抹消するための手間が生じてしまうのを覚えておくといい。そうだな、一度企画書を作成して明示して貰おうか。今から生徒会室まで来たまえ」 「ヒマじゃないって言ってんの! 無駄な心配してる余裕があるんだったら、あんたがここに書類持ってきなさいよ!」 どう考えても生徒会長の方が多忙を極めているはずであろうが、俺は別に会長の擁護をするわけもなく。 「何を言っているんだ君は。私は文芸部部長を呼んでいるのだ。部外者は口を挟まないでくれたまえ」 と……珍しく喜緑さんが長門に合図し、長門は生徒会長についていく。 「ちょっと、待ちなさいってばっ!」 二つのハリケーンが合流を果たしたかのような勢力で、会長の後姿をハルヒが追う。 おかげで残された俺たちと部室はいやに静かだ。 しかしまあ会長。企画書なんぞ出さなくたって、あの団長殿が言い切ったことが実行に移されるのは確実なんだがな。悲しいくらい否が応にも。 「おや、どうしたのですか? 何か他に用事でも?」 ん? 何故かまだ部室には喜緑さんが残っている。 前回の佐々木団との一悶着の際、病床に伏していた長門の代わりに我らSOS団の宇宙人ポストに入って奮闘してくれたので多少の親睦はあるが、 「すみません。実は、お話しておきたいことがあるんです」 身の上話でもするのだろうか? 喜緑さんが部室に取り残された朝比奈さん、古泉、俺に対して言い放つ。 「まずは長門さんの能力が弱体化している件についてなんですが、それは彼女と思念体との接続が弱まってきているためだと考えられます」 ――長門が自分でも制限をかけちゃいるが。 「ほう。しかし何故、長門さんと思念体との接続状況が芳しくないのですか?」 こういう説明を受けている時なんかの古泉の返答は助かるな。 喜緑さんは続けて、 「はい。実は、わたしたちのようなインターフェイスには上の方から一つ禁令が下されているのですが、その禁令に長門さんが少しずつ触れてきているがゆえに、思念体から敬遠されているみたいなんです」 どんな禁令を……ん? そういえば以前に長門から聞いた記憶がある。 「確か、死にたくなっちゃいけないってやつでしたっけ」 そのまま俺は疑問も口に出す。 「長門がですか? 俺にはそんな風には……むしろ、生き生きしてきたように感じますが」 そうだ。長門の鉱石の様だった瞳にも、だんだんと血が巡り出してきたかのような、柔らかさと温かみが度々見受けられるようになってきていた。春休みの映画撮影(予告編のみ)の最中なんか、長門的には最高にハッチャケていたような様だったぜ。死にたいなんて、そりゃ相反してる。 「死にたい、ですか。それはまたどういうお話なのでしょうか?」 確か、アポだかネクロだか、自殺因子って単語もあったかな。 「ふむ……PCD、のように聞き受けられますね」 「古泉。いったい何だ? それは」 「例えば生物の進化の過程において、あらかじめ死が決定された細胞のことです。オタマジャクシの尻尾が、カエルへと変態する際に失われるといったような。その例のようにPCDはむしろポジティブな細胞の消失ですし、これが行われなければ僕たちにも手指などのパーツが形作られません。これをアポトーシスと言います。このように細胞の自殺が計画的に行われる、それがプログラム細胞死なのです。他にもネクローシスという、」 よし解らん。次へ行ってくれたまえ。 喜緑さんが古泉の言葉を受けてコクリと頷き、 「わたしたちインターフェイスは人類と同じ物質で構成されています。我々が死ぬような事態は殆どないのですが、有機的な活動を行う過程によって死の概念が組み上げられてしまうといったことなどが憂慮されます。思念体は元より死の概念を持ち合わせていないので、わたしたちによって情報構成に自殺因子が紛れ込む可能性をひどく嫌っているんです。恐らく、良い変化は期待されませんので」 ニコリと笑って、 「ゆえに、わたしたちは死を思うことを禁じられています」 うん。長門の話もたしかそんな感じだった。 「なるほど。情報統合思念体は群体のような性質を持っていると思うのですが、多細胞生物に見られるPCDにも一応の懸念を発起させている訳ですね」 「そんなところです」 喜緑さんは続けて、 「あと、先日の長門さんの不調は病気などではありません。おそらく、上の方と何かトラブルがあったのだと思います」 まあ、原因が周防九曜じゃないならそんなところだろう。俺は得心したように頷いて、 「して、そう思う理由は?」 と質問した。喜緑さんは微笑を消し、 「……あの日以降、長門さんと思念体との接続が異常なほど軽薄なものとなっているからです。なので、今の長門さんには殆ど力の行使が認められていません。皆さん、どうか長門さんをよろしくお願いします」 無論だね。むしろ注文を受ける前から走り出してる程に気をつけてるさ。 「ありがとうございました、喜緑さん」 俺の言葉を最後に、喜緑さんはぺこりと退室の礼を尽くし部屋を退出した。 そして閉められた扉は程なくしてドバン!と破裂音を上げ、 「おっまたせー! 勢いで計画進めてたら、こんななっちゃった! まぁ、善は急げ!美味しいものははやく食え! ってことでいいわよね! 明日の団活からさっそく原稿の執筆に取りかかるから、みんな楽しみにしてなさい!」 そう声高々と宣言するハルヒの後には長門の姿があり、ハルヒが右手で俺たちへと提示する紙には、 『企画内容:詩集。上稿予定:今週中』 というデススペルだけが書きなぐられていた。 俺には、最早それが死神との契約書にしか見えていなかった。 そんなこんなでやっと次の日になったかと思やぁハルヒは、休み時間が来るたびに何やらハサミで紙をショッキリショッキリいわせていた。 一体お前は何やってんだと聞けば、 「ひみつ! 放課後まで待ってなさいっ!」 と、ニカリとした笑みを作りながら溌剌と意気の良い返事をするばかりだった。 恐らくハルヒは俺の妹のようにハサミを装備することで破壊衝動を満たす化身へと変貌しているわけでなく、なんらかの創作活動に勤しんでいるのだろうから、折角だし作品の完成まで楽しみにしておくか、と俺は自分の席にいるときも心して後のハルヒへ目をやらずにいた。 そうなると俺はこれといってやることもないので、隣の窓越しに広がる過剰に陽気の良い春模様の空を見やり、その余った陽射しを我が身に受けて体内に貯蓄し、無駄に消えゆくエネルギーを減らそうといった仕事に献身していた。 ああ、春ってのはなんでこんなにも素晴らしいのだろうね。爛漫。 そして放課後、文芸部室にて。 朝比奈さんは俺たちにお茶を配膳する業務を終え、既に部室の風景と化していた。長門は最初から風景だった。 部室なら長門に何事もなかろうと、俺はいまだ姿を見せぬハルヒを待つ事もなしに古泉とヘブンオアヘルという創作トランプゲームに興じていた。 どんなゲームかと言えば、最初から片方がジョーカーとエースを手に持ち、相手をかどわかしながら選ばせるといったもので、つまり二人で行うババ抜きの最終決戦だけを抽出しただけである。これは経験によって無駄を省かれた。 しかし、単純なゲームをいかに楽しく行うかというテーマに沿って繰り広げられる熾烈な心理戦も、単純作業の繰り返しには飽きが来るという人間の心理の前には立つこと敵わず、また古泉も俺に敵わず(逆にやり込められている感がないとも言いがたいが)いつの間にか俺たちのやっていることはカードを弄びながらの雑談へと変わっていた。 「しっかしハルヒの奴、何でまた詩なんかに興味を惹かれたんだろうな。俺たちが詩なんか嗜んだ所で、痛い目と身悶えするような駄文を見るだけだろうに」 古泉はカードを四隅の一点だけで倒立させようと試みながら、 「そうでしょうか。感性多感な時分の僕たちの心模様を紙へと投影してみることは、未来の自分がそれを見た際に、その時代の感傷を想起さし得る貴重な宝物になるのではないかと」 「どうだか。次の朝にでも目が覚めたら、貴重な資源をゴミに変えてしまったってのに気がつくだろうぜ。その後に色んな意味で後悔するだけさ」 実体験ですか?という古泉からの質問に対し、俺は見聞きした深夜のラブレター作成理論の応用だと答えておいた。 「それはさておき、今回涼宮さんが機関誌の内容に詩集という形を取ったのも、受験生の朝比奈さんや僕たちへのちょっとした配慮なのかも知れませんね。詩なら、文量が少なくて済みますから」 「それこそ問題だ。少ない文字で成り立たせにゃならんから、構想に余計時間がかかる。それにどんな詩を書くのかも考えにゃならんから、よほど手間だ」 ズバン! 「待たせたわねっ! みんなは一秒が千秋に感じる程に待ちわびていたことだと思うわ! 今回も時間がないから、みんなの詩のテーマはコレで決めちゃいましょうっ!」 心臓を打ち抜くような音を鳴らしてハルヒが扉を押し開いてきた。 驚きの眼を配る朝比奈さんとハルヒの途方もない思い違いに呆気に取られている俺に、ハルヒは何やら励んでいた創作活動の賜物と思われる物体を、左手で作ったOKサインのOを示す指に挟んで見せびらかしていた。 「サイコロ、ですか?」 多分古泉の質問はその通りの答えだろう。 俺にも、それは三角形の紙を八枚セロハンテープで繋ぎ合わせて作られたフローライトナチュラル八面体に見える。 「そっ。特にキョンなんか書き始めるまでにも時間かかりそうだから、今回も内容はアトランダムに決めるわっ! キョン。雑用でしかないあんたのために労を負った団長様に感謝しなさいよね!」 先程の俺の言葉を見れば感謝すべきであろうが、アトランダムの偶然性に対し不満があったので「すまんな」という謝辞にて言葉を終了した。 ハルヒはフッフンと得意げに天井へと高々にサイコロを掲げ、 「それぞれの面にお題が書いてあるから、これをホイコロリンッって投げて出たヤツを詩の内容にすること! 異議があるなら言いながら投げるといいわよ。そして忘れちゃいなさいっ!」 俺には言い捨てる言葉もないが、 「しかしまた何でサイコロなんだ? わざわざ紙を切ってゴミを増やさずとも(そして作らずとも)、前みたいにくじ引きかアミダで決めりゃ良かったじゃないか」 という小さな疑問を投げかけた。 それを聞いたハルヒはチッチッっと右手の人差し指をメトロノームにしながら、 「それじゃバラエティに貧するってものよ! SOS団たるもの、些事の決め方にも広く手をのばしていかなきゃ! そして、ゆくゆくは世界の森羅万象を掴み取るのよっ!」 グッと決めポーズ。ハルヒは今日も絶好調なようである。ま、絶不調でなくて何よりだろうね。世界の平和的に。 だが、恐らくこのネタは外部から、というかテレビから受信して閃いただけだろう。 と、俺は手元に落とされた八面体ダイスを見ながらそう推察してみた。 何故かと言えば、サイコロのやっつの面に書かれているワードはそれぞれ 『私の詩』『未来予想図』『恋の詩』『本音の詩』 『元気が出る詩』『褒められた詩』『失敗した詩』 とあり、後半のテーマが若干日本語として妙なのはハルヒに国語力がないからではなく、お昼の某テレビ番組で転がされているサイコロに書かれた『~話』をそのまま詩という言葉に変換したせいだと思われるからだ。 「じゃっ、順番は団への貢献度が多い人からね! 序列は大事よ! 大きな組織の中では特にねっ!」 じゃ俺からでいいだろ。 「なんでよ? はいっ! 最初は副団長からっ」 SOS団は小規模だから、と説く前に、ハルヒはひょいと俺の手からサイコロをつまみ取り、流れるような動きでそれを古泉副団長へと手渡した。 古泉は卵をのせるような手の平の中でそれを弄び、 「さて、なにがでるかな?」 合唱しようと思ったが、古泉が出す目は大体の予想が立つし、多分予想通りである。 スマイル仮面の古泉のテーマは多くて二択であり、およそ『私』か『本音』だと、 「……おやっ?」 俺と古泉が思わず言葉を漏らす。 「褒められた詩、ですか。僕が以前に書いたポエムの傑作を載せるということでしょうか?」 書いてる姿も含めてそれも見てみたい。が……何だ? 確率論が復活したのか? 本来ならおかしくはないはずなのに俺が妙に思っていると、 「ちがうちがうっ。褒められたときの気持ちやらをポエムにするのよ」 俺にとって古泉のそれは不愉快なポエムになるなと思っていたら、ハルヒは続けざまに、 「でも、振り直しっ。それは国木田が書くから」 国木田? 「そうよ。名誉顧問と準団員には既に振ってもらって、『元気』『褒め』『失敗』は決まってるから」 ハルヒはくるリとメンバーを見回し、 「みんなもカブっちゃったらもう一回! 同じことやっても良いものは生まれないし、SOS団はバラエティに富んでないといけないって言ったでしょ!」 それよりも近い過去に序列がどうのと言ってた気がするが、それは覚えていないらしい。 「って、じゃあ俺はサイコロの振りようもないだろうが。全員が振った後じゃ、必然的に残りの一つに決まっちまうだろ?」 「いいじゃん。特に変わらないわ」 実際問題どうでもよかったし、例え同じサイコロを八つ同時に八人が投げたところで結果は変わらないであろうから、俺はそこで閉口した。 そして古泉は『本音』を出し、次いで長門が『私』、朝比奈さんが『未来予想図』、ここで俺は再度口を開いて抗議の旨を団長、いや編集長へと必死に訴えたが、ハルヒはガイウス・ユリウス・カエサルがルビゴン川を渡った際に言い放ったのと同じ言葉で俺の訴状をねじ伏せた。 ――そしてまた次の日の放課後。現在に至る。 目の前のハルヒが何故こんなにも不機嫌なのかと言えば、 「ちょっとみんな! あの三人はすぐ詩を完成させて持って来たってのに、何でみんなはちーっとも筆が進んでないのよ!」 ハルヒが代わりに言ってくれた。その理由を申せと仰るのであれば、説明するまでもなく「そりゃそうだ」の一言に尽きる。 鶴屋さんは『元気』、国木田は『褒められた』、谷口は『失敗』の詩を書いており、言葉そのままでも違和感のない程にそれぞれピッタリはまった題目だ。 一夜で詩が書けた理由としては、各自それのネタなんていくらでもあるだろうし、万能である鶴屋さんの才の一つに詩的才能が含まれている予測は疑いようもなく、国木田と谷口なんかは適当に済ませたのだろう。 重ねて俺たちときたら、古泉と朝比奈さんのテーマはまるで名探偵にズバリズバリとトリックを言い当てられて言葉を失った犯人のようにアワワとしか言いようがなくなってしまうようなものであるし、『私』の長門なんか前回の小説で自分のことであろう作品を書いているので、俺と共に前回とお題がモロかぶりである。 言うまでもないとは思うが、俺は『恋』のネタである。 もう、そんなもん俺の在庫には最初っからないんだし、長らく入荷待ちの札が掛かってるだけだっつーのに。 それらの理由により、俺はもう一度ハルヒに儚い希望を提訴してみた。 「ハルヒ。じゃあ皆のテーマを変えてくれないか? 俺だって恋なんてもんは幼い頃、従姉妹に一方的に苦い思いをしただけだし、それ以来そういった甘そうなのは味わったためしがないんだ。だから俺の中にあるそんなネタは、前回の小説が最後っ屁でもうグウの音も出ん。終了だ」 却下。という二文字の一言が虚しく飛んでくると思っていたが、 「そうなのですか? むしろ味を感じないのは、あなたにとってそれが空気みたいな物だからなのでは?」 予想に反し、助け舟を渡してやった筈なのにそれを撃沈させるかのような言葉が古泉から飛んできた。 「うん? どういう意味だそれは」 特売アイドルみたいなスタイルのお前と違って、俺にはそんなに身の回りに溢れているもんじゃないんだよ。それにそんなことを言われるとな古泉。俺だって……泣くんだぞ。 「いえいえ、そうではないですよ」 若干苦味を持たせたスマイルで、 「あなたにとって必要不可欠であるにも関わらず、身近に存在しすぎてあなたが気付いていないだけ。ということです」 ほう。そいつは嬉しいじゃないか。つまり、俺に想いを寄せているがそれを伝えられずにいるうら若き乙女の視線が、恋の矢の如く俺の後頭部に突き刺さっているのが古泉には見えるってわけだな。 何だか涙が別の理由で出てきそうだと思っていると、 「古泉くん。それどういうこと? 団長に報告もなしに男女交際をしている輩がいるっていう告発?」 そう古泉に話しかけながらも、ハルヒの視線はまるっきり俺の方へと向いている。 そんな目をされても俺はなにも知らん。 「そうではありません」 今日が、古泉にとって初めてハルヒにノーと言えた記念日となった。 「僕はただ、恋とは意識して感じ取れるものではなく、無意識の内に自分が恋に落ちていたという事実を自らが認識した際に知り得るものだ、という考えを述べたまでですので、他意はありません。ご安心を」 「ああ、なるほどね。それはあたしと似たような捉え方だから良くわかるわ」 うん? お前、恋愛は精神疾患だとか言ってなかったか? 「もちろん。風邪と同じでかかりたいと思ったときにはかからないし、忘れてる頃にはいつの間にやら患っているものってことよ。まさに病気じゃない。あたしは抗体持ってるから絶対かかんないけどね」 蝶がヒラヒラと舞い寄ってくるような古泉の思想が、ハルヒの例えによって一気に消毒液臭くなった。 俺は飛び去った蝶の採集を試みるように、 「じゃあハルヒ。抗体持ってるってんなら、以前に恋患いの経験があるんだな?」 「あるわよ」 「へっ?」 っと、俺がハルヒから思わぬクロスカウンターを喰らって目を丸くしていると、 「はしかやオタフク風邪と一緒よ。ちっちゃい頃に感染しとくべきなの。それは」 ……やれやれ。まったく、現実的なものにはどこまでも夢のない奴だな。非現実に見せる積極性をピコグラム単位でも振り分けてみたらどうかと提案するね。それだけでも、お前には男共がわんさと群がってくることだろうぜ。黙ってりゃあもっと良い。 「ド馬鹿キョン! つまんない奴らがいくら集まっても、あたしの欲求は埋めらんないのっ!」 壊れたミニカーのようにキーキー言っていたハルヒは、俺に近づいてきて急に止まったかと思えば、俺の心臓あたりをスイッチを押すようにしつつ不敵な笑みを浮かべ、 「だからね! あたしが集めて作ったSOS団は、みーんな粒ぞろいの精鋭なのっ! 全員一緒なら意図せずとも世界は盛り上がっちゃうって寸法よ! わかるわねっ!」 「……ああ、よく分かってるさ。もちろんだ」 ――そうだとも。佐々木の閉鎖空間をめちゃくちゃにしたあいつらなんかとは、SOS団は全く存在を異にする。 俺たちだってそれぞれ形は違っちゃいるが、いつの間にかそれはパズルのようにガッチリ組みあがって、今では全員で一つのものになっていたんだ。前回の事件で、俺たちはそれを身にしみて感じる事が出来たのさ。 ――そして、その中心にいるのは……ハルヒ。いつだってお前なんだ。 「なにアホヅラかましてんの! そんな暇あったらとっとと書きなさい! ちなみにテーマ変えはなしっ!」 それは変えて欲しかったが、俺はもうハルヒに抗弁をたれるまでには至らなかった。 ハルヒは憤怒しているように見えたが……その表情はまさに、楽しくて堪らないともの語っていたからな。 しかしいつまで経っても団員の誰一人としてポエムを完成させることはなく、修練の結果は翌日に現れるといったハルヒ理論により、詩の作成は宿題という形で団員に背負わされ、俺たちは普段よりも重い足取りながら、いつもの並びで帰路についていた。 「もしかしたら涼宮さんは、己の能力と僕たちの正体に気付いているかも知れません」 何の脈絡もなしに世界が終焉を迎えそうなことを言い放っているのは、もちろん古泉である。 「そりゃまた、えらく段階を踏まない話だな。なぜそう思う?」 ハルヒと朝比奈さんが先頭、次いでハードカバーを読みふけりながら歩く長門、そして最後尾の俺と古泉。 古泉は部室からずっと手に持っていた物を俺に見せるように掲げ、 「……これですよ」 「って、ハルヒが作った只のサイコロじゃないか」 テーマ決めの際に使用された八面体の紙製サイコロだった。 ちなみに、このサイコロ君は生まれて間もなく存在意義を失ってしまった可哀相な奴である。 というより、また使われるようなことがあっては堪らんので、俺としてはいち早く鉄のゆりかごの中で眠って頂き未来人に起こされる日を待って頂きたい次第である。……そういえば、タイムカプセルって自分たちで掘り起こすもんだったよな? 「その話はまた別の機会にしましょう」 古泉の提案を拒む理由は皆目なかったので、俺は話を聞く態勢に入った。 「何故、今回のテーマを涼宮さんがこのような物で抽選したと思います?」 「そりゃあおそらく、学食でテレビでも見ててネタを頂戴したんだろ」 ふむ、っと古泉は視線のみを数瞬だけ横に流して、 「たとえば、涼宮さん自身がクジの偶然性に疑問を持っていたとします。そして無意識の内に、確率を確認するのにはこの上なく最適であるサイコロという手段を取ったのであれば……涼宮さんは表層の意識に限りなく近い所で、己の能力の存在について勘付いているという可能性が示唆されます」 それを聞いた俺は「へえ、」と一呼吸おいて、 「考えすぎじゃないか? あと、お前たちの正体に気が付いてるという予測は何処から立つんだ?」 ほのかに微笑んだ古泉は手に持っていたサイコロを俺に渡し、俺がそれをつぶさに眺めていると、 「これに書かれているテーマですよ。偶然にしては……余りに、僕らが有する要素に対して的を射すぎている。なので涼宮さんは僕たちの正体を心の何処かで知っていて、これによって確証を得たいのかも知れません。これも多分、無意識の内の行動でしょうがね」 はん。年がら年中どこまでも特殊な存在と一緒に過ごしてたら、だれだって少しはそう思うだろうぜ。 「それも深読みし過ぎだろう。サイコロのネタだって、提供元はシャミセンの親類が経営する洗剤会社に違いない」 この言葉に古泉はいつものスマイルを取り戻し、 「そうですね。それに僕たちが一発で各自のテーマを当てなかった理由は、むしろ涼宮さんは自分にそんな能力があるということを否定したいからなのでしょうし、ひょっとしたら、単純に涼宮さんの力が弱まっているだけなのかもしれませんしね」 ん? ちょっと待て。一つだけ合点がいかない。 「……俺のテーマが『恋』になった理由は何だ?」 「それは本当は朝比奈さんが未来人であるように、あなたも本当は恋を」 「なあ古泉。だいたい生徒会長は何でまたこんな時期に文芸活動を要求してきたんだ? まあ当初の要求は文芸部的なんてのじゃてんでなかったが。機関が関係してるのか?」 「それなんですが」 と古泉はスマイルのレベルを最小にまで下げ、 「これは僕らの手回しによるものではありません。会長なりに考えてみた結果なのかも知れませんが、若干、あの人に生徒会長の仮面が定着し過ぎている感が否めませんね。いえ、もしかしたら、喜緑さんの手によるものだったというのも考えられます」 「ほう。まあそれなら重要だったよな。長門に何かがあったのは分かってたのに、俺たちはその何かまでは知らなかったわけだし」 古泉はフフフと不気味に笑い、 「それなんですが、僕にはおおよその見当が付いています」 一体それはなん、まで俺が言葉を出したときだった。 ゴスンッ! ――今の音は長門の頭から出たのか電柱から出たのか、一体どっちだ!? ……なんて、不毛な論議に変換している場合じゃない。 「ちょっと有希っ! あたま大丈夫!?」 ハルヒは長門がアッパラパーになっていないか心配しているのではなく、本を読みながら電信柱に頭部を強打した長門を案じながら、怪我の有無を確認している。 そして古泉と俺は長門が電柱にケンカを吹っかけた光景を目撃して目を丸くし、朝比奈さんはわたわたと長門に気遣いの言葉を途切れとぎれでかけていた。 「心配しなくていい、平気」 いやゴッツンコした所が小高い山を作って、まだ春だってのに紅葉を迎えてるぞ? 「大丈夫か?」 駆け寄る俺に、 「ありがとう。……みんなも」 たんこぶを抑えるのをガマンしている様に見える長門が答えた。 「でも、珍しいわね。有希が物にぶつかるだなんて。そういえば……見た覚えがないわ。いつも本読みながら歩いてるってのに」 「別のことでも考えてて、そっちに気がいってたんじゃないか? 詩とかポエムとか……ポエムを」 「そ、そうなのかな……」 俺のギャグにハルヒは悩ましい顔を作ってしまったので、 「すまん冗談だ。多分、まだ調子が戻ってなくてフラついたんだろ。長門も読書は中断してハルヒたちと歩くといい」 「…………」 沈黙する長門をハルヒと朝比奈さんに任せ、俺は古泉の話の続きを聞くために後列へと戻った。 「長門さんに怪我はありませんでしたか?」 「ん、おでこがプックリだが心配なさそうだ」 「そうでしたか」 そう話す古泉は、どこか嬉しそうな面持ちである。 「なにか良いことあったか」 ムッとした俺が硬質な感触のする言葉を作ると、 「……むしろ現在、機関はある懸念を抱えて悶然としています。ですが、確かに最近の長門さんの変化については喜ばしいことのように思いますね」 「弱っている長門が良いってのか?」 それでは語弊がありますね、と古泉は微笑をたたえ、 「近頃、というか先程の長門さんもそうなのですが……とても人間味を感じませんか? TFEI端末として弱体化してきているというのは、ちょっとずつ長門さんが人間に近づいていきるという側面があると思うのです。それはあなたにとって嬉しいことでしょう? もちろん、僕にとってもね」 俺を目で落としてどうするんだと言わんばかりの温和な視線で、古泉はふわりと柔和な笑顔を作った。 「……そうかもな。俺にとって、そりゃもちろん嬉しいことだ。それに俺たちだけじゃない。ハルヒに、朝比奈さんに、そして何より……長門自身にとってな」 そう。長門にむける心配は、そろそろ見方を変えなけりゃならんのかもしれん。 力を失っていく宇宙人に対するそれから、細腕で柔弱な少女への気配りへと。 「ところで、お前が抱えてる懸念ってのは一体なんなんだ? 俺以外に話せる奴なんていないだろうし、話してみるだけでも多少違うんじゃないか?」 俺の言葉に古泉はどんな表情を出して良いのか解らないといった顔つきになり、 「……そうですね。話しておいた方が良いかも知れません。あなたには」 「なんだ?」 俺の目を見て、 「程ない以前、閉鎖空間と《神人》が久しぶりに乱発された時期がありましたよね?」 「ああ、佐々木とハルヒが出会った日以降だったっけ。お前でも疲労の色が隠せてなかったよな」 「それなんですが、閉鎖空間の発生は二週間ほど前……特定すれば土曜日にまるっきり沈静化しました」 土曜日? ――ああ、俺が佐々木たちと会合した前日か。だが、 「良かったじゃないか。この言葉以外に何がある?」 古泉は全然良くないことを話すような顔で、 「それが、不可解な点がいくつかあるのですよ」 「一体どこにあると言うんだ?」 「まず、何故に突然閉鎖空間の発生が沈黙したのか。機関の諜報部をもってしても原因が判明しません。そして他に……これは閉鎖空間内で《神人》の討伐を担う役割の僕や仲間たちしか感じないのですが……」 古泉は前方で談笑しているハルヒを一瞥し、 「閉鎖空間は世界中の何処にも発生していないにも関わらず、僕たちにはそれが存在しているという確信が、沈静化した直後から心の隅の方で、こうしている今でもくすぶり続けているのです。……それによって一つの推測が立つのですが、これは多分、あなたは聞きたくもない話です」 「聞きたくないかは俺が判断する。さわりだけ言ってくれ」 古泉は眼に真剣をやつし、神妙な雰囲気でこう言った。 「――涼宮さんが、まさに神と呼ぶに相応しくなったのではないか? という内容です」 「そうか。そりゃ全くもって聞くだけ無意味な話だな」 ハルヒが神だって? あいつはいつだって奇想天外な行動を起こしちゃいるが、根っこの方は特に変わりのない普通の女の子じゃないか。お前だって良く知ってるはずだろ。そんなの、考えるだけバカらしいってもんだ。 「ええ、全くです。仮にこの推論が当たっていたとしても、何が起こるのか皆目見当が付かない故に対処の方法も思い浮かびません。なので案じたところでどうにもなりませんし、ただの杞憂であればなお良いだけです。すみません、あなたはこの話を忘れて下さい。それに僕も――」 古泉は、長門の後ろ姿を温もりさえ感じる視線で見つめながら、 「……いかなる憂いすら、今の彼女を見ていると消し飛んでしまいますよ」 そうだな。俺たちが憂うべきものは、今のところ帰ってからどうやったらポエムを書かないで済むか考えることだけだろうぜ。 「……まあ、そうですね」 古泉はまた思案顔を作り、悩ましげに顎を支えていた。これはこいつの癖になっちまったのかね? 「無駄な心配はしないに限るぞ。時間と神経を無為に減らすだけだ」 いつもより元気はないが、それでも十分爽やかなスマイルで、 「……そうすることにしましょう。まあ、詩は頑張って執筆してみますがね」 「ああ。やっぱり俺もお前にならって机の前で頑張ってみるかね。思えば、書かないで済むかなんて思案することだって無駄なんだしな」 「ふふ。お互い頑張りましょう」 そうやって、その日俺たちはそれぞれ自分の家へと足を辿り着かせた。 ……さて、無から有を創造するある意味で神的な作業に入るとするか。 ――俺はこのとき、この平穏は当分の間続くものだと信じていた。 SOS団は今までにない程まとまっていたし、ハルヒと長門が落ち着いてきているのは良い変化だと疑わなかったからだ。 だが、それは違った。それらの吉兆は、裏を返せば……最悪な事態が引き起こされる前兆でもあったんだ――。 第一章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1298.html
長門ふたり 第六章 ハルヒ、古泉に恋す。 とある日曜日。僕は長門さんのマンションに呼び出された。何の用事かは 知らされていない。今朝、起きるといきなり長門さんから携帯に電話が入り、 「来て」 とただ一言告げただけで切れた。かけてきたのが長門さんAなのかBなのかは 電話では知りようが無いが、とにかく、呼び出されたからには行くしかないだろう。 マンションの入口で長門さんの部屋のルームナンバーを押し、オートロックの 鍵を解除してもらってからマンションに入る。エレベーターで上り、 部屋のドアをノックして入れてもらう。部屋の唯一の調度であるこたつの右に 長門さんAが左にBが座り、真中に僕が座った。 長門さんAが切り出す。 「あなたの言う通り、わたしたちは彼を共有した」 「助かっています」 「しかし、この状態は問題がある」 「と言いますと?」 「彼の注意のほとんどが涼宮ハルヒに向いている」 はあ、それはそうだろうな。壁でおとなしく本を読んでいる地味目の 美少女と、放っておいたら世界を破壊しかねない派手目の美少女の どっちが気になるか、といえば後者だろうし。 「お気持は解りますが、こればっかりはなんとも」 「わたしたちもそう思っていたが間違いと気づいた」 「どう間違っているのですか?」 「彼の注意を涼宮ハルヒからそらす方法がみつかった」 「それはそれは。彼の脳を改変しますか」 「それはあまり好ましくない」 「では、どうされるのですか?」 「彼の注意が涼宮ハルヒに集中しているのは 涼宮ハルヒが彼に固執していることの裏返し」 確かに。ヒューマノイドインターフェイスも有機生命体の心理について 研究がかなり進んだんだな。 「涼宮ハルヒの注意を他に向ける」 「なるほど、それは考えませんでした。それならば...」 「涼宮ハルヒの注意があなたに向くように脳の改変を行った」 「今、なんと言われましたか?」 「通俗的な言語で言うと『古泉一樹が好きで好きでたまらない』状態に誘導した」 「ちょっと待ってください、そんなことを勝手に...」 僕はつい最近、長門さんがダブル改変した世界での僕と涼宮さんの 関係を思い出した。みんなが見ているところで弁当を食べさせあう仲。 放課後に毎日、あんなことやこんなことを繰り返す仲。 「あなたが心配しているようなことは何も起きない。大丈夫」 「しかし...」 「これは、朝比奈みくる流に言えば『既定事項』。拒否するなら 彼を共有すると言うあなたの提案も拒否する」 僕は彼の二重化を思い出した。それはそれでひどく困る。 「これで話は終わり。帰って」 僕はマンションを追い出されてしまった。 涼宮さんの様な美少女と「深い仲」になるのはほんとうは 満更でもないことなのかも知れないが、こと、相手が涼宮さんとなると ちょっと大変すぎる。毎日、弁当を食べさせあわないといけないのだろうか? みんなが見ている前で。頭がいたい。 次の日、うわべではいつもと同じ作り笑いを浮かべながら、その実、 緊張しながら文芸部室のドアを開けた僕の目に飛び込んで来たのは、 僕の姿が目に入った途端、にやりと笑うと僕の方にとんでやってくる 我等が団長さまの姿だった。 「古泉くん、次のみくるちゃんの衣装、何がいい?」 いまだかつて、僕は意見など求められたことなど一度もない。 いつも何か意見を求められているように見えないでもないかも知れないが、 実際には同意しか期待されてないのだから、あれは違う。 それにしても、顔近付けすぎですよ、涼宮さん。 「考えといて。あと、ホームページのメンテは今日から古泉くんに やってもらうことにしたから。そうそう、忘れるとこだったけど、 副団長は今日からキョンにやってもらうことにしたわ。 悪いけど古泉くんは格下げね」 何か話がおかしい。涼宮さんは『僕が好きで好きでたまらなく』なったんじゃ なかったのか?じゃあ、なぜ、僕に次々とつまらない用事をいいつけるのだろう? 僕に恋しているようには全く見えないが....。 「古泉くん、早速だけど、今日、有希の部屋で鍋パーティをすることに決まったから このリストにある食材を買って有希のマンションに持ってきてくれる? あ、代金は立て替えておいてね」 渡されたリストはA4サイズの紙一枚分あり、その全てを買い揃えて 長門さんのマンションに持っていくのは半端ではない大変な作業だった。 にも関わらず、長門さんのマンションに青息吐息でやっとたどりつた僕に 涼宮さんは一言 「古泉くん、遅い!」 と言い放っただけだった。 次の日から涼宮さんの挙動はすっかり様変りした。まず、朝比奈さんをいじめるのを わざわざ僕がいるときを選んでやるようになった。僕が止めにはいると本当に うれしそうに僕にくってかかった。彼はと言えば 「いいアイディアだと思うぞ、ハルヒ」 とか 「全くそのとおりだな、ハルヒ」 などとお気楽に、先週まで僕が口走っていたセリフそのままに口走っている。 そう言いながらにやりと僕の方をみて笑う彼をみるとむかっ腹がたった。 それでやっと、なぜ彼がしょっちゅう僕の方を見て苦虫を噛みつぶしたような 渋い顔をしていたのか解るようになった。本当、これって頭に来るな。 「古泉くん、あれやって」 「古泉くん、これやって」 と涼宮さんはなんでもかんでも僕に言いつけて僕をこき使うようになった。 僕はとうとうへとへとに疲れ果てて、どう頑張ってもいつもの作り笑いすら できなくなり、彼がよくしていたように文芸部室の机につっぷして 居眠りをするようになった。 おかしい。絶対に変だ。涼宮さんは『僕のことが好きで好きでたまらなくなった』 んじゃないのか?だったら、なんで僕にこんなにつらくあたるんだ。 彼はと言うとすっかり時間を持て余し、長門さんの目論見通り、 彼女の隣に座ったりするようになった。よく解らないが、 無駄話などとも交わすようになったようだ。 涼宮さんの脳の改変は何かが間違って失敗したようだけれど、 彼ともっと交流したいと言う長門さんの希望は見事に 適っていた。 長門さんが涼宮さんの脳を改変してから二度の目の金曜日が来る頃には 僕は歩けない程へとへとに疲れきっていた。 涼宮さんの僕に対する要求は留まるところを知らず、エスカレートする ばかりだった。もう限界だ。その日、涼宮さんが 「古泉くん、ちょっとあれと....」 と言いかけたとき、僕はとうとうこう言わなくてはいけなくなった。 「すみません、涼宮さん。僕はへとへとです。今日は勘弁してくれますか?」 その時の涼宮さんの顔ったらなかった。よもや、僕が断るとは 夢にも思っていなかったようで、 横っ面を思いっきりはたかれたようなポカンとした顔をした。 次の瞬間にはこれ以上の不快は無い、という不機嫌な顔になり 「あ、そう。じゃあ今日は帰っていいわ」 と言った。僕は早々に文芸部室を引き上げた。 今日こそはゆっくり休まねば。死んでしまう。 そのとき、僕の携帯がコールされた。携帯を取り出して読んだ僕の目に 飛び込んで来たのはこんなメイルだった。 「最近、まれにみる巨大な閉鎖空間が発生。急速に増大している。 至急、出動されたし」 .....もう、死にたい。 その日の閉鎖空間はいつになくやっかいで、倒しても倒しても 神人が出現し、僕等は全力で戦わなくてはならなかった。 やっと閉鎖空間が消滅し家に辿り着いたときには夜中の2時を回っていた。 あと一人神人が出現していたら、間違いなく、僕の心臓は悲鳴をあげて 停止していただろう。家にたどりついた僕は着替える元気すらなく そのままベッドに倒れこんだ。あとのことは全く覚えていない。 翌日の土曜日、僕は長門さんのマンションに向かって歩いていた。 僕は涼宮さんが誰かを「好きで好きでたまらなく」なったらその相手に どういう態度をとるか、という点で根本的なあやまちを犯していた。 ダブル改変世界で僕とバカップルを演じてみせた涼宮さんは本来の 彼女ではないのだ。あれは僕をつなぎ止めるために長門さんが つくり出したフィクションだ。 誰かが「好きで好きでたまらなく」なった場合に涼宮さんが することはあんなことじゃない。 考えても見ろ。涼宮さんは、あの5月の日、世界を消滅させかけたあの日に、 たった一人、彼だけを選んで連れていったのだ。 本人が自覚的にどう思おうと、彼女くらいの年格好の女性が 世界でたったひとりだけ男性を選んだら、それが何を意味するかは 聞くだけ野暮だろう。でも、涼宮さんは彼にどんな仕打を していただろうか?まさに、今、僕が涼宮さんにされているのと同じことをそっくり そのまま彼にしていたではないか。長門さんは目論見通りに涼宮さんの脳を 改変したのだ。僕がとんでない勘違いをしていただけのことだ。 長門さんのマンションに着くと僕は彼女達にお願いした。 「すみません、元に戻してください。もう体が持ちません」 長門さん達はお互いに顔を見合わせると言った。 「それは残念。涼宮ハルヒから開放された彼は、私達と 頻繁にコミュニケーションをするようになった。彼も 幸せ、私達も幸せ、涼宮ハルヒも幸せ。完全な解決策と 思っていた」 「あなたは、涼宮ハルヒの脳を改変すると告げたとき、 強く反対しなかった」 「いや、それは長門さん達が問題ないと言われたので...」 「私達は、『あなたが心配しているようなことは何も起きない』と言っただけ」 確かに。僕が心配したようなことは起きなかった。心配しなかったことが 起きてしまったわけだが。 「そのとおりです。ですが、予想外の事が起きて、対応に苦慮しています。 長門さん達はこうなると知っておられたのですが」 「知っていた」 「しかし、彼は問題なく耐えていたので、有機生命体の男性は常に 女性の理不尽な要求に耐える能力を備えていると判断した。 間違っていたのか?」 いや、間違ってませんよ。ただそれには重要な条件があります。 きっとあなたたちには理解できないような、ね。 「とにかく、限界です。あと一週間この状態が続いた場合、 僕は自分の精神を正常に維持する自信がありません。 お願いですからもとに戻してください」 「とても残念な結論」 「彼も涼宮ハルヒもそう思っていると思う」 「お願いします」 僕はそう頭を下げてマンションを後にした。 長門さん達は僕の願いを聞き入れてくれるだろうか? もし、聞き入れてくれなかった場合には..。自分でも自分が 何するかちょっと自信が持てない...。 週明けの月曜日、涼宮さんはまるで手の平を返したように、こう宣言した。 「やっぱり、副団長はキョンじゃ役不足よね。古泉くんに副団長を やってもらうことにするわ。キョンは格下げね。じゃあ、さっそくだけどキョン...」 こうして彼の平穏な日々は2週間足らずで終息し、彼はまた 希代の変人涼宮ハルヒによる無限地獄に叩き落とされ、僕はと言えば 傍観者の立場に戻った。この境遇に何ヶ月も耐えていたとは驚嘆に値する。 早晩、長門さんのストレスが限界に達して、またなんらかの行動を起こすのは 間違いないだろうけれど、とりあえず、しばらくは大丈夫だろう。 長門さん、有機生命体の男性が女性の理不尽な要求に耐える能力を 備えているための条件を教えてあげましょうか? それはね、男性が女性にこれ以上無いくらい惚れ込んでいる場合なのですよ。 勿論、彼は自分がこの条件を見たしていることを強く否定するでしょうけどね ....。 第七章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/254.html
暖かいまどろみの中 聞き慣れない目覚ましの音が鳴り響く キョン「ん・・・う、うるせ・・・」 ジリリリリリリ キョン「・・・・ん?クソ・・・この」 毎朝の習慣。右手を軽く伸ばす。しかし、いつもあるはずの場所に目覚まし時計がない キョン 「な、なんだ?・・・」 軽く目を開ける。目覚まし時計は、枕元の見慣れない小棚の上にあった カチッ キョン「んー?・・・・・・ぁ?」 違和感。おかしい。あきらかに。ベッドがデカいし・・・部屋も見慣れない・・・枕も2つある キョン「ここどこだ・・・」 少なくとも俺の部屋ではないことはわかる。いや、俺はいま起きるまでは何をしてたんだっけか いや、いま起きたんだから寝たんだよな・・・どこで?たしかに俺の部屋で寝たよな・・・キャトルミューティレーション? ガチャ キョン「・・・!」 ハルヒ「あ、起きた?キョン」 キョン「・・・誰ですかあなたは・・・」 いや、みりゃわかる。ハルヒだ。どう見てもハルヒ。・・・しかし、ハルヒではない。 ハルヒは・・・こんなに胸もないし・・・エプロンなんて・・・ キョン「おわわわ・・・近づくな」 ハルヒ「?」 俺の知ってるハルヒの目だ。ちょっと吊り目がちな目で見つめてくる・・・て、おい、こいつはハルヒだぞ。 ちょっとドキドキしてしまう キョン「なにを俺は」 ハルヒ「なーにぶつぶつ言ってんのよ。仕事遅れるでしょーが」 キョン「ほあ?」 ハルヒ「ほあ?じゃないでしょ。さっさと朝ごはん食べて会社行きなさい!」 か・・・かいしゃ?・・・学校じゃねーのか・・・てか、・・・これは ハルヒ「・・・・・・」 キョン「な・・・んだよ」 ハルヒ「・・・・・んー」 んんーーーーーーーーーー??これは!これはあああ!見たことあるぞ!漫画で!ドラマで!映画で!そう!キスのおねだりだ!! キョン「お、おい・・・!おまえな・・・悪ふざけも大概に」 ハルヒ「あ!パン焦げちゃう!」 ドタドタドタ ハルヒ似の人妻は、ハルヒそっくりな騒音を立てながら階段を降りていった いや、わかった。あれは、ハルヒ似でも人妻でもない。いや・・・現実を見ようか・・・あれはたしかに『人妻』のハルヒだ 暑苦しい部室だ・・・もうこれが高校時代最後の夏か・・・ キョン「・・・ふー」 古泉「キョンさん。いままで僕たちは防戦一方でした」 キョン「なんだいきなり。俺は疲れてるんだ・・・そっとしておいて・・・許可なく隣に座るな」 古泉「ははは、キョンさんの隣は涼宮さん専用でしたね失敬」 キョン「もうなにもいわん」 古泉「そうですか、助かります。では、本題に入ります」 思えば三年間。こいつはずっとこうゆう話の展開の仕方だったな 古泉「話は簡単です。キョンさんに涼宮さんの『願望』の中に入ってもらうんです」 キョン「・・・大丈夫。驚かない。」 古泉「もう、慣れたものですね。ははは」 キョン「まず、言おう。俺をハルヒの願望の中。つまり宇宙人や未来人、超能力者。いや、それだけじゃないだろ。恐竜や怪獣。スーパーヒーローにスーパーロボット はたまた・・・・とにかく、そんな中に俺をぶちこんで」 古泉「ええ・・・・それなんですがね。どうやら、最近の涼宮さんの願望に大きな変化があるようなのです」 キョン「変化・・・それ3年前も言ってただろ・・・悪い風に変化してるって」 古泉「違うみたいなんですよ、それが。涼宮さんを変えた決定的なのが」 キョン「おまえがなんでそれを知っている」 古泉「やだなぁ。僕はまだなにも言ってませんよ」 俺とハルヒが去年の冬に・・・あの日からハルヒが俺にあまり突っかかってこなくなった 古泉「で、ですね。その変化を見に行ってもらいたいんです。あ、キョンさんは、いつもどおり夜に自室で寝てるだけでいいんです 私たちが飛ばしますから」 キョン「超能力も便利になったものだな」 古泉「ははは。ええ、我々も進化してますからね」 キョン「進化じゃなくて、進歩といえ。おまえに進化されるとなんか怖い」 古泉「ははは」 ハルヒ「はい、それじゃ鞄持ったわね」 キョン「ん、ああ」 ハルヒの作った朝食は、ごく一般的とはいえ、俺には十分満足できるものだった 鞄を持ち、玄関まで行く。ハルヒは・・・マンションより一軒家がいいのか・・・それに結構大きめだな。ハルヒらしといえばハルヒらしいか 俺は心の中で笑ってしまう ハルヒ「はい、お弁当」 キョン「おう、あんがとな」 靴を履き終え、玄関のドアに手をかける ハルヒ「・・・・・」 例といえば例のごとくだが・・・ キョン「・・・・・・」 ハルヒが軽く俺のスーツを掴む キョン「・・・・・・ん」 ハルヒ「・・・ん・・あ」 長いキスだ。こんな長いキスを毎朝すんのか ハルヒ「・・・・ん・・・ん」 いや、まあ・・・決して悪い気分では・・・ キョン「・・・・んあ・・・・ん」 俺はやっぱハルヒが好きなのか ハルヒ「はい!終わりね!いつまでキスしてんの!」 キョン「う・・・」 いきなり口を離され、なんだか不憫な気持ちになってしまう ハルヒ「本当にキョンはスケベな 結婚したら少しは落ち着くかと思ったんだけどね」 キョン「あ・・・あのなぁ」 俺は玄関のドアを開け、外に足を出す ここどこなんだろうなぁ・・・ 玄関の外も見慣れない景色だ キョン「じゃ、行って来る」 ハルヒ「さっさと行きなさい!」 いってらっしゃいませご主人様とか言え・・・いや、普通はないか キョン「・・・ふー、これがハルヒの『願望』なのか」 しばらく歩くと後ろからタタタタと足音が聞こえる キョン「あ・・・弁当」 キスして忘れたよ・・・ ハルヒが弁当片手に駆けてくる 右手の人差し指を下まぶたにつけて 舌を出して・・・ベーっとしながら ハルヒ「キョン!あんたってほんとーにあたしがいなきゃダメね!アハハハ」 それは本当に楽しそうなハルヒの笑顔。無垢な子供のような、それでいて女性の優しさが溢れている この笑顔を俺は・・・叶えたい。いや、叶えられる・・・俺は、そう確信を持ったんだ 暑い・・・寝苦しい・・・ ジリリリリリリリリリリリジリリリリリリリリリリリ キョン「・・・あ・・つい・・・う、うるせ」 カチッ 俺はいつもどおりの部屋で、いつもどおりの位置の目覚ましを止めた キョン「・・・今日から夏休みだ」 プルルルルルルルルルル ピッ キョン「んあ」 ハルヒ「キョン!おきてるー!?SOS団発進よ!すぐに学校に来るように!以上」 おわり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/538.html
身体中の脂肪が自然発火して人体蝋燭化現象が起きそうな太陽を受けつつ俺は緩やかに急勾配を登っている 俺とはもちろんキョン(本名不明)の事であり何故登っているかと言うとそれはもちろん学校へ行く為だ 多量の汗を吸収し最早不快感しか与えない制服を上だけでも思いっきり脱ぎ捨てたい所だが、生憎他にも生徒が居る中でそんな事をする度胸は無い 大体何故こんなにも暑い。地球温暖化の影響ですかコノヤロー 「よお、キョン………」 今の俺には肩に置かれた手にすら殺意を覚えるな 谷口、その手を離せ。触られるだけで俺の体温が上がる 俺はチャック魔神のお前とは違って股間から熱を放出する事ができないんだ 「大変そうだねぇ?キョン」 くそっ、国木田、何故お前は汗一つかかないんだ。笑顔キャラは殆どが完璧な設定か 「まぁ、聞いてくれたまえキョン。」 知るか。俺にはお前のナンパが失敗した話など外国で誰かが転んだという報告よりどうでもいい それよりはその身体中を汗に塗れた姿を俺の眼中から消せ 谷口による『海に出会いを求めに来る奴は大抵モテない』説を聞きたくも無いのに聞いている途中で校舎へ着く事が出来た BGMが有ると多少は疲れが軽減できるのかもな。今度調べて見よう それはそうと谷口、その節はピッタリお前に当てはまるんじゃないのか? 所変わって一年五組 人は目標物だけを視界に入れることは出来ず少なくとも周囲の景色は多少なりとも入る訳で つまり自分の席に行くためには前後の席も目に入る訳だ 俺の後ろの席の奴は頬杖をして窓の外を睨んでいる それで微笑み、少なくとも無表情でも浮かべていれば絵画と見紛うほどの美しさがあるが、いかんせんその顔は眉間に皺を寄せるほど不機嫌オーラを振りまいている そう、その後ろの席の奴こそ我等が『世界を大いに盛り上げる為の涼宮ハルヒの団』通称SOS団団長にして涼宮ハルヒ 不機嫌な理由は暑さゆえだろう。時折鬱陶しそうに顔につく髪をはらっている 俺としてはポニーテール萌えなんだがな 「あたしも扇いでよ」 俺が下敷きで扇ぎだした途端それか。もうちょっと人に物を頼む態度ってもんを考えて貰いたいもんだな 「断る。今は人に尽くしてやるほどのエネルギーも惜しいんでな」 「ふん」 また不機嫌そうに頬杖をつき、時折髪を払っている 担任の岡部が入ってきた所で下敷き団扇はしばし中断を余儀なくされる 大体この暑いのに何もするなってのは拷問だよな こうして見ているだけでも暑苦しい岡部による暑さに負けるなという意味の主張は5分の刻に渡った 眼を覚ませば夕方だった 服が汗を吸って濡れている まぁ、あれだ。暑さで体力を殺がれている所に世界史だぞ?眠くならない訳が無いよな? 「…………」 誰に対するか分からない言い訳を打ち切って下校の準備をする 「やっと起きたのね」 思わずゾっとしたね 感情を憎悪だけ含めたような声だ。しかも偉く不機嫌な 声だけで人を殺せそうな者はコイツの他有るまい 涼宮ハルヒ 我等が(以下略)は俺の目の前で腕組みをしながら俺を見下ろしてる 感情で人を殺せたら俺は既に死んでいるだろうな。そんな感じだ 「SOS団の活動にも来ないと思ったらのんきに寝てるとはね……」 静かに言いはなつ うん、怒られるよりはるかに怖いな、コレは 「………同じクラスなんだから起こせばよかったじゃないくぅあ!?」 無言で脛に蹴りを入れられた お前、それは反則だろう 「………!」 抗議の声を上げようとした所を、思わず飲み込んだ だってそうだろ?普通怒っているだろう状況で今にも泣き出しそうな表情をされていたら呆気にとられるよな? まぁ、そんな一瞬の躊躇が不味かったのかハルヒは既に走り去っていた 抗議の為上げようとしていた手が虚しく宙を掴んでいる 「ヤレヤレ……貴方にも困った物ですねぇ」 教壇からいつもの如くニヤケ面を携えた古泉が現れる ―――――――いつから其処に居たんだよ、お前は 「大規模な閉鎖空間が発生していましてね。それも今日はコレで4回目です。流石に疲れてきました」 そうかい、それはご苦労なこった。で、俺に何の様だ 「何の様だ、は無いでしょう?原因は貴方にあるんですよ?」 何でだ 「前にも言ったでしょう?涼宮ハルヒさんが不機嫌になると閉鎖空間が発生すると」 そういや言ってたな。あの灰色の空間には良い思い出が無い。思い出したくも無かったよ で、何で原因が俺にあるんだ 「心当たりは無いんですか?」 全くな 「……SOS団の活動に来なかったり、乙女心を理解しない発言をしたりと色々と思いつくんですけどねぇ」 乙女心って何の話だ 「物の例えです。とりあえず、今すぐ涼宮さんに謝って来て下さい」 何故俺が謝るんだ むしろ危害を加えられた俺が謝って貰いたいんだが 「………鈍感ですねぇ。いいから行って下さい。それが無理なら実力行使しかありませんが…………」 実力行使ね。お前が俺より力が有る様には見えないがな 「お忘れですか?僕には機関の仲間だって居ます。」 含みを聞かせたようだがどうにも演技に見えるな。なんつーか胡散臭い 「そうですね、例えば………」 どうやら実力行使の内容を考えているようだが絶対に謝らんぞ、俺は 「貴方の生爪を一枚一枚剥いで指に一本ずつ針を刺し、じわじわと痛みを強めていきながら精神を弱らせ 発狂寸前の所を僕の言う事を聞く奴隷同然に仕立てあげる事だって出k「キョンッ!いっきまーす!!」 いや、本能がそうしろって伝えていたもんでね 俺は今ならカール・ルイスを越える自信すらある 背後から聞こえてくる物騒な言葉は完全無視だ、無視 でもコレは逃亡じゃないぞ?小泉の意見に耳を貸してやっただけだ。うん、そうだ 誰だって高校生で廃人にはなりたくないんでな 教室から走り出して下駄箱に来るまでに既に汗が吹き出ている。かなり不快だ でもそんな事を言っている場合じゃないな、俺の人生が掛かっているんだ。 まぁ、焦りの所為かね。俺は一つ重大な事を見落としていた 校門まで走ってようやく気付いたよ 俺はハルヒの家を知らないってことにな こんな当たり前の事に今更気付くとは俺もどうかしているな。暑さの所為か ってそんな場合ではない!このままじゃ俺廃人フラグ一直線ktkr!!! ………焦っているな。かなり焦っている 冷静になれ俺。小泉に………じゃない、古泉に聞けばいい話じゃないか! 「涼宮さんの家ならあちらですよ」 「………いつから其処にいた」 「そんな事気にしてて良いんですか? 早くしないと組織の筋肉質の猛者たちが数人やって来て毎夜毎夜の肉欲の宴、 ムッキムキ黒人男性とうh「キョンッ!発進する!」 またこのパターンか と言うか古泉、実力行使がグレードアップして無いか……? 走る、走る、走る 廃人となるのを防ぐ為!平穏な老後を過ごすため!俺は走るぞ!古泉ィィィィ!!! ………うん、暑いね 思考が現実逃避を初めつつ、やっとハルヒに追いつく事が出来た 体に纏わりつく制服は不快指数上昇すること現在進行形なわけだが、そんな事も言ってられない 「おいっ!」 叫びにも近い声で腕を掴んだ所為か、ハルヒは驚愕の二文字を浮かべている。少々罪悪感にかられるな、これは 「!?………な、何よ」 何ってそりゃあ…………うん、何だろうね とりあえず謝れといわれたが………… プライドと貞操………まぁ、天秤にかけるまでも無いよな 「………スマン」 とりあえず深々と頭を下げた 黒人マッチョとうほっ、よりはこっちの方が遙かにマシだ 呆気にとられていたハルヒの顔にいつも通りの表情が戻ってくる あぁ、コレで良かったんだよな とまぁ、今後の心配が一つ無くなった 「はいっ!活動をサボった罰ね!」 途端にコレは無いだろう ハルヒが俺に渡した紙には町内の地図と、巡回経路と書かれていた。俺の目がおかしくなければな 「………なんだ、コレは」 「だぁーかぁーらぁー、サボった罰。其処に書かれている経路を今から三周して来なさい」 マジか 「大マジ」 …………今に至って、この選択肢も間違いだった気がするな そうそう、こーいうやつだったよ、涼宮ハルヒって奴は 「いやぁ、お疲れ様です」 ▼ニヤケ面が現れた!▼ →殴る 蹴る 暴行 うほっ ………とかやってる場合じゃないな。そんな事する気力もない。最後のはやるつもりもない 「どうやら閉鎖空間の拡大も止まったようです」 それは良かったな。所で俺も今非常に不機嫌なんだが、一度殴らせてもらって良いか? 「それは困りますね。今はMPも尽きかけな仲間の援護に行かなければ行けませんから」 そうかそうか、とっとと行け。お前の姿は見たくない 「そうですか。それでは………おっと、くれぐれも涼宮さんの機嫌を損ねないで下さいね?」 言われなくともさ 俺だってマッチョに貞操を捧げたり廃人にはなりたくない。将来やりたい事もあるんでな とりあえず今は、この巡回経路とやらを回るのがベストなんだろうな………… まぁ、思いっきり後悔する羽目になったけどな ただ座っているだけでも汗が吹き出る暑さの中、町内を回っていると少々自殺願望すら出てくる もし体型に困っている人にはお勧めだ。精神を削る代わりにやせる事が出来るぞ …………なんてな すっかり暗くなったが別段涼しくなる訳でもなく昼間と同じく暑い。嫌がらせか 目前にその姿を見せる我が家。中では妹がアイスを貪っている事が容易に想像できるな。殺意を覚える そんな事に気を取られていた所為か、街灯で照らされる我が家の戸の前に人影が有った事には暫く気付かんかったがな どうやら私服に着替えたらしいその人物……… 「………ハルヒ?」 そう、我等が(中略)団長涼宮ハルヒ そういえばハルヒってだけ聞くとホスト部も思い出すな。どうでもいいが それより、そのハルヒが何でうちの前にいるかっ、てのが問題なんだよな 「!?キョ、キョン!?なんでここに!?」 「いや、なんでも何も此処は俺の家なんだが」 「そ、それもそうよね…………」 何だ?夢遊病の症状でも出たのか?……いや、夢遊病ってのは子供とかに発祥するんだっけか 「あ、あたしはアンタがサボらずやってるかと思ってきただけよ」 いや、何もきいて無いですけど 「うるさい!それより、ちゃんと回ったんでしょうね!三回!」 それは俺の状態から察してくれ。後、声を小さくしてくれ。 「フ、フン………!まぁ、いいわ。ちゃんと回ってきたみたいだし」 ご理解いただけて光栄ですな 「とりあえず、あたしはこれで帰るk「あれ?キョンくん、お友達?」 妹よ、いつの間に出てきた ってかハルヒ、見る見るうちに顔色が悪くなっていくんだが……… 「キョン………」 何だ 「こんな小さい子を連れ込むなんて、アンタまさかロリコn「妹だ」 「……何でこうなってんの?」 「さぁな」 今俺はハルヒと向かい合って正座している状態にある。何故かって?ほら、元凶がやってきたぞ 「さ、どうぞ~粗茶ですが~」 あぁそうだ。俺の妹(本名やっぱ不明)が元凶だとも 帰ろうとしたハルヒを引きとめなし崩しに家に上げた妹は好奇の眼差しでハルヒを眺めている ハルヒの方というとこれまた不思議な事に妙にしおらしい いつもの如く城の明かりを一人で補えそうな輝きを放つ太陽の様な歓喜ではなく美しく咲いた花のように見るものを幸せにさせる微笑である う~ん、詩人だねぇ ハルヒのこんな様子を見たのは何時だっけな………そうだ、朝倉の転校の理由を探りに行った時だったな こいつもこんなにしてりゃ可愛いのにな。谷口曰くAランクプラスは伊達じゃない…………か 「………何見てんの?変な事考えてたらブッ飛ばすわよ」 感情が顔に出てたか?ソリャ行かんな、どうやら俺はポーカーフェイスが苦手らしい にしても何時にも増して怪訝な目つきだな。其処まで信用無いのか、俺 「まぁいいわ、あんたに何か出来る度胸があるとはおもわな」 い、と続けようとしたんだろうな。まぁ、どの道聴こえなかったが 唐突に、雷が鳴った 「……嘘」 ハルヒが小さく呟いている。ソリャそうだろう 先程まで快晴―――夜でも快晴って言うのか?―――だった空には台風でも来たかのように雨雲が敷かれ、雨に交えて雷まで降り注いでいる 多分この雨の中帰る事は不可能だろう。俺の目で見ても明らかだ 「ねー、ハルにゃん泊まっていきなよ」 「え、」 何か色んな感情をごちゃ混ぜにしたような声だったな。其処まで嫌か 所で妹よ、いつの間にそんな略称で呼べるほど仲が良くなったんだ? ハルヒが成すがままに引っ張られていくと、俺の携帯が鳴った 液晶画面に表示された文字には嫌な予感を覚えざるを得なかったがな 「………古泉」 『はい、何でしょう』 「また閉鎖空間がどうとか言うんじゃないだろうな」 『いえ、寧ろその逆……でしょうか』 逆? 『ええ、この転校は恐らく涼宮さんの望んだ事でしょう。恐らく彼女は何かこうまでしてしたい事が有るのではないでしょうか』 大雨を呼んでまでしたい事って何だ。結果といえば家に帰れなくなったぐらいだぞ しかもそのお陰で俺の家に泊まる事になってしまってるしな。悪い方にしか転がってないように思えるが 『………ホンット鈍感ですね。貴方は』 知るか。大体溜息混じりにそんな事を言われる筋合いは無いぞ 『まぁいいです。とりあえず涼宮さんの機嫌を損ねないように気をつけて下さい もしそんな事になったら貴方のこれからの人生を黒人6白人4の割合で密着されて過ごしてもらいブツッ!!』 最後に雑音が混ざったのは少々強くボタンを押しすぎた所為だな 風呂場のほうから、妹の楽しそうな声とハルヒの悲鳴が聞こえた 「天空×字拳!!!」 ボスッと言う音と共に俺の体は多少の熱気を帯びたベットへと沈む。なぁに、やってみただけさ それにしても今日は疲れたな、精神的にも肉体的にも。ぐっすりと眠ることができそうだ 「………」 背中に違和感を感じるな。別に霊感の類が俺に有るとは思っちゃいないんだが………… 「ねぇ、キョン………」 扉を少し開けてハルヒが目だけを覗かせている。目目連か、お前は しかし見ようによっちゃ体を隠してるようにも見えるな 「笑ったら死刑だからね」 そう言ってハルヒは扉を開けた。俺はお前の姿を見て笑う要素があるのかが疑問だがな とまぁ、そんな疑問は一瞬で解決された その姿は見慣れてはいるんだが見慣れていないというかソイツが着る事がありえないと言うか 解説が面倒だから今起こったことを有りのままに話すぜ ハルヒがメイド服を着ていた き、気の迷いとか夢オチとかじゃねぇ……もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ……… 「…………」 「…………」 両者、当然の如く絶句。何だこれは?なんか言った方がいいのか? その思案をどう取ったのか、先に口を開いたのはハルヒの方だった 「あんたの妹に服剥かれたから仕方なく来てるのよ。これしか持ってなかったし……」 剥くって。というか常時メイド服を携帯してるのか、お前は 「うるっさいわねー………クリーニングに出そうとしてただけよ」 ああそう。じゃあその格好にはつっこまないでやるよ。これ以上いじったらまたニヤケ面から脅しが入るかもしれんからな 「で、何か用か」 「…………!」 おや。何気ない発言のつもりだったが何かが癪に障ったんだろうか。ハルヒの顔がゆっくりと紅潮していく。謝った方がいいのか? 「わ、私はただあんたが眠れてるかどうか確かめに……団員の健康管理も団長の役目なのよ!」 そうかい、それは初耳だよ。生憎雷で眠れなくなるような精神はして無いし、あんたの無茶な罰ゲームのお陰でぐっすりと眠れそうだとも ピシャァンといった感じに、雷が鳴った 「!」 「うおっ!?」 いやぁ、心臓が止まるかと思いましたね ハルヒが、俺に抱きついていた 「げふぅ!?」 この奇声は俺の物だ。だって仕方ないだろう?運動部で普通にレギュラー取れる奴が腹に思いっきりタックルして来たんだ。 いや、抱きつきなんだけどな 握力×スピード=破壊力らしいしな。後一つ何か有ったっけか まぁとりあえず俺はハルヒから加えられた運動エネルギーで後方のベットへと倒れこんだ訳だ。頭が痛い 「………ハル、ヒ?」 自分の腹部辺りに顔を埋めているハルヒに目を向けてみた。少し肩が震えている こんな女の子らしい面を普段も出せば可愛いもんなのにな それはさておき………どうするかねこの状況 「………悪かったわ」 ハルヒが顔を上げた。いやぁ、俺としてはもうちょっとこうして居たかった………いや、変な意味じゃないぞ。か弱い女の子を慰める為だ、ウン 「………雷、怖いのか?」 どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。俺の顔の横からボスッ、と拳をベットに叩き付ける音がした ハルヒが顔を近づける。このままキスで来てしまいそうなほどに………変態みたいだな、俺 「…………悪い?」 怖いんですが、ハルヒさん なるほど、ハルヒは雷が嫌いなのか。また一つ知識が増えたな。それはそうとやっぱりホスト部を(以下略) それじゃあどの道この天候じゃ帰る事が出来なかった訳ね。GJ、GJだ妹よ ………止めた、現実逃避しても何にもならん。とりあえず俺の目前で今すぐ俺を殺しそうなこの団長様を落ち着かせねばな もし殺気だけで人が殺せるのならば俺は既に死んで………あれ、コレ前にも言ったな 「まぁ、落ち着け、ハルヒ」 と言うわけで説得を試みる。コイツをこのままにしておくとあのニヤケ面から黒人マッチョを召還されかねない 「雷が怖い事なんか気にするな、うん、その方が女の子らしくて可愛いと思うぞ、俺は」 ふっ、こんな事もあろうかと………思っていたわけではないが、谷口の話す『女性のおだて方』を伊達に聞き流してた訳じゃないぜ いや、駄目だよな聞き流してちゃ しかしどうやらハルヒも段々落ち着いてくれてる様子。谷口、お前案外役立つな。チャックさえちゃんと閉めればもてるかもよ 「まぁ、いいわ………」 ミッションコンプリート!トラトラトラ!我奇襲に成功セリ!!!我奇襲に成功セリ!! ・・・・・・・よし、落ち着け俺。素数を数えて落ち着くんだ しかし世の中そんな訳にも行かないんだな 「その代わり………一緒に寝なさい!」 「はぁ?」 いつもの如く、ビシィっと指を刺す 「団長を守るのは団員の役目でしょ!」 いやぁ、それも初耳だわ てか一緒に寝るって添い寝か?健全な女子高生にしては危機感が足りないのではないかね? もしかして人が混乱する状況が続くのにはなんかの因果関係があるのか? 今度長門にでも聞いてみるか。俺が理解できるとも思えないがな などと一般論を組み立ててみた物の ………正直、たまりません まぁそんなこんながあって俺は今ハルヒと添い寝中なわけだ 添い寝といってもハルヒは布団を頭まで被って俺の胸の辺りに顔を埋めているがな 雷の音が何処かでする度に肩が震えるのは愛おしさを感じずには居られない ………………とは言ってみたものの、このままでは俺の理性が持つかどうかが疑わしい 落ち着け俺。素数を数えて落ちつ……ける訳がない 生憎俺は同級生が成り行き上宿泊する事になり挙句の果てに一緒のベットで寝るというそれなんて(ry な展開には免疫が無い 谷口なら何か対策を練れそうだな。まぁプラスに転がる事は十中八九とは言わず十ありえないだろうが 「…う……うぅ………」 ふとハルヒの声が聞こえた。声といっても出来るだけ声を抑えようとした泣き声だってのは俺でも分かる 其処まで怖いのか、雷が 「えーと、ハルヒ、大丈夫だ。俺が付いてるから」 言った後に思ったが何が大丈夫なんだろうな 年頃の少年少女が一緒に寝ているというのは雷よりはるかに危ないと言うのが一般論という物だろうに それはそうと今俺が言ったセリフは思い返してみるとかなり恥ずかしい事を言った気がする。まぁ、仕方が無いよな。状況が状況だ。不可抗力と言う奴だよ 「…………ずるい」 ハルヒが顔を上げると同時に俺の胸ぐらを引っ張った あ、そんな勢い良くすると頭ぶつかr ゴンッ ………ほらな 「ずるい!不公平よ!」 ハルヒの言う事が一回で理解する事ができないのは既に規定事項と言った所か。ハルヒの目に溜まってる涙が痛さの為か怖さの為かは区別できんな で、何が不公平なんだ 「私はっ……!いつも……!あんたの事……!かんがえ…!のに……!」 泣くのを我慢しながら無理矢理声を出している事は俺にだって解る。その前に今驚くべきは内容のはずだ 考えている?ハルヒが?俺の事を? 「…………いつの間にかっ……あたしは………あんたの事ばっか想ってるのに…………なのにっ!」 ハルヒの瞳から涙が一粒、流れる ―――ああ、そういうことか これがどういう事かは馬鹿でも解る。俺が解るくらいだからな 「なんで………あんたはっ、落ち着いていられるのよ……!今だって………私は………!」 声を無理矢理出そうとするハルヒの様子は―――不謹慎かもしれんが―――反則的なまでに可愛い。ポニーテールだったら襲ってたかもしれないな でも今は、この消えてしまいそうに儚げな………折れてしまいそうなほどにか弱い団長様を包んでやる 俺は、ハルヒを抱きしめた 「!?」 「…………平気な訳、無いだろ」 聴こえるかどうかも微妙だったが、精一杯絞り出した声だ。それでも伝わったと思える そう、平気な訳が無かった。コレでもさっきから煩悩を消す為に余計な事を考えるのに集中していたんだからな 「俺だって、ハルヒが好きだ」 我ながら芸の無い告白だとは思ったがな。シンプルイズベストって言葉もあることだ、問題は無いだろうよ 俺の腕の中でハルヒは微動だにもしなかった。 ……………妙に沈黙が怖い しかし、以心伝心と言う奴だろうか。ハルヒのやらんとする事が解り、抱いている腕の力を緩めた ハルヒは横になった状態で器用に上へと登ってくる 俺の唇に、ハルヒの唇が重なった 「……ん…………」 ハルヒの口から小さく声が漏れる 唇を重ねたまま、数秒か、数十秒か、数分か………時間の感覚が無かった 唇を離すと、いつもの様なハルヒの笑顔が其処にはあった その笑顔に惹かれる自分を自覚し、自分がやはりこのお方に惚れている事を自覚する それでも照れ隠しにと、俺は声を発する 「…………これで俺はお前の彼氏、って事か?」 ハルヒの笑顔に合わすように少し笑いを含んだ声で聞いてみた。今はコレでいいはずだ 案の定、ハルヒは笑顔を崩すことなく…… それも何処か嬉しそうな声で答えた 「そう、ね………そう名乗る事を………許可してあげ、る………」 そう言った後、ハルヒがベットへ崩れる 緊張が解けたのやら安心感やらが要因か、直ぐに寝息を立て始めていた。その寝顔が何処か嬉しそうに見えたのは気のせいじゃないだろう、多分 その寝顔を見ていると何か悪戯をしてやりたくなったが……どうやら俺も限界な様だ 精神的にも肉体的にも疲れたしな。寧ろ今まで良くもったものだ それでも襲ってきた睡魔に軽く抵抗した 「………オヤスミ」 俺は小さくそういって、ハルヒの頬に唇を当てた。何故唇にじゃないかって?俺もそれなりに恥ずかしいのさ その行為が活動限界点だったか、俺は睡魔に身を任せて瞼を閉じた 「ってきまーす」 そういって家を出る。昨日の天候が嘘だったかのように快晴だ しかし降り注ぐ太陽光線は熱気を届け熱気はいまだ残る湿気に熱を蓄えその熱をゆっくりと放出せいでじめじめとした暑さが続いている 回りくどく言ったが兎に角暑い 早くも玉のような汗をかきつつ、俺は太陽への呪いの言葉を呟き続けた。傍から見れば変な奴だな、こりゃ 「キョーンッ!」 制服を取りに帰っていた団長殿がやってくる その表情は湿気も吹き飛ばすように溌溂としたものだった。見る者を安心させる笑顔、と言った所か。性格さえ知らなけりゃな 因みに迎えに来てもらったのは俺の要望ではない。そこん所勘違いしないように そんな事を考えて居ると、ハルヒが俺の腕に抱き着く。オイ待て、何処のバカップルだ、これは 「いいじゃない、恋人になったんだし。問題は無いでしょ」 視線が痛いな。それだけで精神に大ダメージだ と、言おうとしたがハルヒの笑顔を見ているとその気力を削がれる いや、別に無気力になるわけじゃないぞ?何となく認めてしまうといった感じの方だぞ? とりあえず今は暑さに負けない様、胸を張って歩かせてもらうよ なんてたって、この団長様の彼氏な訳だしな――― end
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4828.html
文字サイズ小でうまく表示されると思います 「それにしてもあの姉妹、朝比奈さんにそっくりでしたね」 古泉がそう話し始めたのは、俺達が塔の階段を黙々と上るのに飽きてきた所だった。 「本当、3人並んでたら本気で誰が誰なのかわからなかったもの」 「私もびっくりでした~」 他の世界にはそんなに戻ってみたいと思わないが、あの姉妹が居る白虎の世界にだけは定期的に通ってもいいな。 週1くらいで。 そういえば、シャルルさんの奥さん。つまりジャンヌさんとミレイユさんのお母さんは、やっぱり朝比奈さんにそっくりなんだろうか? 2人ともシャルルさんとは似ていなかったから可能性は高いな。 俺が朝比奈さんの後姿を見ながらそんな事を考えて居た時、先頭を歩いていたハルヒが急に階段で足を止めた。 ハルヒの後ろを歩いていた朝比奈さんが背中にぶつかって止まるとハルヒは振り向き、 「貴女、本当にみくるちゃん?」 朝比奈さんの両肩を押さえて、まじまじと顔を眺めはじめた。 「え? も、も、もちろんです」 驚いた朝比奈さんは壊れたおもちゃのようにこくこくと肯くが、 「またこっそり入れ替わってたりしないわよね?」 ハルヒの表情から疑いが取れない。 いや、これは疑ってるんじゃなくていじりたいだけだな……。 視線が朝比奈さんの脅えた顔から男性には見つめる事も許されない朝比奈さんの胸へと降りていき、 「本物のみくるちゃんには胸に七つの傷があるはずよ?」 「そんなのないです!」 ハルヒは嬉しそうに朝比奈さんの服に手をかけだしやがった。 古泉……はダメか、いつも通り傍観を決め込んでやがる。 長門? 長門はそれ以前に興味がないようだ。 目の前で閉まってしまった自動ドアがまた開くのを待つかのようにじっと階段で足を止めている。 仕方なく残された唯一の常識人である俺はハルヒを止めるべく腕を掴み、 それを言うなら星型のほくろだろ? 不覚にも突っ込んでしまったわけだ。 バッテリーが切れたMP3プレーヤーの様に前触れも無く、ハルヒの動きが停止する。 「……キョン、なんであんたがそんな事を知ってるの?」 しまった! ハルヒの声は、冷静な振りをしているような、突っ込み所を見つけて嬉しいような、とにかくむかついているような、どんな罰を 言い渡そうか迷って楽しいようなどれにも当たらないようなそんな声だった。 「みくるちゃん、それって本当なのかな~?」 笑顔で聞いているが、その背後には何色なのかよくわからないオーラが立ち上っているのが俺には見える。 「え、あああのその」 今度は無言でハルヒの手が動き、胸元を隠すように閉じていた朝比奈さんの服を強引に開いた。 「ひっ」 あっさりと力に負けて服のボタンが飛んでいく。 ああ、どうでもいいがその服って俺のなんだけどな。 直後に朝比奈さんの豊かな胸元に顔を突っ込んだハルヒが、すぐに顔を出して俺の襟を強引に掴み上げ 「いったい、いつ! どこで! 誰が! 何を! どうしたのか説明しなさい! 詳しく!」 塔中に響きわたる大声でがなりはじめた……。 ああ、ちなみに俺は完全に襟を閉められていて尚且つ宙吊りな為、喋るどころか肺は生命活動を活動するために必要不可欠な 酸素を求めて喘いでいる。 酸素が得られないって事は声帯を震わせて声を出す事も出来ないわけで、このまま弁明もできないまま俺は死ぬんだろうか? 等と考えはじめるのも無理もない事なんだろう。 古泉、朝比奈さんフォルダを頼む。誰にも見られないように処分してくれ。 「あ、あのあの」 ただ事ではない雰囲気に朝比奈さんが止めようとしてくれているが、 「みくるちゃんは黙ってて。さあ! きりきり吐きなさぁい!」 襟を掴んだまま俺を振り回すハルヒがそれを聞き入れる訳はなかった。 ……そうだ、俺はまだ死ねない! ゲーセンから送られたはずの朝比奈さんコスプレ写真を見るまで、俺は死ねないんだ! 喉を締め付けるハルヒの馬鹿力に文字通り必死の抵抗をしていると、 「おやおや、ずいぶん賑やかですね」 のんきな声が階段の上から聞こえてきた。 だ、誰だ?誰でもいい!助けてください! 「貴方は」 そこに居たのは例の案内係さんだった。 案内係さんの声にハルヒが力を緩める、そのまま階段に落下した俺は久しぶりに味わう酸素を心行くまで味わった。 助かった……それにしてもあっさり手を離したな……。 見上げてみると、ハルヒは何故か警戒した表情で案内係さんを見つめていた。 「みなさんの噂は聞いていますよ。玄武、青龍に続いて白虎の支配から世界を救ってくれたようですね、塔の住人としてお礼を 言わせてもらいます。ありがとうございました」 深々と頭を下げる案内係さんだが、 「別にあんたの為にやった事じゃないからいいわ。それより支配ってなに?」 ハルヒの返答は冷たかった。 「少々長い話になりますが、かまいませんか?」 「かまわない」 案内係さんは俺達を階段の上へと促しながら、 「では、また歩きながらお話しましょう」 と言って階段を上り始めた。 「既にご存知だと思いますが、この塔は色んな世界と繋がっています。塔の1階と通じている大陸世界、最初に私が皆さんと お会いしたのはここでしたね。次は塔の5階と通じているのは海洋世界です。塔10階は空中世界と通じています、ちなみに 現在地は15階になります」 いつの間にかそんなに高い所にきてたのか……。 「支配の話が全然出てこないんだけど」 案内係さんは困った顔をしている。 「もう少しだけお待ちください。かつてこの塔はクリスタルを持たなくても誰もが自由に行き来する事ができました。ある日の事です、 それぞれの世界にある日突然強大な力を持つ四天王と呼ばれる存在が現れました」 「以前、貴方から聞いたお話にあった玄武、青龍、白虎、朱雀ですね」 古泉の言葉に、案内係さんは肯く。 「その通りです。彼らが現れてしばらくすると、それまで自由だった塔の出入りが何故かできなくなりました。玄武は、人間の王が 持つ武具にクリスタルの秘密を隠して影から世界を支配していたようです。青龍はクリスタルを二つの玉に分け、一つは自分で持ち 海底で緩やかに力を蓄えていました。白虎は順調に支配を強めていき他の世界をも支配しようと画策していたようですが、 レジスタンスによってクリスタルを隠されてしまい……後は皆さんのほうがお詳しいでしょうね」 ゲームがはじまってそろそろ2時間くらい過ぎた所だが、色んな事をやってきたもんだな……。 塔は階段と通路の組み合わせでできているから足はそんなにきつくないが、この塔は何階まであるんだろう? 「朱雀は?」 ハルヒが当たり前のように聞いてくる。 「そこまで知ってるなら朱雀の事も知ってるんでしょう?」 案内係さんは嫌な顔一つせず、というか嬉しそうに教えてくれた。 「朱雀は四天王で一番強いその力と、何者にも傷つける事ができないという体を使って自分の世界を滅ぼそうとしているようです」 自分の世界を滅ぼすんですか? 俺は念の為聞き返してみた。 「そうです」 「そんな事をして何になるんでしょう……?」 朝比奈さんの疑問はよくわかる、ここまでのボスとは正反対の行動だもんな。 「さあ、残念ながらそこまでは……。滅ぼした後の事を考えているのかどうかもわかりません」 おいおい、そんな危ない奴なのかよ? そこまで言った所で案内係さんは足を止めた。 「おや、いつのまにか到着したようですね。お待たせしましたあの扉の先が都市世界へと通じています。気をつけてください、朱雀 にはどんな攻撃も通じません。逃げるのが一番です」 案内されるまま扉の前まで来た俺達だが、先頭に立つハルヒは扉に手をかけようとしなかった。 「あんたの話が本当なら、クリスタルがないと出入りできないはずの世界の事をなんで貴方が知っているの?」 問い詰めるようなハルヒの言葉にも、案内係さんの笑顔は崩れなかった。 「鋭いですね」 武器こそ構えないものの、ハルヒは油断無く案内係さんを睨んでいる。 「……あんた何者?」 「私は貴方達の味方です、それは間違いありません。ファンと言ってもいいでしょう」 案内係さんは都市世界への扉とは別の扉を指差した。そこには赤い紋章が描かれている。 「あの扉の先、この塔の最上階である23階には阿修羅と呼ばれるボスが居ます。四天王は彼によって生み出されました」 長門の言ってる5番目の世界ってのはその事なんだろうか? 「そいつが全ての元凶って言いたいの?」 「そうです、私はかつて塔が自由に出入りできた頃からこの塔に住んでいるんです。今日までずっと、阿修羅を倒してくれる存在が 現れるのを信じて情報を集めてきました」 「そうだったんですか」 古泉はこの説明で納得したらしく肯いているが、ハルヒの顔はまだ信用できないと言っていた。 「ですが朱雀を倒し、赤のクリスタルを手に入れなければあの扉の封印は解けず、阿修羅に挑む事もできません」 ハルヒ、なんでお前がこの人をそこまで怪しむのか俺にはわからん。お前の好きそうな不思議な人じゃないか? そのまま案内係さんの言葉に何も答えないまま、ハルヒは都市世界への扉を開いた。 ここは……。 「驚きましたね」 俺達が扉を開くとそこは、厚い雲が空を覆い薄暗く、破壊尽くされたビルが立ち並ぶ荒野。 それでも僅かに残ったアスファルトの残骸は、それがかつて都市の一部であった事を示している。 あちこちに見える看板の文字や道路交通標識、そのどれもが俺達が日常で見てきた物と同じだ。ただ、その殆どが原型を止めて おらず壊れていたり焼け焦げたり溶けてしまったりしている。 古泉……ここって日本、だよな。 「後ろを見るとさらに驚きますよ」 その言葉に後ろを振り返ると――嘘だろ? そこにあったのはいつもの石壁造りの塔の外壁ではなく、鉄筋で作られた電波塔。 誰もが知っているであろう赤い建造物。 東京タワーだった。 俺は東京に住んでいるわけじゃないが、流石にこれは見間違えないだろう。 中央部から上は灰色の厚い雲に覆われていて見ることは出来ず、何度となく高温にさらされたのか全体的に歪んでしまっている。 もしかして……俺達は第2次世界大戦の時代にタイムスリップしてしまったとかなのか? 「キョ、キョン君?」 あ! すみません! もしかしてハルヒの前で時間移動とかの話は厳禁でしたか? 「……あんた本当にバカね」 あきれた顔でハルヒがわざとらしくため息をつく。 何がだ。 テストの点ではまるっきり勝てんが、常識なら負ける気がしないぞ。 不戦勝でもいいくらいだ。 「東京タワーは戦後の建築物よ、だからここが日本だとしても戦後ね。タワーを作るときに戦車から金属を取ったりしてるの 有名でしょ?」 そんな雑学を俺が知るわけないだろ。 「こんな風に町が溶けるなんて……もの凄い熱なんでしょうね」 「空襲があったといった感じにも見えませんし、想像もつきません。いったいこの都市に何が起きたんでしょうか」 でもまあ地面があるだけいいさ、少なくともこの世界は溺れたり落下したりはなさそうだ。 それにしても見える範囲には廃墟しかないな……。 それぞれに周りに何か無いか見回していると、長門の視線が俺の顔に固定されているのに気づいた。 長門、どうかしたのか? 「危険」 珍しく長門が即答した。 ……って事は本気でやばいって事か? 何が危険なんだ?逃げた方がいいのか? 俺の問いに答えるように長門は遠くの廃墟を指差す。 つられてその方向を見ると、廃墟と雲の隙間に小さな赤い光が見えている。 「夕陽、でしょうか?」 「それにしては小さいし、形も丸くないわね」 焚き火とか何かの合図とかだろうか? あれがどうかしたのか? 「朱雀」 淡々と長門は呟いた。 あまりに淡々としているのでそれが重要な事だと理解するのに時間がかかったくらいだ。 朱雀ってあれか? さっきの話にあった、四天王で一番強いとか何者にも傷つける事のできない体を持ってるって奴だろ? 赤い光は見る間に大きくなり、あっという間にそれが巨大な鳥の姿だという事がわかる。 おいおい、あんなもん戦える相手じゃないぞ? 「す、涼宮さん塔の中に戻りませんか?」 朝比奈さんのアイデアに賛成だ。少なくとも東京タワーに入ってしまえば朱雀も追ってこれないだろう、多分。 「だめよ!塔に戻ったら、あいつがタワーの前に居る限りこの世界に戻れなくなるじゃない!」 朱雀もそこまで暇じゃないだろう。 焼け死ぬよりはましだろうが! このままここに居るなんて言い出すなよ? 「こっちよ!」 誰の声だ? その声は、東京タワーから少し離れた場所にある廃墟から聞こえてきた。 遠くて顔はよくわからないが、廃墟の瓦礫の間にある地下鉄の階段から顔を出して手を振っている。 「朱雀が来る前に、早くこっちへ!」 そう言って、階段を降りていってしまった。 「今の、罠だと思う?」 わからん、でも行くしかないだろ。 朱雀の姿はもう羽ばたく動きが見えるほどになっていた、迷っている余裕は無い。 「そうね。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし……。みんな!あの階段へ走って!」 虎子なんぞ手に入れても嬉しくも無い、ペットにでもするのか? ペットにするなら部屋で飼えよ? 間違っても玄関先につないだり 部室に連れてきたりするな。 そんなどうでもいい事を考えながら俺は必死に走った。 全力疾走の勢いのままに、薄暗い地下鉄の階段を駆け下りると、 「きゃー!」 休む間もなく、今度は女の子の悲鳴が聞こえてきた。 あ~も~ちょっとは休ませてくれよ! 「今の声、どっちから聞こえた?」 地下鉄の構内に人気は無く、所々に残された照明が僅かに施設内を照らしていた。 見える範囲に人影は無く、悲鳴が途絶えた今は俺達の荒い息の音だけが響いている。 「反響していたのでどちらとも言えません」 「た、多分こっちだったと思います」 と言って朝比奈さんは通路の右側を指差したが、 無言のまま長門は反対方向を指差していた。 「困りましたね」 古泉はどちらか選ぶ気は無いようだ。 どうする? 別れて行動したほうがいいのか? 「あ、あの。長門さんがそう言うんでしたら、私のは勘違いだと思います」 自信なさげに朝比奈さんが指を下げるが……どうしよう? rア 1 朝比奈さんの言う方へ行こう 2 長門の言う方へ行こう なんて選択肢が出てきそうな場面だな。 ん~……どっちに 「古泉君はみくるちゃんとそっちへ! 私と有希とキョンはこっちに!」 考えるまでもなかった。 薄暗い構内を走っていくと 「居た!」 巨大な芋虫が糸を吐いて、壁に人の形をした繭を作成中だった。 さっき悲鳴をあげた人はこの繭の中に居るのか? 「有希、戻って二人を呼んできて!」 ハルヒの声にうなずき、走ってきた速度を緩めないままにUターンして長門は戻っていった。 今の動きが物理的におかしいとかそんな突っ込みはおいといて、武器の無い俺は戦力外なんだから戻るなら俺だろ? とは一応、男として言いにくい。 俺達を無視したまま、芋虫は繭の作成に余念がないようだ。 「芋虫か……私、芋虫にいい思い出ってないのよね」 ……芋虫にいい思い出がある人なんて居ないだろ。 そうか。 他にコメントのしようもない。 「おやゆび姫に出てくる芋虫も、あんまり役に立たなかったじゃない」 別に芋虫はおやゆび姫の為に生まれてきたんじゃないと思うぞ。 そこで同意を求められても困る、それよりあの繭って中に人が閉じ込められてるんじゃないのか? 助けるなら早いほうが いいんじゃないか? お前が助けないなら俺がやるから、剣を貸してくれ。 「あ、あれってやっぱり人が入ってるのね?そんな気はしてたのよ」 剣を抜いてハルヒが繭に近寄ると、芋虫は威嚇するように体を起こして身構えてきた。 芋虫は口から白い糸を垂らしながらこちらに迫ってくる。 接近戦はしたくない相手だな……そう思って見ていた俺なのだが、芋虫は急に態勢を変えて俺に向かって勢いよく糸を吐き出し やがった! ハルヒの方が前に立っていたので油断していた俺は、まともにその糸を浴びてしまった。 とっさに目を閉じたものの俺はそのまま倒れてしまい、油火災用粉末消火器を振りかけられた炎のように、俺はそのまま 真っ白に覆われていく。 糸は安物のガムテープ並の不快な粘着力があり、動けば動くほどに体の自由が奪われてしまった。 仕様なのか呼吸はなんとかできている。餌を殺さないまま保存する為なんだろうか? ついに指一本動かせなくなり、雨のように降り続き少しずつ重みを増す糸の中に居ると、 「キョン聞こえるー?……芋虫は追い払ったからちょっと待ってなさい、あっちの繭から先に助けるから」 ハルヒのそんな声が聞こえてきた。 わかった、早く頼むぞ? 「意外に面倒ね……これ、ああもう!くっつくな!」 おいおい……大丈夫か? 「キョン、あんた生きてるわよね?」 生きてるよ、声は出せないけどな。 「まあ、あんたはしぶといから平気よね。飛行機から飛び降りても怪我しなかったんだから」 それとこれとは違わないか? 「……ねえ、聞こえてるかわかんないけどさ」 なんだよ、と言いたい所だが下手に喋ると口の中に糸が入りそうで試す気になれない。 「あの時、もしも捕まってたのがさ。みくるちゃんじゃなくて、あたしや有希だったら……あんたは飛行機から飛び降りたりしたのかな」 ……どうだろうな、そうなってみなきゃわかんねえよ。 「なんか私、変な事言ってるわね」 その後もハルヒは何か言っていた気がするんだが、繭の中は暖かく俺はいつの間にか眠ってしまっていた。 意外に神経が太いんだな、俺。 誰かが俺を優しく揺さぶっている。 もしかして朝比奈さんですか? 俺がそっとまぶたを開けると、 「お前か」 残念ながらそこに居たのはにやけずらの古泉だった。 「ご無事で何よりです」 期待していた分だけ失望は大きかった。朝比奈さんかと思ったら古泉ってパターンはそろそろ止めにして頂きたい。 俺の体にはそこら中に糸の残骸がくっついていた、試しに引っ張ってみるとセーターにくっついたガムのように手ごわい。 せめてと思い手のひらや顔についた糸を取ろうとしてみたが、時間の無駄みたいだな。 そういえばここには古泉しか居ない。 他のみんなはどうしたんだ? 「芋虫が援軍を呼んできたのでみんなで退治して、今はこの先の様子を見に行っています」 壁にあった繭もすでに残骸になっている、どうやら助かったらしいな。 「あ、起きたのね」 通路の先から全身糸だらけのハルヒが戻ってきた。 なんだ、お前も繭にされちまったのか。 「違うわよバカ、あんたじゃあるまいし」 じゃあなんで糸まみれなんだよ。 「涼宮さんは、キョン君を繭から助ける為に糸だらけになってしまったんですよ?」 朝比奈さんの言葉に続いて何故かハルヒが、 「下っ端とはいえ団員のピンチなんだから団長として当然でしょ?」 と慌てて叫んでいた。 俺は何も言ってないぞ。 それで、そっちの繭の人は助けられたのか? 「うん、戦闘に巻き込まれたら危ないから先に逃げてもらったわ。でね?その子がこの先の4番出口の先にある廃墟に町が あるからそこに来てって言ってたのよ」 そうか、じゃあとりあえずはそこに行ってみるしかないな。 「町って言うんだからシャワーとかあるわよね? あーもーこの糸を早くなんとかしないといらいらして仕方ないわ!」 4番出口の階段を上ると、そこは東京タワーの周りと同じ廃墟だった。 よく見ると、廃墟の一角に人が生活しているらしい光が見える。 「おそらく、朱雀から逃げた人達が集まって暮らしているんでしょうね」 そんな感じだな。 地下にあんな芋虫がいるんじゃ安心して寝てられないからな。 寝ていてそのまま芋虫の餌にされたらたまったもんじゃない。 「朱雀に見つからない内に急ぎましょう」 溶けた後冷えて固まり鋭利に尖ったアスファルトに気をつけながら、俺達は廃墟へと走っていった。 ――廃墟の一角、アーケード街だったのであろう商店街には所々に露天があり賑わっている。 露天に並んでいるのは武器やよくわからない薬、保存食等が殆どだ。 「避難所、というよりもこの環境に適応した町みたいですね」 まるで近未来物の映画みたいだな。 「あ、あれってバイクじゃない?」 ハルヒが見つけたのは、酒場らしき建物の前に置かれた流線型の大型バイクだった。 何台かバイクが並んでいるのだが、ハルヒが目をつけたそのバイクは他のよりも一回り大きく値段も高そうに見える。 モーターショーでも見たことがないようなデザインで、マフラーらしき物も見あたらなかった。 「確か昔の漫画かアニメ映画で、これによく似たバイクを見た事がある気がします」 月から地球に降りるってあれか? 灰色の。 なんかカップラーメンがどうとか。 「あ、それとは違ったような気が。僕が見たのは赤かった気がします」 眺めて見ているだけの俺達を置いて、 「キーが付いてないわね」 ハルヒは当たり前の様にバイクに跨ったり、計器をいじりだしたりしやがった。 おいハルヒ勝手に触るな。見つかったら怒られるぞ? こんなでかいバイク倒したら一人じゃ起こせないだろ? 「ん~……でもこれいいなぁ……欲しい。中に持ち主が居るのかしら?」 聞いてねえよ。 「こ~んにち~わ~!」 ご機嫌でドアを開けたハルヒを迎えたのは割れんばかりの拍手な訳は無く、当然の如く奇異の視線だった。 糸まみれの知らない女がいきなりご機嫌で酒場に乱入してきたんだ、いけない薬をやってると思われても無理は無い。 ハルヒについて酒場に入った俺達を見て、怪しい連中というよりも理解できないといった感じの受けたようだ。 酒場には大勢のライダースーツに身を包んだ男が休んでいる。 意外にもアルコールの匂いはなく、保存食の様な物をみんなで食べている最中だったらしい。 「なんだあんた……」 デジャブか? 俺はこんな展開を以前何処かで……ああ、コンプ研からPCを強奪した時だ。 一番入口に近い席に座っていた男が、そうしないといけないと思ったのだろうハルヒに話しかけてしまった。 無視してるのが一番だったんだが……今更言っても遅いか。 「表のバイク、誰の?まさかあんたの?」 「何言ってんだお前」 入口に居た人とは別の気が短そうな男が立ち上がって詰め寄ってくる、そいつはハルヒよりも頭二つ分は背が高いのだが、 ハルヒに怯む様子はない。 「かっこいいじゃないの、あれ。ちょうだい」 当たり前のように手を出すと、 「ふざけんな!」 と言ってその手をはたこうとしたのだが、ハルヒはすっと手を引っ込めてしまった。 ごもっともです。 男はハルヒに掴みかかろうと近寄ってくる、間違いなくどこまでも確実にこっちが悪いんだ常識がある奴が止めてやらないとな。 俺がハルヒとその男の間に入った途端、 「やめとけ!」 大きな声が俺達の動きを止めた。 声の主はゆっくりと店の奥から現れた。 でかい、身長は190cm程だろうか。 無駄な筋肉が無いかのような均整の取れた体つき、浅黒く日焼けした顔に赤い鉢巻を締めたその男はハルヒを面白そうな顔で 見つめている。 「お前等の敵う相手じゃねえ!」 回りの男達は大人しく引き下がっていく、この人はリーダーみたいなもんなんだろうか? 「あんた誰?」 「俺か? 俺はこいつらをまとめてるもんだ。総長って奴だな」 総長は改めてハルヒを見て、 「で、お嬢ちゃんの名前は?」 と、聞いてきた。 あ~あ、聞いちまったよ……。関わり合いにならなければよかったのに。 「SOS団団長、涼宮ハルヒ」 俺達には見慣れた姿。足を肩幅に開き、胸をそらして大声でハルヒは名乗りをあげた。 「ハルヒちゃんか……あんたそうとう腕が立つな。俺とタイマンの勝負だ!」 は? あんたいきなり何を言い出すん 「あたしが勝ったら表のあのバイク、ちょうだい?」 止める間もなく、あっさりハルヒは挑戦を受けやがった。 お前等2人揃って何を言ってるんだ? タイマン? いつの時代の言葉だよ……。 まあ、お前が負けるとは思ってないが危ないとか考えないのか? 「ああ、いいぜ。その代わり俺が勝ったらあんたにやってもらいたい事がある。事情があって今はどんな事かは話せないが…… それでもいいか?」 いくらなんでも、何をやらされるかわからないなんて条件を飲める訳ないだろ? 「いいわよ、じゃあ始めましょう? 何で勝負する? 素手でも剣でも好きなの選んでいいわよ?」 飲みやがった。 古泉は驚いた表情のまま、長門は無表情なままで固まっている。 「す、涼宮さん?!」 朝比奈さんが驚いてハルヒの前に出てきたが、 「いいのいいの、だいじょーぶだいじょーぶ」 ハルヒは気にしていないようだった。 「男なら素手で勝負だ! と、いいたいがあんたは女だからな。あんたが得意な方を選んでいいぜ」 これ以上話が進んだら本当にまずい、なんで止めるのはいつも俺の役目なんだよ! バカな事は止めろ! 「バカな事は止めて!」 ……ん? 今、誰か俺と同じ事を言わなかったか? 声が聞こえてきた酒場の奥を覗くと、何故か総長も同じように店の奥を睨んでいた。 「うるさい! お前は黙ってろ!」 「そうよ! バイクが手に入りそうなんだから黙ってて!」 ああもう! いいかげんにしろお前ら! 「あれ、もしかして貴女さっきの芋虫の……」 ハルヒが奥から出てきた女の子を見て声をあげる。 Tシャツにジーンズというラフな服装で、頭をバスタオルで拭きながら出てきたのは、どうやら芋虫からハルヒが助けた女の子 だったみたいだな。 「なんだ……知り合いか?」 総長も勢いを削がれてしまったようだ。 「あーこれって偶然って言うの? 兄さん、実は……」 「……というわけなのよ」 ハルヒの説明はやはり言葉の割合が足りないようで、 「すまん、はっきり言おう。さっぱりわからん」 総長は頭を押さえて困った顔をしていた。 やっぱりそうだよなぁ……。 俺達が偶然助けた女の子は総長の妹さんだったらしく、俺達は手のひらを返したかのように歓迎されていた。 シャワーを借してもらい、食事まで出てきてハルヒはご機嫌だったのだが、 「なんで今のでわからないのよ!」 途端に不機嫌になっていた。 「さやか、お前今のでわかったか?」 ああ、そうそう。妹さんはさやかさんという。 俺達よりもちょっと年下くらいの可愛い女の子だ。 可愛らしーいポニーテールを揺らして、今は総長とお揃いのライダースーツに身を包んでいる。 「えっと……涼宮さん達は朱雀を倒して、クリスタルを手に入れる為にこの世界に来た……って事であってますか?」 それだけわかってもらえれば十分ですよ。 「はい、その通りです」 途中にあったむかついたボスとか、朝比奈さんのそっくりさんとか、変な謎解きとか、浮き島とか、俺が無茶をしたとか、その辺は 綺麗に忘れてもらっていいです。 「そ、そうか……ともかくだ、あんた達も朱雀と戦わなきゃならんのか」 こちらに向かって飛んでくる巨大な火の鳥の姿を思い浮かべるが……無理だろ、あれは。 今までの四天王みたいにただでかいだけじゃない、全身が炎に包まれているんだ。 長門の盾でもあれは防げないだろう、盾が無事でも俺が焼け死ぬ自信がある。 「ですが、あんな火の鳥を相手に戦う方法なんてあるのでしょうか?」 お前が閉鎖空間の中みたいに全力で戦えれば可能性はあるかもしれないがな。 よっぽど凄い兵器とかでもないと……。 「朱雀には近づけないだけでなくどんな攻撃をも防ぐ強力なバリアがある、重火器くらいじゃなんともならねえ」 総長はそう言いながらも諦めたような口調ではなかった。 「何か手はあるの?」 「はい。朱雀のバリアを中和してしまう装置を作ってるんです!」 おお! なんだか凄そうだな! 「それって完成までどのくらいかかるの?」 「後2つ3つの部品で完成するんだが……」 総長の顔が曇る。 「見つからないの?」 視界の端で、長門が6つ目のサンドイッチに手を伸ばした。 「いや、アキバと呼ばれていたところにならあるだろう。だがここから遠いし探すのにも時間がかかる。何より外には朱雀がいて 危険だ」 「アキバね、わかったわ」 お~い、危険だって言葉は聞こえてたか? アキバって秋葉原だよな、あそこにそんな物があるんだろうか……。 「俺達は朱雀から逃げている人を探して避難所まで誘導したり、郵便や救援物資を配りながら部品を探してたんだ」 見た目は怖いがいい人達だったんだな。 「みなさんは公務員なんですか?」 朝比奈さんの質問に総長さんは飲んでいたコーヒーを噴出す。 「まさか、見ての通りの不良健康優良な暴走族だよ」 酒場の中に居るのは確かに総長の言う通り、悪そうで健康そうな連中だ。 もしかして、朝比奈さんの時代では公務員は私服なんだろうか? 「朱雀が怖くて街のみんなは逃げ回ってて、最初はそんな連中を守るために朱雀を引き付けたりしてたんだ。その内に人数が 増えて出来る事も多くなってな。今じゃボランティアみたいな扱いさ」 「凄いじゃないですか!」 感激して朝比奈さんが声をあげる。 もし、俺達の現実世界がこんな状況になったら……。 ハルヒならこの総長さんみたいな事を始めるだろうな。間違いなく。 「でもな、人が生きるには希望がいるんだ。朱雀っていう絶望がある限り普通の人間はなかなか立ち上がれない。そんな時、政府の 建物で対朱雀用の装置を見つけたんだ。未完成だったけどな」 「それが朱雀のバリアを中和するってやつね」 「はい、朱雀には通常の攻撃手段が効かない事もそこでわかりました」 コーヒーのおかわりを配りながらさやかさんが付け足す。 その表情には複雑な苦悩が浮かんでいた。 普通の手段では朱雀を倒せない事がわかるまでに、どれだけの人が朱雀に挑んでいったんだろうな……。 「だから腕が立つ人が現れるのを待っていた。そういう事ですね」 「そうだ。だが遠出をすればどうしても朱雀に見つかる可能性が高い。秘密兵器の整備を出来るのは俺だけだし、かといってこの中 じゃもう俺くらいしか遠出はできなかったんだが……あんた達なら任せても大丈夫みたいだな」 総長は懐から一本のキーを取り出した。 「それってもしかして!」 総長が投げたキーをハルヒは空中で掴んだ。 「ああ、俺のバイクだ。好きに使ってくれ」 「いやったー!」 そういえばハルヒ、お前バイクに乗れるのか? 「お仲間さんの分もバイクを準備しよう、何台要る?」 「キョン、あんた二輪の免許持ってる?」 おいおい、俺がいつも何で移動してるか知ってるだろ?自転車か徒歩か謎の黒タクシーか公共交通機関だ。 そんなもんねえよ。お前も無免だろうが。 「あたしはいいのよ、乗れるんだから」 無茶な理屈だな。 「ギアのないモーター式の電動バイクだから操作は簡単だ。それに今は対向車も何も走ってないから自転車が乗れれば 運転できるさ。朱雀から逃げるにはバイクがなきゃ話にならねえ」 結局、ハルヒは総長のバイクに乗り、後ろには朝比奈さんがタンデムで。 後は古泉と俺が一台ずつバイクを借りる事になった。 バイクは普通の2輪なのにバランサーとやらのおかげで倒れる事はないらしい。 なるほど、これなら俺でもいけそうだな。 「有希はどっちのバイクの後ろに乗るの?」 長門はじっと俺のほうを見ているが、そのまま何も言わなかった。 これはどんな意思表示なんだろう? 俺のほうに乗りたいのかそれとも古泉の方に乗りたいと伝えたいのか……。 なあ長門、どっちにしろ言葉にしようぜ? 俺のバイクに乗るか? 仕方なく俺が聞いてみると、長門は小さくうなずいた。 もしも聞いたのが俺ではなく、古泉だったとしたらどんなリアクションがあったんだろう? 「東京タワーの北にある図書館なら、目的の部品がある場所がわかるはずです。図書館のサーバーならデータが残っている はずなので、この紙に書いてあるロムを検索してください」 さやかさんからメモを受け取ったハルヒは、さっそくそれを長門に渡した。 やはりパソコン関係は苦手らしい。 「わかったわ、その後はどこにいけばいいの?」 「北東にあるアメ横でロムに合うICボードを探してくれ、商店街の外れにいかがわしい店がある。そこなら扱っているはずだ。 その二つが揃ったら一度ここに戻ってくれ。それまでには装置の調整を終わらせておく」 ハルヒに挑戦的な笑みが浮かぶ。 「すぐに持ってきてあげるから急いでやりなさい? みんな! いくわよ!」 「了解です」 へいへい。 俺達がエンジンをかけるとバイクは浮力を得て、地面から30cm程浮き上がった。 総長の話だとタイヤは急旋回や急制動の時意外は使わないらしい、しかしどんな原理で動いてるんだ? 前の世界のグライダー といい、このバイクといい、現実の世界よりも科学力が進んでいるみたいだな。 「す、涼宮さん。安全運転でお願いします……」 朝比奈さん、そこからは見えないでしょうがハルヒの今の目の輝きを見る限りそれは期待しないほうがいいと思いますよ。 「いっけー!」 急加速で発進したハルヒを追いかけて、俺と古泉も酒場を後にした。 ――ハルヒの後ろを走っていると時々水滴が飛んでくる事があるのだが、多分それは朝比奈さんの涙なのだろう。 荒れ果てた荒野を3台のバイクが疾走する。 俺達のバイクが立てる軽い電子音と風の音がするだけで、街は不気味なほど静まりかえっていた。 ところで先頭を突っ走るハルヒは、目的地に向かっているのだろうか? 海洋世界の時みたいに迷子にならなければいいが。 どこまでも続く廃墟は、俺には全部同じに見える。今のところ、朱雀の姿は見えない。 長門、聞こえるか? 試しに小さな声で話しかけてみると、 「何?」 すぐに返事が返ってきた。 いや……そのなんだか、元気がないみたいだが。 今度は返事が返ってこなかった。 長門? 不安になってミラーを傾けてみると、長門はいつもの無表情で俺の背中にもたれていた。 もしかして体調が悪いのか? 長門、きつかったら総長さんの所で休んでてもいいんだぞ? 今なら戻るのにも時間がかからないし、部品探しにどれだけかかるかわからないからな。 長門の返答を待っていると、俺の体を掴んでいる長門の手に少しだけ力がこもった。 そのまま無言の時間が続く。 ……ん~……なるほどな。 大丈夫なんだな? ミラーの中で長門が小さくうなずく。 本当にきつくなったらすぐに教えろよ? 再び長門がうなずく。 できれば口頭で教えてくれよ? 三度長門がうなずいたのを見て、俺はため息をつきながらも自分の表情が和らぐのを感じた。 多分、長門の体調はそんなに良くないんだろう。 それなのについて来たがる理由に、俺は心当たりがある。 「東京タワーまで戻ってきましたね」 地下鉄の構内を通っただけだったので俺にはわからなかったが、ハルヒの先導は正確だったようだ。 前方に見える赤いタワーは、間違いなく東京タワーだろう。 「……居るわ、朱雀よ!」 ハルヒの言葉に目を凝らすと、東京タワーの入口付近に赤い炎の塊のような物が見える。 ……本当にタワーの前で居座ってやがったのか……。 俺達が近づくのに気づいたのか、それは羽ばたいて灰色の大空に舞い上がった。 ハルヒがスピードを落として3台のバイクが並走する。 朝比奈さんはハルヒにしがみつき、泣きはらした顔は背中に押し付けられていた。 「ここで一旦別れましょう、探し物だから有希が適任よね。キョンは有希を連れてこのまま図書館へ。私と古泉君は朱雀を 引き付けるわよ!」 図書館はタワーの北だったな、目立つ建物だろうからここまでくればなんとかなるだろう。 わかった、そっちは大丈夫なのか? 「ご心配なく。総長さんの話によると朱雀は建物や地下には追ってこないそうです、危険だと感じたら地下鉄へ逃げることに しましょう」 そうか、それならなんとかなりそうだな。 「じゃあ行くわよ!」 嬉しそうにハルヒがグリップを握りスピードを上げる。 「ひぃえええええええ!」 朝比奈さんの悲鳴をBGMにして、ハルヒのバイクは朱雀の前を挑発するように横切り廃墟の隙間へと消えていった。 さっそく朱雀がハルヒを追いかけるように飛び立っていく。 「では僕も向かいます。情報が手に入ったらここに戻ってきてください。ここに僕らが居なければ総長の街で落ち合いましょう」 ああ、ハルヒにもそう伝えてくれ。 風に負けないように大声で叫ぶ。 ウインク一つ残して、古泉のバイクも朱雀の前方に回りこむように加速していった。 ここか……。 図書館は屋根が半分ほど崩れてしまっていたが、なんとか倒壊せずに残っていた。 入口の扉は開いたままで、人の居る気配はない。 朱雀が来た時の為にこのままバイクから降りずに図書館に入ろう。 なだらかな車椅子用の通路を走り、そのままゆっくりと図書館の中へと進んでいった。 建物にはもう電気が来ていないようだったが、屋根が崩れて機能していないおかげでそれなりに遠くまで見渡す事ができる。 とは言っても本を調べるのなら何か明かりが欲しい所だな。 バイクを止めて降りてみると、図書館には何も音を立てる物が無く俺達の動く音だけが静かに響いていた。 長門、さっきの紙には何が書いてあったんだ? 「対朱雀対処装置のOSシステム制御用多層式ロムの形式番号」 聞いた俺がバカだったよ。 ……すまん、俺にはさっぱりなんだが……探せそうか? 長門は一人図書館の受付へと歩いて行った。 俺もそれについて行くと、長門は受付のPCや端末を操作して何やらやっている。 しばらくスイッチやパネルを操作していたが、どうやら駄目らしい。 「非常電源も無反応。電源の確保が必要」 電源か……発電機か何かあればいいのか? 公共施設だし、非常用の発電機はあるかもしれない。 小さくうなずいて、長門は 「電圧は問わない」 とだけ付け加えた。 長門には受付で待つように言い残し、俺は図書館の中を歩きはじめた。 何か本でも読んでいてくれ。そう言った俺に、受付に座った長門は無表情なまま手を振って応えていた。 授乳室、車椅子用のトイレ、視覚障害者用のブース等、流石東京の図書館だけあって色んな設備が揃っている。 施設案内を見つけた俺はさっそく非常用設備について調べてみたが、残念ながらそれらしい物は無かった。 おかしいな、ありそうなんだけど……。 それっぽい場所を探していると、地震でもあったのかたまたま電気が切れた時に開いていたのかエレベーターが開いたまま 止まっていた。 試しに中に入ってみると……お! これはもしかして? 非常用のBOXがパネルの下に設置されていた! ロックを解除してさっそくBOXを開いてみると……。 すまん長門、こんなもんしか見つからなかった。 BOXの中にあったのは乾パンと非常用トイレ、ミネラルウォーターに非常用電灯だけだった。 非常用電灯と言っても乾電池で動くラジオ付き懐中電灯に過ぎない、さすがにこれでは電源にはならないだろう……。 ん? 退屈そうに椅子に座っている長門の視線は乾パンに釘付けになっているようだ。 食べるか? 言っておくが殆ど味は無いぞ。 乾パンを差し出して見ると、意外にも長門はそれを受け取りさっそく食べ始めた。 念の為、乾パンを食べた事が無い人に説明しておこう。 あれは本当に味が無い。 以前、防災訓練で消費期限ぎりぎりの乾パンを食べさせられたがあれは酷かったぞ。果物味のジャムみたいなものが一緒に 入っていればそれなりに食べられるそうなのだが、ここの非常食にはそれは付いていなかった。 しかし長門は一定の速度で、もそもそと乾パンを食べ続けていく。 もしかして、乾パンも慣れたら美味しいってのは本当なのか? 俺は一口食べてみて、すぐに後悔した。 ……お腹空いてたのか? 食べながらうなずく。 水、要るか? 食べながらうなずく。 ミネラルウォーターをあけて渡してやると、一口飲んでテーブルに戻した。 もそもそと乾パンを食べ続ける長門を見ていても、いいアイデアは浮かびそうにない。 ん~……ハルヒ達も呼んで回りを廃墟を探すしかないか。 ……まてよ。確かこのバイクは……。 長門、総長はこのバイクをなんだって言ってた? 「ギアのないモーター式の電動バイク」 やっぱりそうだ! じゃあ、これってバッテリー代わりにならないか? 長門はしばらく硬直した後、小さくうなずいた。 調べてみると、バイクのバッテリーは元々非常用電源として使えるようになっていた。 家庭用の電源でも充電できるようになっていて、放電機能や今回のような非常電源としての使用も想定内らしい。 いけそうか? 無言のままタイピングを続ける長門が、モニターに視線を固定したままうなずく。 ここでの出番が終わった俺は、そんな長門をバイクの上に座って眺めていた。 今の長門の手伝いが出来る人間等、地上のどこを探しても見つからないだろう。 人気が無く静かな建物に絶え間なく長門のタイピングの音と、バイクの静かなモーター音が響いている。 黙っていれば眠気を誘うようなシチュエーションなのだが、俺は長門の行動について思考を巡らせて見た。 ……でもまあ、言わなくてもいい事だよな……。 辿り着いた結論を俺はそのまま心に留めておこうとしたのだが、何故か自然に口は開いていた。 本当、何故なのかわからない。 長門、これは独り言みたいなもんだから聞き流していいんだが……。 俺の言葉に長門は手を休めないまま律儀にうなずいてみせる。 以前、俺がハルヒと変な世界に閉じ込められただろ? 今度は長門の反応がない。 まあ聞き流してくれって言ったのは俺だ、続けよう。 あの時、お前からヒントをもらったチャットでさ。お前、「また、図書館に」って打ったの覚えてるか? 音声を編集したかのようにミスもなく連続していたタイプ音に、僅かな不協和音が混じる。 それまでがあまりにも正確すぎたせいで、その音は俺にもはっきりと聞き取る事ができた。 もしかして俺の推理は正解って事か? 本当は今、結構きついんじゃないのか? 今度はタイプ音に乱れも無く、無反応。 雪山の時、情報連結がどうとかでお前きつそうにしてたもんな。 今度も無反応。 普段より食欲旺盛なのは、雪山の時みたいにならないようにエネルギーを確保してるのか? 無反応。 どうしても、俺と―― 唐突にタイプ音が止まる。 俺と図書館に来たかったのか? そう聞くつもりだった。 お前には何度となく助けてもらってるんだ、俺としては図書館なんていくらでも付き合ってやってもいい。 しかしながら統合思念何とかの指示でもなければこいつは回りに干渉しようとしない、故にハルヒの監視を最優先してきた 万能元文芸部員の苦手な事は「頼みごと」である。 それが俺の推論だ。 時間を凍結させたり物理法則を無視できたりするのに、人に頼れない……まあ長門らしいといえば長門らしいな。 俺の言葉は止まり、今はモーターの音だけが響く図書館の中で長門は静かに立ち上がった。 「目標物の座標位置を確認」 俺を見ないまま長門が呟く、どうやらここでの用事は終わったようだな。 バイクから電源コードを引き抜き、座席の下にあったスペースに収納する。 案内所から戻ってきた長門に ありがとうな。 と言ってみたが、長門は首を左右に振るだけだった。 バイクに乗り、俺の後ろに乗り込む長門はいつもと同じように見える。 言うべきだろうか? 俺は長門に伝えるべきなのかどうかわからない言葉を抱えたまま、モーターの電源を入れた。 静かにバイクは浮上し、地面に積もった埃を舞い上がらせる。 俺はバイクを前進させながら、小さな声で呟いた。 今日は探し物で図書館に来ただけだから、また、図書館に行こうな。 背中に座る長門から返事はない。 さっき調整したままなのでミラーは長門の顔を写しているはずだ。 今、長門はどんな表情をしているのか? 俺はそれが気にならないわけじゃなかったが、ミラーを見ない事にした。 何故かって? そんなもん俺にもわからない。 「あ、遅かったわね」 東京タワーに戻ってみると、そこにはハルヒのバイクが停まっていた。 よほどハルヒの運転は荒かったのだろうな……。 バイクは停まっているのに、朝比奈さんは必死にハルヒの背中の一部になろうと小さくなってくっついたままでいる。 目は閉じたままで、俺達が戻って来た事にも気づいていないようだ。 古泉は? いつものにやけ顔の姿が見えない。 「古泉君は朱雀を引き付けて逃走中よ。朱雀も私には追いつけないって気づいたみたいで古泉君ばっかり追いかけてるの」 ……あいつの事だ、多分わざと速度を落として自分に注意を引き付けているんだろう。 無茶をしてなければいいが。 「キョンが戻ったら先に行くから総長の街で落ち合おうって伝えてあるわ。そっちはどう?アキバはわかった?」 ハルヒの問いに長門がうなずく。 「有希、なんだか機嫌がいいみたいね?」 ありえない事を言うハルヒだが、俺は一応確認してみた。 多少期待していたのだが、俺の後ろに座る対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースは、いつもの無表情を 継続しているようにしか見えない。 「さっきは調子が悪そうに見えたから心配してたのよ。これなら大丈夫そうね、案内して」 ……ハルヒが長門の様子に気づいていたとは意外だな……。 長門はゆっくりと腕を伸ばし、廃墟の一角を指し示す。 「現在地から東へ14ブロック、北へ15ブロック進んだ地点」 すまん、どこまでが1ブロックなんだ? ……俺には廃墟が続いているようにしか見えないんだが……。 「何それ迷いそうね……キョン、有希に聞きながら先に行って。私は後ろをついていくから」 ああ。 ハンドルを切り、長門の指し示す方向へと前進を始める。 「ひっ」 ハルヒのバイクが動き出したのを感じたのだろう、朝比奈さんが可愛い悲鳴を上げた。 ……ゆっくり移動したほうがいいのだろうか、それとも早くこの悪夢を終わらせてあげるべきなのだろうか? 「ちょっと! そんな遅くなくてもついていけるわよ?」 ほとんどぶつかる程真後ろにつけてハルヒが不満そうに言ってくる。 朱雀がいつこっちに来るかもわからないから、仕方ないよな。 俺は朝比奈さんへの罪悪感を拭えないまま、バイクを加速させて廃墟の中を走っていった。 どうやら古泉はよほどうまく朱雀を引き付けてくれているらしいな。 俺達が目的地に着いても、朱雀は俺達の前に現れないでいる。 長門の見つけてくれた目的地はビルの1階にある小さな倉庫だった。この中に目的の部品があるらしい。 「みくるちゃん着いたわよ」 震えながらしがみつく朝比奈さんを揺さぶるが、朝比奈さんはまだ目を閉じたままで震えている。 「ああもう、早く降りなさい!またウィリーするわよ!」 「嫌ですー!」 泣きながら朝比奈さんがバイクから滑り降りた、というか落ちた。 地面に降りても朝比奈さんはまだ泣いている。 朝比奈さん、大丈夫ですか? 「キョン君……怖かったです……」 今度は俺のズボンにしがみついて、朝比奈さんはひっくひっくと泣いている。 「大げさねぇ、別にそんな無茶な運転してないわよ?」 地面と接地していない電動バイクでウィリーなんて十分に無茶だろ、タイヤはあるが普通は使わないって総長が言ってただろうが。 ――倉庫には鍵がかかっていたが、シャッターの一部が壊れて大きく穴が開いていたので楽に侵入できた。 「それで? どの辺にあるの、その部品って」 侵入は楽だったが、倉庫の中は中身が広げられたダンボールがそこら中に転がっていて酷い有様だ。 食料目当てなのかどうかは知らないが、大勢の人がここで何かを探したらしい。 「30センチ四方のダンボール」 長門の説明に該当するダンボールは 「……古泉君も呼んでくればよかったわ」 壁際に山積みで放置されていた、人海戦術しかないらしい。 黙々とダンボールを開けて、長門に見せて確認してもらう。 そんな単純な作業に 「あー! もう! ……朱雀が来てないか確認してくる」 ハルヒが耐えられるわけがないよな。やっぱり。 すたすたと倉庫を出て行き、バイクに乗ったハルヒがシャッターの前を通り過ぎていく。 俺が再びダンボールの開梱に戻ると、 「ついでにみんなにジュースとか探してきてあげるから!」 一応罪悪感を感じていたのだろう。ハルヒのバイクが戻ってきて、それだけ言ってまた走り去っていった。 やれやれ、まあここでぶつぶつ言いながら作業されるよりは数倍ましだな。 朝比奈さんも休んでいてください。俺は図書館で何もしていませんから疲れていませんから。 貴女は精神的に重症のようです。 「ありがとう。でもいいんです、何かしていると落ち着くの」 青い顔に作り笑顔を浮かべてそうは言ってもですね? 貴女のその華奢な手は今も震えているんですよ。 でもまあ無理に休ませる事もできないし、こうなったら俺がさっさと目的の部品を探し出して休憩時間を作るのが一番だな。長門に 見せて首を横に振られたダンボールをはずれの山に投げて、俺は次のダンボールの開梱に移った。 幸いにも目的のアイテムは 「該当」 長門の無感情な声が小さく響き、 「え? あ、これなんですか?」 朝比奈さんが見事引き当てた。 多分、開けたダンボールは全部で100個くらいだろう。まだダンボールの山の半分も開いていない。早めに見つかってよかったよ。 中身は小さな機械の部品のようだった。それが何なのか俺にはさっぱりわからないが、厳重に梱包材に包まれている。 まだハルヒは戻ってきていない、出来る事もないしちょっと休憩できそうだな。 「あの、キョン君。次の目的地へは私が後ろに乗ってもいいですか?」 貴女に深刻そうな顔で見上げられながらお願いされて断われる男なんて、この次元に一人として居ませんよ。きっと。 いいですよ。長門、ここからはハルヒの後ろでいいか? じっと俺を見ていた長門はいつものように頷いた。 ただ、そのタイミングがいつもよりほんの少し遅かったような気がする。 俺は別に長門の専門家じゃないが、こいつのリアクションに関しては第一人者だと自負しているつもりだ。 「長門さん、すみません」 まあ、朝比奈さんが謝る事でもないと思うんですけどね。 「おまたせ~!」 ハルヒの噂をすればハルヒが来る。 そんな諺があったような、なかったような……。 ともかく我等が暴君はコンビニの袋いっぱいのジュースとお菓子を抱えて戻ってきた。 ハルヒ、目的の部品は見つかったぞ。 「え? あ、じゃあ次はなんだっけ?」 あ、そういえば次はなんだったかな。 俺とハルヒが記憶を探っていると、 「北東のアメヨコでICボード探しです」 朝比奈さんが覚えていてくれた。 「そうそれ!古泉君待ってるだろうし休憩はお預けね。さっさとICボードを手に入れて総長の所に戻ってから休みましょう」 そうだな。 さっきから姿が見えないけど、いつ朱雀が来るかわからないから落ち着かない。 俺の後ろに隠れるように立つ朝比奈さんが、小さな力でそっと服を引っ張っている。小さすぎて俺が気づいたのもたまたまって くらいの力だ。 ああ、俺から言えばいいんですね。 ハルヒ。 ハルヒはすでにバイクに戻ってジュースをバイクに押し込んでいる。 「ん? 何」 朝比奈さんと長門が交代だ。 お前の運転にはバイクも悲鳴を上げてるだろうが、それ以前に朝比奈さんが耐えられん。 「なんで?」 う、何でって言われると困るが……。 言い訳を考えている俺の顔をしばらく睨んでいたが、 「……まあいいわ」 不思議な事にハルヒはあっさり承諾した。 嵐の前の静けさと言うべきなのだろうか、ハルヒは妙に大人しかった。 「キョン君、ごめんなさい。自分で言わなきゃいけない事なのに」 いえいえ、お安い御用ですよ。 背中にたわわな柔らかい感触を受けながら、それを意識しないように俺は冷静な運転に努めた。ハルヒの暴走に涙していた 朝比奈さんに、俺が怖い思いをさせたら何のための交代かわからない。 「でも嬉しかったです。気づいてくれて」 毎日美味しいお茶を入れてもらってるんです。これくらいの事でお礼を言われる立場じゃありませんよ。 前方を走るハルヒは目的地へ最短距離で進むかのように悪路を無視して突き進んでいく、俺はなるべく平坦な道を選んで 追いかけていくがハルヒにはそんな意識は無いらしい。 あれじゃあ朝比奈さんが悲鳴をあげるはずだよな……。 ハルヒの後ろに見える長門は、無表情のまま前方を指差している。 すみません、ちょっとだけ速度をあげていいですか? 「はい。大丈夫です」 朝比奈さんが急いで俺にしがみついて、結果背中に感じる感触が強くなったのは不可抗力だ。 嬉しいか嬉しくないかと聞かれれば聞くまでも無いと答えるが、速度を上げたいのには別の訳がある。 ハルヒ! 風に負けないように大声をあげると、ハルヒが少しだけ速度を落としてこちらに顔を向けた。 「何よ。早すぎるとでも言うの?」 結論だけで言えば。 そうだ! 「は~? 根性見せなさいよ!これでもあんたがついてこれるように我慢してるのよ?」 当たり前だ。お前が本気を出したら朱雀でも追いつけないんだろ? 俺がついていける訳ないだろうが。 それはわかってる、でも長門は本調子じゃないんだ。 自分の名前が出て、長門が俺に視線を向けた。 いつものように表情らしい表情は浮かんでいない。 「あ、そっか。ごめんね有希?大丈夫?」 やれやれ。 ハルヒの速度が多少落ちたのを感じて、俺も速度を落としてハルヒの後方に戻った。 「優しいんですね」 後ろから朝比奈さんの声が聞こえる。 朝比奈さん程じゃないですよ。 貴女の優しさで何度となく癒されてきた俺が言うんだから間違いありません。 「そんな事、ないです」 ハルヒが減速してくれたので速度はさっきよりも落ちたのだが、朝比奈さんは何故か強くしがみついたままだった。 迷路のような廃墟の中をぐるぐると回り、複雑に入り組んだ地形を進んでいくと。 「あ、もしかしてあれ?」 建物の影に隠れるように開けた空間に、小さな商店街が見えてきた。 空からは見えないように巧妙な位置に店が立ち並び、人通りも総長の街よりもずっと多い。 俺達はバイクを停めて、さっそく商店街へと入っていった。 「ねえ、ここってアメヨコ?」 商店街の入口近くに居た男にハルヒが話しかけていく。 「そうさ、綺麗なお嬢ちゃん。軍の転売品でバルカン砲のいいのが入ってるよ、安くしとくからお一つどうだい?」 商店街の入口に居た男は、当たり前のように重火器を見せながら笑っている。 営業妨害をして悪いがやめてくれ、こいつなら買いかねないんだ。 「それもいいんだけど、ここにいかがわしい店があるって聞いたんだけど知らない?」 ハルヒの言葉に店の男は目を丸くする。 「なんだ、お嬢ちゃんにはそんな趣味があるのかい。人は見かけによらないねぇ……。もしかして後ろに居るのはお仲間じゃなくて お嬢ちゃんの奴隷だったりしてな」 下衆な声で笑い出す男に、 「そんなとこよ」 ハルヒはあっさり肯定した。 ……誰がお前の奴隷だ、誰が。 店の男の表情が固まる。 ハルヒの言葉には冗談みたいな雰囲気が一切無かったからだろう。俺としてもお前の団員に対する認識については小一時間 問い詰めたい所だ。 店員さんの視線が俺達を順番に通り過ぎていく、疲れた顔の俺、多少元気を取り戻した愛らしい朝比奈さん、人形と変わらない レベルの無表情を誇る長門……。 「で、知ってるの?知らないの?」 「……え?ああ。そこの店の間の奥に通路がある。その先にそんな店はあるよ」 男は呆然としたまま商店の一角を指差す。 「ありがと」 そっけなく礼を言うハルヒに続いて無表情の長門、店員に困った笑顔で会釈して通り過ぎる朝比奈さん。そして諦め顔の俺が 通り過ぎてから。 「世も末だ……あんな若くて綺麗な娘さんが……そんな……」 と男の絶望した声が聞こえてきた。 わかるぜ。俺も朝比奈さんが奴隷にされてたりしたら、間違いなく革命を起こすだろうよ。 「いらっしゃ……」 いかがわしい店は本当にいかがわしかった。 ビルの壁に開いた穴に隠れるように作られ、入口らしい場所には布がかけられ、ここからでは中を覗く事は出来ない。 壁に穴を開けて作られたカウンターだけが外に出ていた。 半裸の女性のポスターがそこら中に張られていて、朝比奈さんの視線を気にして俺は必死に何も無い壁を凝視する。 「キョン君、ここって……えっと何を売ってるお店なんですか?」 本当にわからないらしく、朝比奈さんは無邪気に聞いてくるのだが……すみません朝比奈さん、俺はその言葉に答える事は 自分のイメージを壊さない為に言えないんです。禁則事項なんです。 さ、さぁ……俺にもわかりません。 この辺りだけ妙な香水の匂いが漂っていて、人通りも殆どない。 いかがわしい店の店員はカウンターの前に立つ俺達を見て固まっていた。 来る場所を間違えていないか? その目は間違いなくそう言っている。 「ねえ、ここっていかがわしい店よね」 「あ、ああ」 そう答えるしかないのだろう、店員はうなずく。 「有希、お願い」 狭いカウンターの前に、ハルヒに代わって今度は長門が立った。 店員の目は長門の顔から体へと進み、また顔に戻ってくる。 「なんのようなんだ? ……ま、まさかここで働きたいとかか?」 店員の言葉にはある種の悲壮感が漂っている。意外に良心的な人らしい。 「違うわよ。有希、例の部品」 ハルヒに言われて長門は倉庫で見つけた部品と、さやかさんに渡されたメモをテーブルに置いた。 目のやり場に困るようなチラシの上に置かれたそれは、ケーキの上に直接乗せられた黒板消しのように異彩を放っている。 「対朱雀対処装置のOSシステム制御用多層式ロム、このロムを稼動できるボードの純正品。もしくはそれと同等の性能を持つ 製品を一つ」 長門の言葉は俺には呪文にしか聞こえないが、店員には意味が通じたらしい。 「あんた、いったい……いや、言わないでくれ。俺は何も知らないし聞かなかった。ただこいつをテーブルの上に置いて、どこかに 無くしてしまった。それだけだ」 店員はそれ以上係わり合いになりたくないのか、小さな機械をカウンターに置いて自分は店の中に入っていってしまった。 いったい何を恐れているんだろう? 長門はその部品を手に取りしばらく眺めていた。 「え、ちょっと料金は? ……有希、必要な部品ってそれでよかったの? 違ったら今の店員を引きずり出してくるけど」 まて、お前は中に入るな。入るなら俺が入る。 ハルヒの言葉に長門は部品を見たままうなずく、これでいいらしいな。 とにかくこれで指定された部品は揃った、後は総長の所へ戻るだけだ。 俺達が店から離れようとすると、カウンターの置くから声が聞こえてきた。 「これは独り言だ、だから返事はしないでくれ。朱雀を倒そうって考えてる連中が居るのは知ってる。俺もどちらかといえば そう思ってるさ。でも、生き残った連中の中には、この混乱の中だからこそ美味しい思いをしている奴もいる。……俺の独り言は それだけだ」 その独り言を聞いてから街を出るまで、ハルヒはさっきのがどんな意味なのかを俺に聞いてきた。 この時点ですでに不機嫌だったのは言うまでも無い。 俺はなるべく推測が混じらないように気をつけてハルヒの質問に答えてやったのだが……。 「無事だったんですね! よかった……」 「お帰りをお待ちしていました」 俺達が総長の街に戻ると、酒場の前にはさやかさんと古泉が待ち構えていた。 バイクを停めてハルヒは長門から部品を受け取り、さやかさんの前に進み出る。 「ただいま、そっちの準備はどう?」 その声は明らかに苛立っていた。 「あ、はい。酒場の裏のガレージで兄が……その、最後の調整をしています」 驚いているさやかさんの言葉を最後まで聞かずに、 「ありがと、みんなは酒場で休んでて」 ハルヒはガレージに向かって歩いて行った。 「何かあったんですか?」 古泉もあっけにとられながら聞いてくる。 あれだけあからさまに苛立っているハルヒは久しぶりだ。SOS団設立前以来じゃないか? ちょっとな。 ……あいつが一番嫌う様な事がちょっとな……。 「お任せしてもよろしいですか?」 何をだ、とは聞かねえよ。 お前はともかく、朝比奈さんと長門には面倒をかけたくは無い。 そっちは頼んだ。 俺はうなずく古泉を残して、ガレージに向かった。 「ハルヒちゃん、あんたの気持ちはわかるよ」 「わかるならなんで戦わないのよ!」 ……もう始まってたか……。 俺がガレージの前に行くと、言い争う声が聞こえてきた。 と言っても声を荒げているのはハルヒだけ、総長さんは落ち着いた声だった。 シャッターをくぐると、松葉杖の延長線上のような形の白い機械を前にハルヒが総長さんを睨んでいた。 これが噂の秘密兵器か。 思っていたよりも小さいな、これならば一人で持てるんじゃないか? 「遅いじゃない!」 俺への第一声はそれだった。 お前の指示は「みんなは休んでて」じゃなかったのかよ。 「でもな、あんたが思うほど事は単純じゃないんだ」 「複雑にしてるのはあんたじゃないの?」 いったい何の話をしてるんだ。 「キョン君だったか?あんたからも言ってやってくれ」 総長さんまでその名で呼びますか。 「キョンあんたはどっちの味方なの?!言っておくけど、反逆罪は銃殺だからね!」 なんとなく想像はついているんだが、 その前に説明しろ。何を言い争ってるんだ? ――ハルヒの言い分としてはこうだ。 朱雀のせいでみんな酷い思いをしているんだからみんなで協力して戦えばいいのに、なんでそれに反対するような悪人を 放置するのか? という事らしい。 まあ、ハルヒらしい言い分だ。 総長の意見はというと、 「でもな、ハルヒちゃんが言うその悪人のおかげで生きていられる人も少なくないんだ。俺達が運んでいる救援物資、あれも そいつらから物々交換で手に入れている。もしもそいつらの機嫌を損ねたら飢え死にする人が出るのは間違いないんだよ」 「だったら!」 我慢できずに出来たての秘密兵器に手を突く。 どうやら簡単に壊れるような物ではないらしく、総長さんは落ち着いている。 「だったらそいつらをやっつけて、物資を奪えばいいじゃないの!」 おいおい、何を言い出すかと思えば……。 ハルヒ、総長さんの回りに居る人だけで全部やれってのはどう考えても無理だろ? だがハルヒはそれでも納得できないようだ。 まあな、俺も今の話は納得したくねえよ。 そんな火事場泥棒の顔色を伺わないと生活できないなんて、納得しろって方が無理だ。 俺も、正義の味方が居ないってわかってても居て欲しいって思ってるタイプだからな。 「……どうやらキョン君もハルヒちゃん側の考えらしいな」 俺とハルヒの顔を見て総長さんがため息をつく、その顔には何故か笑顔が浮かんでいた。 その顔を見て俺達が何も言えないでいると、整備を再開しながら総長さんは話し始めた。 「俺には兄貴が居てな? 兄貴と俺はあんたが言うような事をやったんだよ、ずっと前にな。破壊された街から物資を集め、それを 法外な条件で売りつけて儲けてるやつらを相手に思いっきり暴れまわったさ。回りからは英雄呼ばわりされて、俺と兄貴は調子に 乗ってどんどん活動範囲を広げていった。自分達がやってる事が正義だって信じてな」 そこまで言って、総長さんは秘密兵器の下にもぐりこんで顔が見えなくなった。 そのまま下から声がする。 「そいつらは俺達と係わり合いにならない道を選んだ、買い手はいくらでもいるからな。結果、俺達の回りには食料が出回らなく なって大勢の人が飢えに苦しんだ。みんなは俺達を責める側に回った、生きる為に。たとえ正しい事をしたとしても、それによって 苦しんでいる人から見れば俺達は悪人だったんだよ。そんな悪人は……さっきのあんたが言うように、だ」 「あ……」 言葉もない。 総長さんの言葉はハルヒにはかなりショックだったようだ、正直俺もきつい。 正義が人を助けるとは限らないって事か……。 「悪党相手にならいくらでも戦うさ、でも飢えに苦しんでる人を相手には戦えない。仕方なく俺達は逃げ回ってた……そんな中、 兄貴は朱雀にやられちまったよ。残った俺達は、悪党ではなく朱雀を倒そうって決めた。後は前に話した通りさ。警察も軍隊も 倒せなかった朱雀を、暴れるしか能が無い暴走族の俺達が倒す……どうだ、かっこいいだろ?」 俺達がガレージから酒場に戻ると、酒場の中は前と同じ平和な空気が流れていた。 さやかさんは相変わらず笑顔でコーヒーを配り、暴走族の人たちは笑いながら美味くもない乾パンを食べている。外から戻って きた人には笑顔で迎え、でかける人には無事帰れる事を願って送り出す。 朱雀と出会ってしまえば生きて戻れる保障なんてないと承知の上で……。 そんな毎日を、この人達はどれだけの間続けてきたんだろう? 「あ、お帰りなさい。兄さんの様子はどうでした?」 さやかさんが戻ってきた俺とハルヒを見つけて近寄ってくる。 その笑顔が今の俺には辛かった。 「さやかちゃん?」 「はい?」 さやかさんの肩を掴んだハルヒの目には 「絶対……このあたしが絶対に朱雀を倒してあげるから!」 強い決意が篭められていた。 元々声が大きいハルヒが叫んだせいで、酒場の中は急に静まり返り何事かとこちらを見ている。 「涼宮さん」 離れた場所で俺達の帰りを待っていたみんなが不安そうにこちらを見ている。 心配しなくていい、大丈夫だ。 「おいおい、朱雀を倒すの俺だ。お、れ」 いつのまにか後ろに来ていた総長が場の空気を見て明るく繋げる。 「総長!」 「兄さん!じゃあもしかして……」 酒場の視線が総長へと集まる、それを眺めて総長は自信たっぷりに視線を受けながら 「ああ、完成だ。後は例のエネルギーを調達したら稼動できる。みんな待たせたな! いよいよ正念場だ!」 高らかに宣言した。みんなの歓声で狭い酒場がいっぱいになる。 この人は本当に人の上に立つのに向いている人だな。 ついていこう、そう思わせる雰囲気を持っている。 「助けてもらっておいて悪いが、朱雀は譲らねぇぜ?」 冗談っぽく言う総長に、 「じゃあ勝負よ。どっちが先に朱雀を倒すか!」 ハルヒは食って掛かった。 だから大声で勝負とか言い出すなよ。 さっきとは違って、明るい雰囲気で視線がハルヒに集まる。 「よし、受けてたってやる。で、何をかける?」 「そうね……じゃあ」 ゆっくりとハルヒの視線が酒場の中を回っていき……。 借りている――ハルヒは貰ったつもりかもしれないが――総長のバイクを本当にくれとか言いそうだと思っていたが。 「さやかちゃん」 俺の想像など練乳クラスに甘かった。 「へ?」 突然自分の名前が出てきてさやかさんは目を白黒させているが、ハルヒはさやかさんを指差したまま微笑んでいる。 予想外の展開に誰も口を挟めないようだ。 おい、人の妹さんを賭けの対象にするな。 「いいじゃない可愛いんだから。私が勝ったらさやかちゃんをもらうわ。お持ち帰りで」 確かにさやかちゃんは可愛い、ナイスポニーテールだ。だがそれとこれとは話が別だろ? まあ総長さんもこんな条件を飲むはずがないからいいが、 「じゃあ俺はあんただ」 な?! 総長さんは何故か余裕ありげに微笑んでいる。 「俺が朱雀を倒したらあんたはここに残れ。どうだ、受けるかこの勝負?」 総長さん、あんたは常識人だと信じてたのに! 「兄さん馬鹿なことを言わないで?」 「俺は結構本気だぜ?」 さやかさんには取り合わず、総長はじっとハルヒを見つめている。 ハルヒ。 受けるなよ? 俺の視線を気にしながらも、ハルヒは総長から視線を逸らさない。 古泉、以心伝心だったか? 今だけ俺にそれを使わせろ。そんな能力があるかなんて事はどうでもいい。 「いいわ」 おい! ハル「このあたしが負けるはずないもの。その条件、受けてあげるわ!」 俺の言葉を遮ってハルヒは続けた。 さっきから何を言ってるんだお前は! 「よ~し決まりだ、みんな明日は原発に乗り込むぞ!」 総長の声に答える暴走族の人達の声で、俺の苦情など掻き消されてしまった……。 ドアをノックすると、 「はい」 中からは可愛らしい朝比奈さんの声が返ってきた。 俺です、中に居れてもらえますか? あの騒ぎの後、ハルヒは酒場の2階の部屋に早々と戻ってしまっていた。 女性3人が居るはずのその部屋からは朝比奈さんの声以外、物音一つ聞こえない。 「えっと、今は誰も部屋に入れないでって言われてるんです……」 そうですか……。 今からでもいい、総長に勝負を断わってこい。そう言うつもりだったんだが。 「ごめんなさい」 いえ、貴女が謝る事じゃないんです。悪いの間違いなくあの暴走女なんですから。 仕方ない、俺は廊下を挟んだ反対側の部屋に戻った。 「その様子では涼宮さんとは」 ドアの前にすら来なかったよ。 古泉の顔にも困惑が浮かんでいる。 俺もまさかあいつがあんな事を言い出すとは思ってもいなかったさ。 ハルヒはこれはゲームだって思っているんじゃなかったのか? 「涼宮さんと一緒に行動するようになって、自分に少しは予想できない展開への耐性ができていると思っていましたが……甘かった です」 ああ、俺もだ。 まさか自分が対象の賭けを受けるなんてな。 それもコンピ研の時みたいに部活が変わるなんてレベルじゃない、ここに残る? 何を考えてるんだあいつは。 「もしも、ですが」 ベットに座って床を眺めながら、古泉は呟く。 俺の返事を待つ事無く続ける。 「総長が朱雀を倒し、涼宮さんが本当にここに残ると言い出したら。貴方はどうしますか?」 いつもの笑顔も無く古泉が聞いてくる。 ああ、俺もそれを考えていたんだ。 でもいくら考えても答えは出ないでいる。 お前はどうなんだ。 「僕は……どうするんでしょうね。僕の存在意義にもなりつつあるこの能力を考えると、ここに残ろうとするのか……それとも涼宮さん の居ない現実に戻ろうとするのか……」 俺の返事をそれ程期待していなかったのか、古泉はまた床へと視線を落として思考の中へと戻っていった。 まあお前の場合、そんな問題もあるよな。 でも俺の悩みはお前とは少し違う。 いや、お前ももしかしたら同じ事をどこかで考えているかもしれないが……。 ハルヒは、総長の事をどう思ってい「おっまたせー!」 扉を蹴破ってハルヒが部屋に入ってきた時、俺は何か懐かしいものを感じていた。 ……俺が真面目に何か考えるといつもこれだ……。 「はい、キョンはこれ」 ご機嫌なハルヒからあっさりと手渡される重量物。 ……ってお前これは銃だろ? しかも撃ったら肩が抜けそうなこの西部劇で出てきそうなデザインはまさか? 「44マグナム。肩が抜けないように両手で構えて、腰を落として撃ちなさい」 銃を構える仕草でハルヒが腰を落として実演して見せる。 お前どこからこんなもん持ってきた! 俺の指摘を無視して、今度は弾が大量に装てんされたベルトが投げられる。 「酒場の倉庫よ、他にもい~っぱいあったから。あ、古泉君はこれ。もしも近接戦闘があったら困るから剣の一本くらい持っててね」 古泉にはいびつな形の剣が一振り渡された。 「了解しました」 何故か嬉しそうに古泉は剣を受け取り、さっそく抜いて重みを確かめるように型を決めている。 へいへい、似合ってますよ。 「みくるちゃんにはバルカン砲よ! 何かに使えると思って買っておいてよかったわ~」 何かって、何に使うつもりだったんだ。 「あははは……」 凶悪な外見の重火器を持たされた朝比奈さんは、力なく笑っている。 長門が重量をごまかしてるにしても、朝比奈さんにバルカン砲はないだろ……。その薬莢、どうみても直径2cmはあるぞ? 「みんな! よ~く聞いて。い~い? 戦争はずばり火力よ。一気に突撃! 僅かな反撃すら許さず粉砕! 玉砕! 大喝采! これっきゃないわ!」 玉砕したら駄目だろうが。 おい、まさかこのまま朱雀を倒しに行くのか? 「まさか、秘密兵器のエネルギー確保が先よ。場所は地図を持ってきたし、説明書も有希が暗記したって言うから大丈夫!」 ハルヒが指差す先には、ガレージにあった秘密兵器を持つ長門の姿があった。 こいつ、本気だ。 「さあ、明日の朝に出発とか悠長な事を言ってる総長を出し抜いて一気に決着よ!」 だったら静かに入ってこいよ、さっきから騒いでるお前の声で総長に気づかれるだろうが? なんて俺が言った所で聞くような奴じゃないよな……それで? どこに行くんだったっけ。 長門、そのエネルギーがあるってのはどこなんだ? 「原発」 ……え? 俺に聞こえなかったと思ったのだろうか? さっきよりも少しはっきりと 「原発」 そう長門は言い切った。 ……原発に取りに行くエネルギーっていったら――まさか。 深夜の廃墟を3台のバイクが走り抜けていく。 暗い夜のほうが朱雀の姿が目立って安全な気がするが、廃墟の影のせいで死角が多くさっきから気が休まらないでいる。 夜道を照らすフロントライトは最小まで絞ってはいるが、それでもこの暗闇では遠くからでも見つけられるに違いない。 バイクにはハルヒが一人で、古泉の後ろには長門が、俺の後ろには朝比奈さんが乗っている。 「今回は本気で運転するからあたしは一人で乗るわ、みくるちゃんと有希は好きにしていいわよ」 出掛けにハルヒがそう言ったからだ。 それにしても原発か。 俺はさっきまでここが未来の日本だって思ってたけど、流石にそれは無いみたいだな。 いくら政治家が馬鹿な事をするにしても、東京に原発は作らないだろう。 「キョン君、聞こえますか?」 背後から朝比奈さんの声がする。 はい、聞こえてますよ。 真面目な声だ、いったいなんだろう? 「えっと、最悪の事態が起きた時の為に伝えておきたいんです」 なんですか? 急に。 原因不明でゲームの世界に閉じ込められ、成り行きで原発に乗り込む事になった高校生。 これ以上の最悪があるっていうんですか? 「この世界にはイレギュラーな要素はありますが、現実世界と繋がっています」 ……え? すみません、意味がよくわからないんですが。 「えっと、この世界は間違いなく未来の日本です。私が住んでいた時代から見れば過去なんですけど、涼宮さんやキョン君達と 過ごしているあの時代から見たら未来なんです」 それは、つまり……。 ここは異世界じゃないって事ですか? 「はい。他の世界や塔は確かに異世界でしたけど、ここは違います」 それは驚くべき所なんでしょうけど……。でも、原発が東京にあるなんてありえるのか? その、それってつまり……その。 とりあえず原発の話は置いといて、だ。 ぶっちゃけますとですね?俺みたいな一般人からすると、未来の世界も異世界もそんなに違わないんですが。 「ここで私がTPDDを使えば、恐らく元の時代に戻れます」 本当ですか?! 「はい」 なんてことだ、まさかここまで泣きっぱなしだった朝比奈さんがこんなタイミングで救世主になるとは……。 妖精で天使で救世主! 朝比奈さん、貴女に対抗できる物なんてもうこの世にありませんよ! 貴女が神か! 「でも、これは最後の手段なんです。これを使ってしまえば涼宮さんに全てがばれてしまうかもしれませんから」 う、それは確かに……。 誤魔化すのは難しいでしょうね。 もしここで俺達が過ごしていた時間まで遡ったとしてもだ、俺達は東京に戻る事になる。 ゲームセンターで遊んでいたら、いつの間にか東京に居た。 ……ここまでくると、言い訳しろって方が無理だろう。 せっかく現実に戻れても、今度は古泉の言っていた「非現実が現実と入れ替わった世界」が訪れるかもしれないって事だよな……。 「ですから。みんなの身に危険が迫った時にだけ、私はTPDDを使おうと思います」 俺は朝比奈さんに何て答えればいいのかわからなかった。 SOS団の中に居て、俺だけが特別な力を持っていない。 それは俺が一般人であるという証明で誇りでもあったんだが、今はそれが悔しかった。 「ごめんなさい。キョン君にこんな話を伝えても困らせるだけなのに……」 朝比奈さん、そんな事ありませんよ? 貴女が居るからこそ、俺はハルヒの暴走に耐えられているようなもんです。 俺には出切る事がない、そう決め付けるのはまだ早い。 きっと何かあるはずなんだ。 長門を乗せた古泉のバイクが地下鉄に降りていく。 その後ろに続いていくと、そこは廃線なのか作りかけなのかわからないが線路が所々かけた線路が続いていた。 無言のまま走り続けていくと、やがて古泉のバイクが緩やかに速度を落とし止まった。 線路の脇にある退避穴からさらに地下へと続く道が伸びている。 「ここなの?」 ハルヒの問いに長門は静かにうなずく。再び古泉が先頭で、地下へと進んでいった。 下水道という看板を途中で見かけた時から匂いを覚悟していたんだが、以外にも通路からは埃と淀んだ空気の匂いがするだけで 特に異臭はなかった。 緊張のせいだろうか、さっきから誰も口を開かない。 そんな中俺達の沈黙を破ったのは、 「……今の!」 ハルヒがスピードを緩めずに声をあげる、俺にも聞こえた今のは 「銃声」 長門が冷静に答えてくれた。 さらに銃撃音、爆発音が通路の先から続く。かなり奥からその音は聞こえてくるようだ。 俺達以外に、こんな場所に乗り込むなんて大馬鹿野郎の心当たりは一人しかいない。 「みんな、急いで!」 その声には、先を越されるといった焦りはなかった。 もしかしてハルヒは、抜け駆けをしようとしたのは勝負に勝つためじゃなくて……。 ハルヒの声に答えるように、長門を乗せた古泉は狭い通路を限界まで飛ばして進んでいった。 「遅かったじゃないか。これが例の物だ」 俺達はなんの障害も無く、原発の最深部まであっさり辿り着いた。 それもそのはずだ、ここまでの通路を全部準備してくれていた人が居たんだからな。 「総長」 血まみれで扉の前で壁にもたれてうずくまった総長は、最後に酒場で見せてくれた笑顔のままでタバコを口にくわえていた。 足元には血で汚れた小さな機械が置かれていて、扉の向こうにはガラクタと化した兵器が転がっている。 総長の体はタバコを持つ右手以外は無事な場所を探すほうが難しいくらい血まみれで、何故笑っていられるのか想像もつかない。 「あんた……ばっかじゃないの!」 吐き捨てるように叫んでからハルヒはしゃがみこみ総長の襟を掴んだが、驚いた顔でその手をすぐに離す。 ハルヒの手は、血に染まっていた。 「あ~……タバコ、さやかに辞めろって言われてたんだった。しまったな……」 少し寂しそうに総長はタバコを大きく吸ってから、床にタバコを押し付けて火を消した。 「なんで? 私達なら無事にここまでこれたかもしれないじゃない! なんで一人で無茶したのよ!」 ……ハルヒ、総長はお前と同じ事を考えてたんだろうよ? お前が総長達に危険な事をさせたくなくて抜け駆けを考えた様に、総長も俺達の事を思って……。 「賭け、負けちまったな」 総長は右手だけで自分の頭に巻かれた鉢巻を外すと、そのままハルヒに差し出した。 「こいつをさやかに渡してくれ、それであいつはわかるはずだ。それと……もしもあんたも朱雀を倒せなかった時には、悪いが 本当にあいつを一緒に連れて行ってやってくれないか?」 震える手で鉢巻を差し出したまま総長は笑っているが、ハルヒはそれを受け取らないまま総長の前に立っていた。 しばらく無言の時間が流れてから、ハルヒはそっと鉢巻を手に取る。 「妹を……頼む」 言葉が途切れるのと同時に総長の体が床に倒れる、俺の腕を痛いほどに掴んで朝比奈さんが声を殺して泣いていた。 ……最後まで、かっこつけすぎだろ? 協力して朱雀に勝って、みんな笑顔で別れる。そんな未来だってあっただろうに! 「有希……装置はこれで動くの?」 掠れた声でハルヒが呟く。 誰の方も向かずに、前方の壁を見つめたままで。 「……稼動確認、朱雀用バリア消去装置イレイサー99。完成」 総長が手に入れてくれた部品を組み込み、長門が完成した秘密兵器を手に取り答えた。 「わかったわ」 ハルヒは静かに自分の頭にあったリボンを取り動かなくなった総長の腕の上にそれを落とすと、総長の鉢巻を代わりに巻いた。 鉢巻に染込んでいた総長の血が髪に滲み、額を伝ってハルヒの顔を流れていく。 俺達の顔を見る事無く、ハルヒは通路を戻って行った。 おい……まさか! 俺達が原発から総長の街に戻ろうと廃墟を走っていると、前方から廃墟の向こうに赤い光と煙が見えてきた。 嫌な予感がして胸が締め付けられるようで気持ちが悪い、何かの間違いだよな? 火事か何かだよな? 夜が明けたら原発に行くからって、調子に乗った誰かが馬鹿をやってるだけなんだよな? 俺は後ろに居る朝比奈さんに気を使う事も忘れて、急加速して街へと急ぐ。 ハルヒと古泉も同じように加速していた。 廃墟を超えた先に見えてきたのは、飛び去っていく朱雀の姿。 そして、炎に包まれて崩れ落ちようとしている総長の酒場だった。 古泉! 停めろ! 俺は朝比奈さんに酒場が見えないように向きを変えてバイクを停めた。 急いで飛び降りて朝比奈さんの手を取り、降りてもらう。 「キョン君?」 何故ここで降ろされるのか朝比奈さんにはわからないみたいだ。 それでいい、それでいいんだ! 朝比奈さんは長門とここに居てください。 俺の前を走っていた古泉が戻ってきた、どうやら俺が言いたいことはわかっているらしい。 長門、ここで朝比奈さんと待っててくれ。俺は古泉の後ろに乗って様子を見てくる。俺のバイクを置いていくから何かあったら これで逃げろ。 俺の顔を見て長門はうなずく。 長門はこの先に広がっているであろう物を見ても、顔色一つ変えないかもしれない。 でも、俺は長門にそんな物を見て欲しくないんだ。 「すみません、涼宮さんは先に行ってしまいました、急ぎましょう」 誰が止めたとしても、あいつは行っただろうさ。 わかった。 俺は古泉のバイクに飛び乗ると、バイクは燃え盛る酒場へ向かって一気に加速していった。 「……完成したのか? あれは……」 酒場の周りには暴走族のみんなが倒れていた。 俺と古泉で急いで確認したが、その殆どがすでに息絶えてしまっている。 ただ一人の生き残っていたその男も虫の息だ。 「しっかりしなさい! イレイサー99は完成したわ、朱雀なんてあたしがすぐに片付けてくるから!」 ハルヒが揺さぶりながら大声を出す。 俺はそれを止める事もできずに、ハルヒを見守っていた。 「……そ、その鉢巻……」 男がハルヒの頭に巻かれた鉢巻を見て目を見開く。 「さやかさんが……新宿のビルに……」 それだけ言って、男は息絶えた。 生き残っていた男以外は、銃や刃物かわからないが無残な程に痛めつけられていた。 多分、俺達へのメッセンジャーとして一人だけ止めを刺さなかったんだろう。 ハルヒ。 「何」 倒れている人の中にさやかさんは居なかった。 多分、俺達を罠にかけるために連れて行ったんだろう。 「……そう」 酒場に居た人数からすると、半分くらいの人はここには居ない。 「……」 泣くなハルヒ、まだ終わりじゃねぇ。 仇を取るぞ。 ハルヒは動かなくなった男を見つめながらうなずいた。 ご丁寧な案内だな。 俺達が長門の先導で新宿区へ向かっていると、廃墟の中に一つだけ煌々と照明が付けられたビルが見えてきた。 これが罠でなくて何が罠なんだって感じだ。 ビルの入口は開いたままだが、わざとらしく瓦礫が置かれているのでバイクのままでは侵入できそうにない。 ここからは歩きか。 俺が速度を緩めてバイクを停めようとすると、ハルヒはバイクに乗ったままでバルカン砲を入口に向かって構えた。 ……今日ばかりは付き合ってやるよ。 朝比奈さん、しばらくの間耳を塞いでいてください。 後ろに座る朝比奈さんに言ってから、俺も荷物から朝比奈さんのバルカン砲を取り出し照準を入口付近に向ける。 数秒後、激しい銃撃音が真夜中の廃墟に響き渡っていった。 俺達がビルの中に入っても、銃弾の雨も爆発も起こらなかった。 よくきたな! などという声が聞こえることも無く、誰かの視線すら感じない。 「下に来い。という事でしょうね」 わざとらしく下りのエスカレーターにだけ電源が入っている。 退路を断って、確実に仕留めたいって所だろうか? ハルヒがバイクのままエスカレーターに向かうのを見て、俺達もそれに続いた。 そのまま待ち伏せを受ける事も無くビルから繋がった地下街まできてしまった。店はシャッターが閉まっていたり壊されていたり するが、人の気配はしない。 ここからどこへ行けって言うんだ? 「バイクを停めて!」 言いながらハルヒが自分のバイクの電源を切る、俺と古泉も慌てて電源を切った。 音を出す物が一つもなくなり、耳鳴りのような音が鳴り出す。 いったいなにがあるんだ? と聞こうとする俺を腕で制して、ハルヒは顔を伏せて耳を澄ます。 ……耳に流れるノイズ音。 それに混ざるようなこの音は……。 「地下鉄の非常ベル!」 ハルヒはバイクのキーを回してモーターを起動させると、その場で急旋回して走り出した。 ベルの音を頼りに走り続けると地下街のさらに下、地下鉄の改札の先からベルの音は聞こえているようだった。 バイクのまま改札を乗り越えていくと、地下鉄がホームに停まっているのが見えてくる。 柱の一つに赤く点滅を繰り返す非常ベルを見つけた俺達は、とりあえず復旧ボタンを押した。 大音量で流れていたベルが止まり、ホームは急な静けさに包まれる。 ベルが止まるのを待っていたかのように、地下鉄の扉が一斉に開きだした。 扉の向こうの車内には誰も乗っていない。 「乗れって事ね」 俺達が車内に乗り込むと、自然にドアは閉まり地下鉄はゆっくりと走り始めた。 さて、どこへ連れて行こうとしているのかね……。 これからどうする? 俺達を誘導している誰かは、相変わらず何も言ってこないでいる。 「先頭車両まで行ってみましょう、誰か運転席に居るかもしれないわ」 それしかないな、無人かもしれないが進路が見えないのは不安だ。 古泉がさっそく前の車両へと走り始める。 「急ぎましょう、もしもこの路線が途中で途絶えていたら大変な事になります。非常ブレーキを押さえておいたほうがいいでしょう」 それは確かに笑えない、俺達は先頭車両へと急いだ。 連結部の扉を何回開けただろうか、揺れる不安定な車内を走っていくとついに先頭車両へと辿り着いた。 「誰も居ないわね」 運転席には朱雀どころか誰の姿も無かった。 前方にはトンネルの闇が続いているだけで、他には何も見えない。 運転席は手狭で、俺と古泉が入っただけで一杯になってしまった。 非常ブレーキは……これか。 非常用というだけあって、わかりやすい場所にそのボタンはあった。 問題はこのボタンを押すべきか、押すならいつ押すのかって事だよな……。 「どこかに線路を照らす照明のボタンはありませんか?」 コンソールの中にそれらしいものは……だめだ、わからん。 「適当に押してみればいいじゃない」 焦れてきたのかハルヒが口を出してくる。 あのなぁ……壊れたらどうするんだ? 「非常ブレーキはわかってるんでしょ?じゃあ他のボタンは押しても大丈夫よ。非常ブレーキを2つもつけたりしないだろうし、 押したら壊れるボタンなんて簡単に押せる場所にあるはずないわ」 む、説得力があるな……。 「言われてみるとそうですね」 古泉はさっそく適当にスイッチを入れていく、すると運転席が明るくなったり車内のエアコンが動き出したりしはじめた。 俺もやってみるか。 さっそく俺が手近な所にあった紐を引いてみると、プワーン! という警笛がトンネルの中を埋め尽くした。 「きゃあ!」 「バカキョン!」 ん? 今、ハルヒの怒声に混じって聞こえたのは……。 「今のみくるちゃん?」 「ち、違います!」 驚いた顔で朝比奈さんが首を振る、でも今のは確かに女の子の声だった。 長門か? 「なわけないでしょう」 即答でハルヒに否定された。 一応長門の顔を見てみたが、さっきの悲鳴とその顔はどうしても結びつかなかった。 「僕の真上から今の声は聞こえましたよ」 古泉は運転席の真上を見ながら指差す、ということは……。 古泉の剣で電車の連結部のカバーを切り裂くと、車内に入り込む風はかなりのものだった。 これは俺と古泉で行くしかないな……。 朝比奈さんは運転席に居てください。いざと言う時には非常ブレーキをお願いします。 「はい」 大人しく朝比奈さんはうなずく、さて残りの2人はどうしたもんだろうか……。 俺の表情から何を言おうとしたのかわかったのだろう、 「あたしは行くわよ、このくらいは平気」 言うと思ったよ。 じゃあ俺と古泉が様子を見てくるから、それまで待ってろ。 「なんでよ!」 危ないからだ。 なんて言って聞く相手じゃないな……。 車内に朱雀が隠れてたら、誰が朝比奈さんを守るんだ? 「有希が居るわ。有希、みくるちゃんを頼むわよ」 イレイサー99を持った長門は、ハルヒを見てうなずいた。 ……仕方ない、3人で行くか。 一人ずつ順番に電車の上に上がり最後に武器を受け取って、俺達は声が聞こえた運転席の上を目指して進み始めた。 「気をつけてくださいね!」 武器を手渡しながら心配そうに見上げていた朝比奈さんの笑顔が、俺を勇気付けたのは言うまでも無い。 それにしても、外国映画のようにトンネルの中を走る電車の上を走るってのは人間には無理な話だな。 風に飛ばされないように伏せながら、少しずつ進むのが精一杯だ。片手には武器を持っているのでさらに動きにくい。 先頭に近づくと、車内から漏れた光で誰かがそこに座っているのが見えてくる。 「さやかさんですか!」 トンネルを走る地下鉄に負けないように叫ぶと、 「キョンさんですか? さやかです!」 すぐに返事は返ってきた。 すぐにそこまで行きます! それから数分かけて、ようやく俺達はさやかさんの元まで辿り着いた。 さやかさんを縛っていたロープを解く、見た感じ怪我はないようだが……。 大丈夫ですか? 怪我はないですか? 「はい、私は大丈夫です」 意外にも、さやかさんの声は元気そうだった。 いくらなんでもおかしい。 わざわざメッセンジャーを残し、ビルの地下まで誘導しておいてあっさり人質を返す……。 いったい朱雀は何を考えているんだ? 「とりあえず下に降りましょう、ここは危ないですから」 「キョン前!」 ハルヒの声に俺が急いで前を見ると、トンネルの出口なのだろう、小さな白い光が見えていてその光を遮るように赤い何かが そこに居る。 見覚えのある不自然な形に燃える炎。 朱雀。 待ち伏せしてやがったのか! トンネルの中じゃ逃げ場はないし、ここで非常ブレーキを押してもバイクまで走って戻っている時間なんてない。 「ここで戦うしかないわ!」 ハルヒは中腰で嬉しそうにバルカン砲を構えるが、バリアはまだ無効化できていないんだ。 長門! 聞こえるか? 俺は下にいるはずの長門に向かって叫んだ。 見えてるか? 前方に朱雀が居るんだ! 聞こえてたらイレイサー99を使ってくれ! 果たして俺の声は届いたのだろうか? というか、イレイサー99ってのは射程距離はどのくらいあるんだろうか? 俺が不安になり、もう一度叫ぼうか迷っていると、耳を劈くような轟音を立てて青白い光がトンネルを一瞬で埋めた。 圧力を感じるほどに音と光が溢れて、耐えられず俺は目を閉じる。 何秒ほどそうしていただろうか? 急に風圧が弱まって、広い空間に出た気配がする。 俺が恐る恐る目を開けると視界には廃墟の街が広がっていて、すでに電車は地下鉄のトンネルを抜けていた。 いつの間にか昇っていた太陽によって、廃墟の町は朝焼けに照らされている。 朱雀は……まさか撥ねてしまったのか? それならそれでもいいんだが。 俺は火の鳥の姿を探して回りを見回したが、それらしい姿はどこにも見えない。 崩れたビル、驚いた顔のさやかさん、壊れた橋、何故か仁王立ちで笑顔のハルヒ、溶けたアスファルト、俺と同じように回りを 見回している古泉、大きな鳥、灰色の空、どこまでも続く線路……。 ――大きな鳥? もう一度見直してみると、ふらふらと飛んでいるのは炎こそ消えてしまったが灰色の空を旋回する朱雀の姿だった。 小さな金属音を立てて、ハルヒの持つバルカン砲の安全装置が外れる。 「さやかちゃん。お兄さんの仇、とってあげるからね」 ハルヒが空を舞う朱雀に照準を合わせる。 「え、仇って……あ」 さやかさんは、ハルヒの額に巻かれた赤い鉢巻に気づいたようだ。 そのまま何も言わずにじっとハルヒの顔を見ている。 朱雀が方向を修正し、こちらにまっすぐ向かってくるのを見てからハルヒは引き金を引いた。耳を塞ぎたくなるような轟音、そして バルカン砲から次々と雨のように銃弾が打ち出され、廃莢が電車の上を跳ね回る。武器でありバリアでもあった炎を失った朱雀は 鉄の塊に次々と打ち抜かれ、俺達に近づくことも出来ないまま落下していく。 ――自らの世界を壊そうとした最強の四天王、朱雀の最後はそんなあっけないものだった。 乾いた風が線路の上を吹き抜ける。 レールの間を歩く足音は二つ、一つは俺でもう一つは なんでお前が来たんだ? 「別に。いいじゃない」 ハルヒだった。 あの後、電車を止めたものの塔まで戻る方法もなく、仕方なくバイクを取りに線路を戻っている所だ。 ご都合主義って奴が使える漫画の中ならボスを倒した俺達はもう塔の前に居てもいいと思うんだが、現実って奴は意外と厳しい。 だからといって全員で取りに戻っても仕方ないから、 「キョン、バイク取りに行ってきて」 と、言われたのはいつもの事だったからまあいい。 長門や朝比奈さんにこんな事は頼めないし、となれば俺と古泉しかいないだろう。2人で2台持ち帰れば、地下鉄まで2往復で済む。 そう考えた俺は古泉に声をかけようと思ったのだが、 「私も行くから」 意外にもハルヒはこの面倒な役割に立候補した。 もしかして、さやかさんに色々聞かれるのが辛いからその場を離れたかったのだろうか?とも考えたが何か違う気がするんだよな。 ハルヒはレールの上で器用にバランスを取りながら、俺の前をのんびりと歩いている。 なんというか……都市世界に来てからのハルヒは大人しいな。 「ねえ」 前を見たままハルヒが聞いてきた。 ん。 「なんか……あんた都市世界に来てから変じゃない?」 おいおい、変なのはお前だろ?と、言いたいが……俺も変なのか? そうか? 「そうよ」 レールから降りて、足元の石を蹴りながらハルヒはつまらなそうにそう言った。 どこが変なんだ? ここで会話が途切れるのもなんなので聞いてみたのだが、 「なんか……やっぱなんでもない」 それっきり、ハルヒは地下鉄のトンネルに入るまで何も喋らなかった。 「真っ暗……」 トンネルだからな、足元に気をつけろよ。 地下鉄のトンネルに入ってからは俺が先に歩くことになった。 入口付近は外からの明かりで多少明るかったが、すぐに真っ暗で自分の手元すら見えなくなる。 足の裏に感じるレールの敷板の感覚だけが全てだ。 光が無くなってすぐ、背中にハルヒの頭らしい物がぶつかってくる。 足を踏んでしまわないようにペースを変えて歩いていたんだが、どうやらハルヒが躓いたらしいな。 「ちょっとキョン、なんであんたは普通に歩けるのよ!」 ん? ああ、ちょっとしたコツがあるんだよ。 夏休みのたびに田舎へ行っている俺だが、幼少期の頃にそこでみつけた廃線になったトンネルは格好の遊び場だった。 真っ暗なトンネルの向こうには人気の無い林が広がっていて、まるで別の世界に来てしまったような気がした俺はそのトンネルを 自分だけの秘密の場所にした。 そういえばもう何年も行ってないな……。 来年はあの場所を妹にでも教えてやるとしよう、あれは子供だけの場所だ。 「どんなコツなの?」 夏の匂いがする記憶の中から呼び戻される。 ん~……でもこれは男にしか理解できない感覚な気もするんだよな。 言語では概念を説明出来ない。 長門風に言えばそんな感じだ。 「何よそれ」 俺の背中にハルヒの手が当たる、手はそのまま横にずれて服の端を掴んで落ち着いたようだ。 怖いなら手を握ってやろうか? 「バカ」 まあ、そう答えるとは思ったさ。 それに手を繋いで縦に並んで歩くのはかなり難しい。 ハルヒ。 「何よ?」 レールが左に少し曲がっていくから気をつけろ。 転んだら怪我するぞ。俺は過去にした。 「え、嘘。あ、うんわかった」 地下鉄のホームまで後どのくらいあるんだろうな。 走るって訳にはいかないから、のんびり行くしかないが。 「ねえ、キョン」 ん? 暗闇の中では会話くらいしかする事がない。 「このゲームって後は、阿修羅ってラスボスを倒して終わりなのよね」 そうらしいな。 倒せればいいんだがな、倒せずに全滅して終わりじゃない事を祈ろう。 「そっか……長かった気もするけど、あっという間だった気もするわ」 そうだな。 都市世界は長かったが、それでもまだゲームを始めて5時間くらいしか経っていないはずだ。 「私ね? 自分が不思議な世界に憧れてると思ってた」 そうだと思ってたよ。 公言もしてたしな。 「でもね、このゲームの中でいっぱい冒険してるのに……なんか違うのよね」 そうか? 「うん。今までずっと求めてた物の一つはこんな世界、それは間違いないのよ。でも何かが違う……そんな感じ」 楽しそうなのに、時々変にいらいらしてたのはそのせいか。 これがゲームで、現実じゃないからじゃないか? お前にとっては、だが。 「そうなのかな……うん、そうかも」 不思議な世界なんて実はこんな程度しか面白くないんだよ、そう言ってしまった方がよかったんだろうか? もしもその言葉をハルヒが納得してしまえば、元の世界に戻っても不思議を求めて暴走する事もなくなったのかもしれない。 ハルヒが大人の階段を登るチャンス、だったのかもな。 でも俺はこれがゲームだから、と誤魔化してしまった。 俺はハルヒが今まで望んできた物を、こんな形で価値の無い物にしたくなかったんだ。 ゲームには製作者が決めた結末があるけれど、現実には予測された結末なんて無い。 だから面白い、そうだろ? 「あ、見えてきた!」 実は目を閉じて歩いていた俺も目を開けてみると、遠くにホームの照明が見えていた。 どのくらい歩いていたのか思い出せない、暗闇だと時間の感覚がなくなるってのは本当だな。 「キョン」 ん? 「あんたはどうなの?」 主語がないぞ。 何がだ。 「あんたは楽しい? このゲーム」 ……空中世界までは楽しかったさ。 ……それなりにな。でも総長は助けたかったし酒場のみんなの事も悔いが残ってる……。 「そうね……ゲームだから、なんて割り切れなかったわ」 そうだな。 しかも朝比奈さんによればここは未来の世界、つまり俺達の世界はいつか本当に朱雀に襲われて壊滅するって事だ。 それは何年先の事なのかわからない、俺が生きている間の事なのかどうかすらな。 もしも、だ。 俺達がこうしてSOS団として活動を続けている間に朱雀が現れたら、ハルヒはどうするだろうか? 朱雀の名前も、東京が壊滅する事もゲームの出来事とはいえハルヒは知ってしまっている。 そうなれば現実世界でも朱雀を倒しに……あ、行かないのか? もしも現実でも朱雀に挑んでいくのなら、俺達とどこかであってるだろうから、やはりこの世界は俺達が過ごしている時代よりも ずっと先の事になるのか? 駄目だ、混乱してきた。 こんな面倒な事は後で古泉にでも押し付ければいいか。 「みんなきっと待ちくたびれてるわね、急ぎましょ」 光に向かって走っていくハルヒを見て小さくため息をつき、俺も追いかけて走り始めた。 俺達がバイクで電車まで戻ると、そこには暴走族の生き残りがすでに集まってきていた。 さやかさんを中心に泣いたり笑ったりしている。あ、朝比奈さんも泣いてる。 「なんだ、バイク取りに行かなくてもよかったのね」 まあ移動手段としてはな。 でもお前のバイクは総長さんの遺品でもあるんだから意味はあったと思うぜ? 「あ、涼宮さん! これをどうぞ」 さやかさんが赤く光る石を差し出してくる。 「これってクリスタル?」 さっそく手にとって日にかざし、赤い光がハルヒの顔を照らしている。 「はい、朱雀のそばに落ちていたそうです」 あぶないあぶない、朱雀を倒して完全に終わりだと思ってたよ。 俺達はクリスタルを手に入れるために来たんだったな。 「ありがと、遠慮なく頂くわ……。代わりにはい、これ」 ハルヒは総長さんが外した時と同じように片手で鉢巻を外し、さやかさんに手渡した。 さやかさんは鉢巻を受け取り、懐かしそうな目でじっと見ている。 「で、どうする?」 吹っ切れたように明るい声でハルヒが聞きはじめた。 「え?何がですか?」 心当たりの無いさやかさんはおどおどしているが、 「私達と一緒に行く? それともここに残る?」 ああ、その話か。 総長さんは、朱雀を倒せなかったら一緒に連れて行ってやってくれって言ってたが……。 「……残ります」 きっぱりと、さやかさんは言い切った。 「本当にいいの? まだまだこの世界は危険よ~?」 さやかさんの顔を覗き込みながらハルヒは食い下がったが、さやかさんの表情に迷いは無かった。 「大丈夫! だって、私2代目総長だもん!! ね? みんな!」 さやかさんの声に合わせて暴走族のメンバーが歓声を上げる。 これならきっと大丈夫だな。 諦めろ、ハルヒ。 俺が言うまでも無く、雰囲気に呑まれたハルヒもさやかさんをお持ち帰りするのは諦めたらしい。 これで集まったクリスタルは4つ。 いよいよラスボスか……。 阿修羅……いったいどんな奴なんだろう? 世界の真ん中に立つ塔は 楽園に通じているという 遥かな楽園を夢見て 多くの者達が この塔の秘密に挑んで行った だが、彼らの運命を 知る者はない 涼宮ハルヒの欲望Ⅳ ~終わり~ 涼宮ハルヒの欲望Ⅴへ その他の作品
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/804.html
(この話は長編・「Another Story」の設定を遵守しています) 秋…。盛大な十五夜の団子パーティから1ヶ月が経ち、 ようやく持って夏は列島から去っていったらしかった。 確かに熱くてかなわなかったが、この身体ごとどっかに持って行かれそうになる 冷たさを含んだ風はどうにも苦手だ。矛盾してるねぇ。 深い緑はすっかり赤、あるいは黄色に変わって、 この通学路も売れない画家の絵くらいには様になってるんじゃないかって風情がある。 今日も健気にその絵の中の通行人Aと化している俺だったが、 まぁ、なんだろうね。しばらくは何にもなかったし、まさにそれがゆえ、 そろそろ何かしら発生しなければおかしいのではと考えてしまうのは もはや職業病、いや、団員病か?そんなものがあればの話だが…。 教室では文化祭の話もちらほら出始めているが、 なんせやる気のないうちのクラスのこと、本格的に動き出すのはもうちょっと 先のことじゃないかね…などと思いつつ、俺は40過ぎの中堅サラリーマンよろしく よっこいしょといつもの席に腰を下ろす。 窓を開ければ涼しい風が吹いてくるので、もうノートを団扇代わりにする必要もない。 1週間後は中間テストだったが、一瞬思い当たった直後に俺はそのことについての思考を放棄した。 「ねぇねぇ、文化祭でうちのクラスは何をやるのかしら?」 後ろの女、涼宮ハルヒは、シャーペン攻撃と同時に俺の後頭部に言葉を投げた。 「さぁな、このクラスのことだ、出来上がるものもたかが知れてるんじゃないか」 まぁ、うちのクラスに限らず、しょぼい公立高校の文化祭の出しもののアベレージなど、 わざわざここで行数を裂いて語るまでもないね。 だが…このクラスがもし全く無気力なままに文化祭を向かえようとしたら、 それはそれで困った事態になるような予感もしているんだ。 きっと失望したハルヒは、次の瞬間「私たちで何か出し物をすればいいのよ!」とか 言い出すに決まって… 「SOS団でも何かやらない手はないわよね!」 俺がモノローグを終えるまでもなくハルヒは予測を見事に実行してくれた。 もしこの世にハルヒダービーなるものがあれば大賭けの大儲けできるだろうね。 そんなもんが存在した日にはこの世の終わりもいよいよ近いだろうが。 ってなわけで放課後だ。 俺は古泉とまわり将棋をしていた。 おおむね俺が勝っていて、これはまぁいつものことなので特筆すべき点もない。 朝比奈さんは最近紅茶に凝りだしたようで、かつて湯飲みを満たしていた 緑色の液体は、この山の木々と連動するかのように、今は朱色になっていた。 俺としては、今までどおり緑茶であった方がよかったのだが…。 長門は季節が秋になったことに伴って…なのかは分からないが、 読書の秋と脳内プログラムの一行目にコードが書いてあるかのごとく、 普段の倍近い量の(これは俺の感覚測でしかないが)ページを繰っていた。 で、団長様であるが、放課からかれこれ1時間ほど姿を見せない。 同じクラスではあるものの、一緒に部室に行く、なんて 鳥肌の立つ行動をすることは滅多になく、大抵はどちらかが掃除当番だったり、 何かしら思いつきの準備に奔走していたり…まぁそのどっちかの理由で、 俺とハルヒが同時にここの扉をくぐることは少ないのだった。うん。そうなんだよ。 ハルヒが扉を開ける時は、大抵威勢よくバーンと音響がするが、 驚くべき事にかちゃりとノブがひねられ、しずしずと歩を進めてきた。 いや、別に落ち込んだ様子があるわけではない…ように見える。 「さて、今日も部室の掃除をしなくちゃ」 第一声。誰の?分からないか?まぁ無理もないか…。 俺は驚きの連続で、それは他の団員も同じらしかった。 古泉は微笑顔がこころなしか強張っている気がしたし、 朝比奈さんはきょとんとして大きな愛らしい瞳をぱちくりしていたし、 長門ですら先ほどの倍速読書を通常ペースくらいには速度を落として、 目の端でどこかおかしいこの人物を見ているようだった。 さて、無意味に引っ張りすぎたね。そう、つまり、ハルヒが入ってきて早々に 箒片手に掃除を始めやがった。部室の。なぜだ?今まで一度でもそんなことがあったか? 「ふんふんふーん、ふふふふふん♪」 にこやかに笑いながらハミング…しているこいつの行為は、 普段なら朝比奈さんの通常業務で、それはすなわちハルヒは決して自分ではやらないことであり、 簡単に言ってしまえば雑用だった。時によっては俺の役目でもある。 「ハルヒ…?」 俺は上ずった声を抑えられず言った。まぁしょうがないと思う。 「なぁにキョン?私はいま掃除中なの。用件ならあとにしてくれるかしら」 言うなりそのままさっさかとチリトリからゴミ箱へ埃やら何やらを移し、 今度ははたきを持ち出して部室内の壁をぽこぽこやり始めた。 …何だ?急に潔癖症にでもなったのか?ハルヒが掃除?天変地異か? などと考えるのはさすがにオーバーかもしれないが、それは俺が今まで体験してきた 事柄をふまえての事であって、そういう時は大体こうやって日常に対するささくれのような 出来事が、不意に俺たちの前に去来してくるのであった。 これもそうなのか? 「おっはなに水をーあっげまっしょう~」 掃除が終わると今度は花の水を変えるべく花瓶を持って部室から出て行きやがった。 これはどうなっているのか。俺はすぐさま向かいの人物に対しこう言った。 「今度は何だ?」 「僕が訊きたいくらいですよ」 古泉は未だ強張った微笑フェイスのまま言った。こいつなりに気持ち悪さを感じたのだろうか。 他の2人を見ると、朝比奈さんはふるふると首を振り、長門は最早 倍速読書に戻っていて、長門的には大したことではないらしかったが、 いや真っ当な感性を持つことを自負している俺としてはどうにもむず痒いぞこれは。 またどこかしおらしくハルヒは戻ってきて、花瓶を長門のテーブル脇にそっと置くと、 上機嫌のまま団長机に腰掛けた。のだが…。 「みくるちゃん、お茶くださる?」 この言葉に朝比奈さんは数秒反応できず、なぜって、ハルヒは何かシニカルな調子で こういう口調をとることはあっても、決してどこかの有名私立校のお嬢様よろしく微笑みかけて 湯飲みをさし出したりはしないだろうから…だ。 明らかにおかしい。どこかバグッたかショートしたか、何かの設定がいじられたか… とにかくそのようなことがあったとしか思えない。 さらに極めつけは、 「ねぇキョン、今度の休日に一緒に買い物に行きません?」 などと俺の皮膚が分離して脱皮できてしまいそうなことを言い出した。 「…お前、風邪か?」 口をついて出たのはそれだった。うん、きっとそうだ。 こいつは普段風邪なんてものとは無縁の生活を、そうだな、何年も送っていただろうから、 そのツケが今このときに回ってきて、それには季節はずれの花粉症やら何やらも混入されていて、 えーとつまり… 「熱があるんじゃないか?」 俺はハルヒの額に手をあて、残った方の手で自分の額を押さえた。 平熱。俺自身がインフルエンザにでもかかっていない限りこいつはいたって普通である。 俺は今自分なりに普通モードの思考形態を維持しているはずだから、やはりこいつは健康体のはずだ。 「何するんですか?私は何ともありません!離してください!」 ハルヒは少し腹を立てたようだったが、それがまた奇妙だった。 行動で表すのははばかられるから、大人しく首だけ横向けてつんとしているような…。 なんだか元のハルヒがどんなであったか一瞬忘れそうになったが、 部活を作ると言い出したときのあの表情を思い出して俺は何とか自分をつなぎ止めた。 「それで、買い物には付き合ってくれるんですか?」 …えーと、俺は何て言ったんだっけ? 例えばこれが小説だったとして、いきなりこのように人物設定が変えられてしまったら、君は想像がつくだろうか。 いや、俺は当事者である以上想像どころか現状を鵜呑みにしなきゃならんわけだが…。 そんなわけで俺はなぜいつもの待ち合わせ場所に一人でいるんだろうね。 15分前。待ち合わせ場所に着く時には俺はいつだって最後で、 それは誰かの謀略でしかなく、それがハルヒによるものであれば俺は両手を上向けて いつもの言葉を言うしかないのだが、今日のこのシチュエーションは一体どういうことであろうか。 のっけからぶったまげる事うけあいなセリフをハルヒは言った。 「遅れてごめんなさい!待ちましたか?」 小首を傾げてこっちを上目遣いでうかがっていやがる! 「ちょっと待ってくれ」 俺は近くの公衆トイレに向かい、自分が見たこともないような複雑な表情、 というより、取るべき表情を選びすぎた結果全部足して平均を取ったような、 何だか分けのわからん表情をしているのをみて、顔を洗って頬をぴしゃりと叩いた。 さし当たっての処置として、俺はこいつ、隣りで端整な表情を前に向けている女を別人として扱う事にした。 そうだ、俺はふとした事で知り合った女性と今日この日だけ買い物に付き合って、 その後は笑ってバイバイ、あぁ楽しかったねと無事ウィークデーに復帰するわけである。 学校でならまだ他の団員がいるわけだし、こんな切り替えをせずとも何とかなる…というかなってくれ。 「前から買いたかった服があって…貯金してたんです」 とこのどこかの国の住人さんは言った。 ん?いや、どこかの町に住む少女は言ったんだよ。うん。 買い物場所は待ち合わせの駅に唯一あるデパートの女性服売り場だったが、 こいつのチョイスを見た俺は思わずギクリとしてあたりをキョロキョロしてしまった。 今のうちに言っておこう。今日の俺は自意識などとうにわやになっていた。と。 これは明らかに朝比奈さんの守備範囲だろう。 お嬢様風というか、どこかのパレスガーデンを歩いてそうというか、 日傘もオプションでつけたら素敵ですね…みたいな。まぁ…そんなの…だ。 眩暈がした。何にかは俺には分からないぜ。 今日一日こいつはこの格好で街を歩くつもりなのか…。 「楽しいですね、ふふ」 悪い予感ばっかり当たるのは何故だろう。分かった人はここに特電をかけてくれ。 ちなみにイタズラ電話やら出前と間違えてかけたなんてのは勘弁だぜ。 これは第三者から見たら、というか、俺から見たって何の変哲もないデートであった。 ちょっと待て、これはないだろう、以前の問題だ。 どこぞの三流作家でもこんなベタな展開には飽き飽きだろうが。 「お前、正気なのか?」 「何がですか?」 「っていうか何で俺だけ呼ぶんだよ」 「だって、いつも5人だったでしょう?たまにはいいかなと思って…」 そんな可憐になるな。うつむいてしゅんとするな。映像担当の人が困るだろ。 いやそんなことはどうでもいいんだ。 「お前昨日の記憶あるか?」 「昨日?」 時間は昼になっていて場所はレストランになっていた。 今のところお馴染みの喫茶店の出番はないらしく、マスターの顔を拝むのはしばらくおあずけかもしれん。 「そう。特に昼以降のだ。」 こいつが普通だったのは昨日の授業中までだと思うが、 昼休み以降は会話した覚えもなかったので、そこから先は普通だったか疑問である。 「そうですね…昨日は、お花に水をあげて、掃除をして…」 言葉だけ切り取ればそのまんま朝比奈さんな文面だったが、声の主は間違いなくハルヒで、 見ていると混乱した挙げ句思考に支障をきたしそうだったので俺は片手をテーブルにおいて 頭を抱えるように視界をさえぎった。 「その前は…図書室に行っていました」 あの1時間か。それで?何でまた図書室なんかに行ったんだ?らしくないな。 「えぇっと…ファンタジーの資料というか、物語を集めに…」 まさか文化祭の出し物の準備じゃないだろうな…。 「そうですよ?クラスでやるものを提案しようと思って」 どうやらキャラクターまで変わってしまったらしい。 きっと今のこいつなら道端に落ちてる1円玉ですら拾って交番に届けるだろうし、 もちろん老人や妊婦がいたら席を譲り、もしかしたらタバコの吸い殻とか空き缶ですらちゃんと クズカゴにいれるかもしれない…。 「その時に、何かおかしな物はなかったか?」 「おかしな物?」 だからきょとんとするな。そしてそれを見るな俺よ。 これはよくあるヒーロー物の悪の組織が俺をたぶらかすために仕組んだ演技だと思え! 内なる波をなんとかいなしながら俺は質問を続ける。 「そうだ。例えば本のひとつから妙な感じがした、とか、 司書のおばちゃんの視線が何か不自然だった、とか」 「そんなことないですよ?本は綺麗でしたし、おばさんはいい人でした」 …見当がつかん。所詮俺ひとりで解決するのは無理なのか。 その後の俺は混乱するだけで一日を終え、帰ってきて 今までのSOS団市内探索のどの回より疲労していた。あいつは誰だ。 ベッドに突っ伏してそれらしく唸っていると、かちゃりと扉が開いて妹が顔を出した。 「お兄ちゃーん、ノリ持ってなーい?」 俺はそのまま机の方を指差して、後は何も言わなかった。 …えーっと、涼宮ハルヒはSOS団団長でフランクかつハイテンションのヒステリック…。 などと特徴を脳内で箇条書きにしているうちに俺は眠ってしまった。 何となく、俺はこの問題に関しては誰の助けも借りたくなかった。 どうも問題はハルヒの性格ダイアルが反対方向に回ってしまったことのみらしく、 それで他に問題が起きるとも思えず、むしろ迷惑自体は地球全体で見れば減っているはずだ。 だが戻さないわけにはもちろんいかない。ハルヒがこのままだったら俺は一週間もしない内に発狂する。 二時限目だった。数学の吉崎がねちっこく新しい公式を説明していた。なんのこっちゃ。 「やれやれ」 我ながら今日のこのセリフには覇気がなかった。いや覇気というのか分からんけどもだ。 転機となったのは昼休みの国木田のこのセリフだった。 「昨日の涼宮さん、何か変じゃなかった?」 いや今日も順調に変だぞ。大好評継続中だ。なんて授業中じゃ分からんか。 というか変なのは年中そうなのであって、今回は変なのが普通になったから変なわけで…。 「そういや今日も何となく大人しいな」 谷口が唐揚げを口に含みながら言った。 「うん、何か昨日の昼休みの初め、ぼーっと空を見上げてたんだ」 国木田が答えた。別に窓の外を見てるのは珍しいことじゃない。 「でもね、何だかそこに何か見えてるような視線だったなぁ」 「涼宮が普通の人間には見えないものを見てるのはいつもの事だろ」 谷口が言い飽きたと言わんばかりに返す。 「どのへんを見ていたか分かるか?大体でいいんだが」 俺は国木田に訊いて、国木田は窓から右、校庭の先には街並みが広がっているだけの方向を指差した。 すぐさま窓に近付いてそっちの方を見てみたが、もちろん何もない。 「そりゃそーだろ。キョン、お前は普通の人間なんじゃないのか?」 もちろんさ、谷口のこの言葉に含みなんかなく、文字通りの意味だろうが、 俺はいつだって面接で言ったら即不採用になりそうな妙な経歴はない。 さて、俺は部室で悶々としていた。 ここで何も思い浮かばないようなら通例に則って古泉、または長門あたりに助けてもらうことになりそうだが。 「お困りでしたら、相談相手になりますよ」 という古泉の申し出を俺は「まだいい」と言って断った。 長門はその時だけこちらを見ていたが、それを聞くとすぐに倍速読書に戻った。 せめてあと1日粘ってみよう。自分でも何故こんなに頑固になっているのかは分からない。 そういう時だってあるもんだ。思春期のせいにでもしとけ。 ハルヒは今日も掃除と水替え、さらには朝比奈さんの仕事を奪ってお茶汲みまでおっぱじめた。 「あの…それは私が…」との朝比奈メイドの言葉に、ハルヒは 「いいんです。いつもやってもらっていますから、たまには私が」と、 歯が20本総出で緩んで外れてしまいそうなことを言い、ついでに 「キョン、今日も付き合ってほしいところがあるの」 と言って俺を完全にノックアウトした。 俺だってもううんざりな心持ちさ。 いっそ俺も呆我してしまえればよかったが…まだくたばるには早い。 ハルヒが俺を誘ったのは、自宅からさほど遠くない小さな公園だった。 「私ね、たまに不安になるのよ」 「何が?」 半ば投げやりに俺は言った。例によってハルヒの方は見ない。 「SOS団の皆は私のことをどう思ってるのか」 これには虚を衝かれた。突然そこに戻るんだな。 「だって、私が作った団体だもの…。毎日が楽しくなればいいと思って」 今のこいつの脳内でどういう経緯と設定があったのかは知らないが、 少なくともどうやってかハルヒが団員を集めた事には変わりないらしい。 「だから古泉君や有希、みくるちゃんが退屈してないか、たまに不安になる」 退屈とはむしろ逆の方へ向かう事しばしなのでそのへん心配はないが、 これは果たしてこのハルヒ限定のことだろうかと、ふと俺は思った。 「ある日突然、皆がいなくなってしまうんじゃないかって、時々思う」 気付けばハルヒの方を向いてしまっていた。が、別人だと思う必要はないように感じられた。 あの七夕の日の、どこか物憂げなハルヒがそこにいて、一時的に人格が変わっていようが、 そういったごく稀に見せる部分は共通項としてこいつの中に存在しているらしかった。 「だから、そんな時にふっと窓の外を見たりして…」 ハルヒはくすっと笑って、どうやら別人格モードに入りそうだったので俺は再び前を向いた。 「あ。あのな、ハルヒ」 「なに?」 視線を感じたがそれには応じない。 「そんな心配は全くの思い過ごしなんだ。俺は、いや、お前以外のSOS団団員は、 この団に入ってよかったと思ってるし、そうでなかったらきっとこの日常はありふれた つまらないものになっていたとも思ってるぜ」 「…。」 ハルヒはまだこっちを見ているようだった。何かを言いそうにはないので、俺は続ける。 「だからな、そんな事は取るに足らない。お前はこれからも団長でいればいいし、 思いついたことをどんどんやってくれれば、それで俺たちは楽しいんだよ」 このハルヒが実行する思いつきは果たしてどんな物になるのだろうと思いつつ、 しかしそれに対し自分で答える間を与えず、ハルヒは言った。 「そっかぁ…。そうだよね」 「あぁ、気にしなくていい、お前が憂鬱だと皆が元気じゃなくなるぜ」 「ありがとう、キョン」 ハルヒはぼーっと空を見上げた。もう夜だった。 曇りらしかったが、切れ間に星が見え、輝きを返す。 ―その時だった。 ハルヒが急に動かなくなり、一瞬目に暗闇が落ちた…と思いきや、また輝いて、気を失った。 「ハルヒ!」 俺は頬を叩いた。いきなりどうしたんだ?? 「ハルヒ!しっかりしろ!」 「…」 「ハルヒ?」 「…ん?」 「大丈夫か?」 「…キョン」 「あぁ、俺だ。大丈夫か?お前…」 「何やってんのよ」 「何ってお前…」 バシッ! ある種王道、と呼べなくもない展開である。 なぜなら、俺はハルヒが倒れた拍子にこいつを抱き起こしており、 それで何故叩かれたかというと、もちろんさっきまでのこいつならそんなことはしないはずで、 つまり端的に言ってしまえば…戻ったのだ。こいつは。 何でだろう? 「あんた、あたしになにしてたのよ!」 「何って、何もしてない」 俺は断固として言った。ハルヒに何かしてひっぱたかれるくらいなら、 いっそ朝比奈さんを抱きしめてアイラブユーとでも言った後にこいつに 絞首刑にされるほうを俺は選ぶね。 「そもそも、あたし何でこんなところにあんたと二人でいるのよ!」 お前が誘ったんだ、と言うと今度は平手がグーに変わりそうだったので、 「お前が俺の家で文化祭の計画を練るって言った帰りに、お前は失神した」 と言ったが、こいつは簡単には信じず、 「あたしが失神?何でよ、そんな経験今まで一回もないわよ」 だが起きてしまったんだ。と結果論でまとめようとした俺に、 「じゃぁすぐさまあんたん家で文化祭の企画を考えるわよ! っていうか何であんただけなわけ?今からでもみくるちゃんと古泉君と 有希を呼びなさい!」 まず命令すんのかよとわざわざ言ったりせず、 俺は携帯を取り出してプッシュを開始する。 そうして見事に、文化祭企画会議第一回が開催されることに…なってしまった。 「涼宮ハルヒはこの星系から7つ離れた空間に位置する意識体の発信した念波を受け取った」 …長門の説明である。 普通の人間であればもちろん受信できないし、現時点で地上のいかなる技術力をもってしても、 それを確認できる距離にはないそうだ…。 相変わらずデタラメだな。俺が傍観者なら笑い飛ばしているところだ。 だが長門はいつだって真実しか言わないのである。 少なくとも長門が嘘を言った事はこれまでにない、はずである。 その念波によってハルヒはあの性格になっちまい、 さっきの星の方角にあった逆の波動によって元に戻った、と、 何とも後付け設定的匂いのプンプンする解説だぜ。 これが古泉のものだったら俺は脳に止める事を拒否していたかもしれん。 ちなみに波動はピンポイントなもので、今後地球に命中する確率は天文学的数値らしい。 ふと俺はさっきまでのハルヒを思い出し、外に鳥肌、内に吐き気を感じ、 すぐさま休日の出来事も一緒にフォルダごとごみ箱に捨ててしまった。 ハルヒは5人で入るには狭すぎる俺の部屋で、ベッドの上で仁王立ちして計画をぶち上げた。 …それはまぁ置いておくとして、こんな事件はいい加減マンネリではないのかね? などと考えつつSOS団員達を睥睨して、溜息。 それでも感情は裏腹だな、と気付いてしまった事は、俺の胸の家だけに秘めておこう。 ごみ箱に入れただけで完全に消去してはいない、あのハルヒの記憶と一緒に。 終了